きりきりと二人は眦を釣り上げた。ガイがはらはらと意味もなく手を彷徨わせているができることはない。
「馬鹿か!」
「この考えなし!」
バチカルに寄ったついでにアッシュを無理やり連れ込んだファブレ邸の中庭でお互いの服をぎりりと掴み上げながら同時に口調を荒げた。
アッシュは自分をここに連れてきたルークに怒りをぶつけ、ルークは二度とここに戻らないと言うアッシュに激高していた。
「もうここは俺の場所じゃねぇんだよ!」
「俺に奪われたっていうから、返すって言ってんだろ!」
「ふざけんじゃねぇ」
「どっちが! 言ってること矛盾してんだろうが!?」
あまりの声の大きさに、屋敷の中から人が出てきて集まりだした。そのことさえ頭に血が上ったアッシュとルークは気付かない。
「待て待て待て! 落ち着けお前ら」
「あぁ!?」
「んだよ、ガイ!」
無理矢理二人を引き離したガイを、まったく同じ表情で睨む。こんな所で完全同位体ぶりを発揮しないで欲しいとガイは内心叫んだ。
「人が集まってきてる。このままだと、奥様の耳に入るぞ!?」
うっとこれまた同じ表情で詰まる二人はそこまで我を忘れていた訳ではないらしい。
息子の喧嘩など見た日には、シュザンヌは寝込むか良くてもその場で卒倒だ。
「仕方ねぇ、場所変えるぞ! ついてこい」
「はっ望むところだ」
決闘でもする気かという勢いで足音高く向かう先は、どうやらルークの部屋だ。
それにほっとするやら、部屋の調度品は無事そのままの形を留めることができるのかと元使用人として気を揉んでしまうがこれ以上ガイにできることはなく、せめて何かあった時に対応できるよう、中庭のベンチに腰掛け、心配そうに顔を覗かせる顔見知りの使用人にひらりと手を振った。
部屋の扉を内側からしっかりと施錠したルークが振り返ろうとした瞬間、後ろから襟首を掴まれてたたらを踏んでしまう。
なんだと言う前にベッドに投げられ、抗議しようと思った開いた口は同じそれで覆われ言葉は奪われてしまった。
こんなことをするためにここへ来た訳ではないので、アッシュの背中を叩き、服を引っ張るが、そんなことを気にも留めずアッシュは離れない。
内心悪態をついたルークだったが、こうなれば仕方ない。噛みつく気持ちそのままに荒々しくアッシュに手を回した。
「っとに、てめぇは、くだらねぇことばかり言う」
「……ったく、黙らせるにしても、これはねぇんじゃねーの?」
長期間留守にしていたため、窓には遮光カーテンが掛かっている。部屋の扉も施錠したとはいえ今この場所で、こうしていることが露呈したらどうするつもりなのだ。
「関係ねぇ。俺には、な」
「戻らないから関係ないっていうのか」
「そうだ」
はぁぁ、とルークは長いため息をついた。まだ怒りはまるで抜けていないが、真正面からアッシュを問い詰めても返事はかわらないと分かったため、言い方を変えることにする。
ここに戻らないなら、どこに行く気だと。
それには沈黙が返るだけで、アッシュからは表情というものが消えてしまった。
(どこにだと? 俺には先がねぇだけだ。戻るも何も)
「ここじゃねぇことは確かだな。レプリカ、てめぇはどうなんだ」
「俺? 俺は」
(戻れる可能性なんてない。俺自身はもうここに戻れない)
「アッシュと一緒ならここに戻れるんじゃないかな」
決定的に認識が異なっている二人は、それをそれぞれ修正することなく、お互いの言い分に腹を立て言い合いを続けた。