「……なにしてんの、お前」



いや、何をしようとしてるのかは一目瞭然なのだが。

背中に大きな羽を広げているから、飛ぼうとしているのだとは分かる。

だが、なぜ飛ばずに地面を何度も蹴って垂直とびをしているのか?





「見てっ分かるだろっ、飛ぼうとっしてんだよっ」





跳ねながら返事をするから言葉が変な感じにリズミカルになっている。

問いかけずにいられなかったゼロスだったが、早くも問いかけたことを後悔しそうになった。

内心、じゃあ普通に飛べよ、と突っ込む。

まぁ、ここはロイドの家の真ん前だからイセリアの村人に見られることない。

その点に関しては練習にはうってつけだろうけれども……。

その無言の思いが通じたのか、背中を向けていたロイドがくるりと振り向いてじとっと見てくる。

なぜか睨んでくるのでゼロスは首を傾げる羽目になった。



「なによ、ロイドくん」

「……飛び方が分かんねぇんだよ」

「………あ?」





今、なんつった?





「……やっぱり、変か?」



しばし呆然としてしまったゼロスだったが、ちょっと困ったように目を伏せるロイドに意識が引き戻された。

心なしか、羽までがしょんぼりとしな垂れているように見える。



「いや、変とは言わないけど……。ん? ちょっと待て、お前飛んでたじゃねぇか」

「最初に羽出した時のことか? あん時は必死だったからさ、よく覚えてねぇよ」



力が抜けるとはこのことか。

いや、いくら必死だったからって、それだけで飛べないだろと思うものの実際飛んだヤツがここにいる。

熱血だ熱血だとは思っていたが、気合で飛ぶやつがあるか。





「だから、飛び方教えてくれ」

「あ〜……そりゃいいけどよ。飛び方、ねぇ……」



まぁ飛べないものは飛べないのだから仕方ないので教えてやろうと自分の羽を出す。

オレンジ色とも金色とも取れる羽をささやかに動かし地面から少しだけ浮いて、

はた、と気付いてすぐ地面に下りた。

「悪い。無理」

「は? なんで。どうやって飛んでるか言ってくれるだけでいいんだぜ?」

「だから無理なんだって〜」



納得いかないとばかりに、なんでどうして、と言い募るロイドにどうしてって言われてもな〜という心境だ。

そこにちょうどコレットが歩いてきたので助けを求めることにしたゼロスだった。



「コレットちゃーん、たすけて〜。俺さまムリー」

「え? なに、どしたの? なんで2人とも羽だしてるの?」



顔いっぱいに疑問を浮かべて近づいてくるコレットに経緯を説明するとコレットはうーんと眉を寄せた。

困った表情のままロイドに向き直り、申し訳なさそうに口をひらく。



「ごめんね、ロイド。私も教えてあげたいけど……どう言ったらいいか分からないの」



2人に無理だと言われ、さすがにロイドも疑問を覚えたようだった。

飛び方ってそんなに難しいものなのか? と顔いっぱいに書いてある。

それにゼロスは小さく溜息を零し説明してやることにした。



「あー……なんつーか、ほら。羽出した瞬間もう飛んでるっつーかさぁ」

「はぁ?」

「うん、勝手に浮いちゃってるんだよね」



ロイドが絶句し1拍おいて嘘だろ!? と叫ぶ。

よほど信じがたいことだったのだろう。

何せ自分は勝手に浮いたりしないのだから。



「俺一生飛べないんじゃ……」

「ちょ、ハニー。すでに1回飛んでんでしょーがよ。その時の感覚を思い出せば……」

「それができたらやってるって……」



見るからに悄然とした様子のロイドを前にゼロスとコレットはどうしようかと顔を見合せ、うーんと唸る。

そうだ、とコレットが両手を合わせ少し待つよう言い置いてダイクの家に小走りで走っていく。

家に入ってすぐに出てきたコレットはクラトスを伴っていた。

途端にゼロスの機嫌が急降下したのでロイドは少しだけ焦ったもののいつもと違い雰囲気が硬くなっただけで特になにを言うでもなかったのでちょっと肩透かしを食らっ た心地だ。



ゼロスはゼロスで面白くないと感じながらも、こと人間から天使化に関しクラトスより詳しいものがいないのも自明の理なので黙ったままなのだった。

まぁ、表情からも態度からも滲み出るものは隠しようもないし隠すつもりも毛頭ないのだが。



「飛び方が分からない……と、神子…コレットから聞いたのだが」

「あ、あぁ。まったく分からないし飛べねぇよ」

「俺さまとコレットちゃんは勝手に浮くんだけど、天使サマはどうよ?」





つい、とクラトスがロイドを見やると明らかに期待のこもった視線が返ってくる。





「実施で学ぶしかないな」

「え? じっし? じっしって何だ?」



分かっていたことだがあまりの知識欠如に溜息しか出ない。

ゼロスはクラトスと溜息が被りそれはもう露骨に嫌な顔をしてしまい自分で舌打ちだ。

以前ほどクラトスに嫌悪感は抱いてはいないが、それでも苦手なものは苦手ということか。

嘆いていても仕方がないとばかりにクラトスはロイドの後ろから掬い上げるように持ち上げ空に舞い上がる。



自分の状態が把握しきれずぽけっとしていたロイドだったが、あまりにあまりな自分の状況に猛然と暴れだした。





「おとなしくしていなさい」

「できるか! この体勢でっ! 離せ〜っ」





易々と抱えられぐんぐん上昇する。

それはいい、いいのだが。







「持ち上げるなら普通におんぶとかでいいんだよ!」







ロイドにとってこの状況はまったくありがたくない。



「わぁ、ロイドお姫様みたいだね〜」

「ご愁傷様……」



遅ればせながら追いかけて飛んできた二人の反応はバラバラで、

コレットはほやんといつも通り的外れなことを言っている。

ゼロスはというと、ほんのり同情を滲ませて苦笑いだ。

そんな二人を見て自分の体勢がもっと恥ずかしくなったロイドは更に暴れた。



「……落ちるぞ」

「あんたがっ変な運び方するからだろ〜〜っ」

下から睨むとクラトスはちょっと困ったように口を開く。

「離してやってもいいが……この高さから落ちては無事ではすむまい」



うっとなって動きがぴたりと止まる。

そうだった、俺は飛べないんだった、と顔にでかでかと書いてある。

それを見ていたゼロスがくつくつと笑いつつ言う。





「ハニー、これは飛ぶ練習だぜぇ? まさかと思うけど忘れてました〜とかそんなんねぇよな?」

「わっ忘れる訳ないだろ!! さぁ練習しようぜ!」





慌てて取り繕ってみるが、誰の目から見ても明らかに忘れていたので無駄なことだった。

別にそれを気にすることなくコレットが下を見ながら言う。

「それにしても、随分高くまで飛んだね〜」

「いや、高すぎだろ。この高さから落ちて生きてたら凄ぇわ」



つられて下を見たロイドは、見たことを後悔した。

かろうじてノイシュがこちらを見ているらしいことは分かるが、そのノイシュが物凄く小さい。

まるで米粒みたいだ。

己の羽で飛べる3人は平然としているがロイドはさっと血の気が引く音を聞いた気がした。

無意識に体が硬くなってしまう。



「では、始めるか。ロイド、心の準備はいいか?」

「たたたたた高すぎだろ!? 無理だ!」



首をぶんぶん振って無理だと主張する。

いくらなんでも高すぎだ。



「だいじょぶ! 私とゼロスが下の方にいるよ、ロイド」

「俺さまとコレットちゃんの安全ネットを信じろよ、ロイドくん」





そう言い残して二人は随分下の方まで下降していった。





「え……本気で?」



不安そうにクラトスを見るロイドだがクラトスがこくりと頷いたのを見てガクリと項垂れた。

そうだった、クラトスはいつも本気なんだった、と考えつつ。

あぁ、でもこれくらいしないと飛べねぇかもな、とポツリと呟く。

紛れもない恐怖はあるが下に2人がいてくれるし、と自らを奮い立たせそっとクラトスの胸を押した。

ロイドの心の準備ができるのを待っていたクラトスはその動作を受け、最後に助言をした。



「マナを羽に……背中と言ってもいいが、集中させてみろ」

「背中だな」

「そうだ。……では離すぞ」



ぎこちなくではあったがロイドが頷いたのでクラトスはロイドを放す。



途端に引っ張られるように落ちていく。







びゅうびゅうと風が体中に当たって、耳が痛いほど。

支えてくれていたクラトスが遥か上に見え、物凄い勢いで落ちているのだと自覚した。

なのに、妙に心は凪いでいて時間が間延びしているみたいだ。





あぁ、背中に意識を集中させるんだったっけ。





ぼんやりとした思考で思い出す。



どうすればいいんだろう。マナってどうやって操ればいいんだろう?

自分は魔術なんて使えない。もちろん天使術も。

それでもどうにかマナを集めようと必死だった。







妙にゆったりとした気持ちで空を見る。

気が付けばクラトスがどんどん近づいてくる。なんでだろう。





「飛べたな。ロイド」

「え?」







よく分からない。







「気づいていないのか、お前は私の所まで飛んできたというのに」



クラトスが近づいていた訳ではなくロイドが近づいていたということ。

ロイドが下を見て自分が空中に何の支えもなく浮いているのだと理解した。



「飛、べた?」



なんだか嘘みたいでクラトスに同意を求めてしまう。

クラトスがしっかりと頷いたのを見てじわじわと喜びが湧き上がってくる。

なんだか堪らなく嬉しくなってクラトスの首にかじり付くように飛びついた(文字通り飛んで)



「やった! 飛べたぜ! サンキュークラトス!!」

「ぐ……っ、分かった、分かったから首を絞めるのはやめなさい」



嬉しくて嬉しくて半端ない力でぎゅうぎゅうしていたロイドはそう言われてパッと離して謝り、

二人の所へ行ってくると言い置いて下降していく。



二人の元に飛行していったロイドはゼロスに片腕で首を絞めるように捕まれ頭をわしゃわしゃと撫でられている。

やめろといいつつ顔は笑っているので首が絞まっている訳ではないだろう。

少し三人で話していたが、どうやら飛行訓練に移行するようだ。



まだまだ不安定なロイドの浮遊を安定させるにはやはり体で覚えるしかないので理にかなっている。







まるで追いかけっこをするような3人を眺め、クラトスは目を細めたのだった。

















飛び方忘れちまったぜなロイドでした。
あまりに無我夢中だと、どうやったか分からないときってありますよね。
タイトルはS○3から頂きました。




2009、6・24 UP