「……は?」



思わず間抜けな声を出してしまった。



「今、なんと言いました?」

「え……だから……キスってどんな感じかって聞いたんだけど……」



何で聞き返すんだとばかりに、きょとんとしないで欲しい。

どちらかといえば途方に暮れたいのはこちらの方なのだから。





あぁ、なぜ、こんなことになったのだろう――。















パチパチと炎の爆ぜる音だけが空気を振るわせる中、ジェイドとルークは夜番をしていた。

常ならば1人ずつ見張りにつくのだが、戦闘による消耗が激しいことから急遽2人で行うことになったのだ。

他愛のない話をしたり、ぼーっとしたり、うっかり寝そうになるルークの肩を揺すったりしていたのだが。

退屈になったのであろうルークの問いかけでそのゆったりした空気は破られた。



「なぁなぁ、どんな感じなんだ?」



ジェイドの微妙な雰囲気に気づかずけろりと再び聞いてくる姿に「子供は怖いですね」と呟く。

そこではた、と気付く。



ルークは既にアッシュと思いを通わせているのではなかっただろうか?



はて、それはおかしい。

これはどういうことか?



「ときにルーク。つかぬことをお聞きしてもよろしいですか?」

「あ?なんだよ」

「あなた……キスをしたことはないのですか?」

「なんだよ、あるぜ! そうだな〜、母上とガイと〜…あとは、んー…」



まさかの予想的中。



「いえ、そういう親愛のキスではなく……。恋人同士がする、という意味での」



1拍おいてから、ルークの顔がかわいそうなくらい赤くなる。炎の明かりを差し引いてもかなりの赤さだ。



「ね、ねーよ! だから聞いてんだろっ」

そんなに照れるくらいなら聞かなければいいのに……と思うが口には出さない。

質問してくるくらいなのだから、興味……というか、してみたいなぁとは思っているようだ。

赤い顔を冷まそうとするようにパタパタと扇いでも、意味などたいしてないだろう。



(おや……これはこれは……。もうとっくに食べられちゃってるとばかり思っていたのですがねぇ)



アッシュの意外な面を垣間見た気分だ。手をだすどころか、もしかして触れてさえいないのだろうか?



いや、ルークの実年齢を鑑みるならば躊躇って当然かもしれない。

見た目がいかに大きかろうと、この子は精神的に幼いのだから。

世間一般的の7歳から見れば信じられないほど大人びているが(いや、そう求められたというべきか)ふと見せる本来の部分はやはりそれ相応で。



「で、どんなんなんだよ?」

興味津々とばかりに目を輝かせて身を乗り出す姿にため息がでる。

この子は分かっているのだろうか?



「悪い子ですね」

「は?」

「私にキスされたいんですか?」

「……なんでそうなんの?」



やっぱり分かっていない。



「世の女性……この場合は恋愛に長けた女性に限定されるのですが。そういう質問をした場合誘ってることが多いのですよ」

「誘うって何を」

「つまり……キスをしよう、と」





ポカンとした顔をさらして、たっぷり5秒はたっただろうか。





ルークは意味もなく手を動かしてみたり、口をぱくぱくさせてみたり。

……衝撃だったようだ。



「は…? え? なんで? いや、ジェイド、ちがくて、そんなんじゃなくってっ」



そんなつもりで言ったんじゃないと全身で示してくる。



「分かっていますよ。あなたがそんなつもりで言ったんじゃないということぐらい。

ただ、そう受け取られかねないということを覚えておきなさい」



呆然という面持ちがゆるゆると安堵にとってかわる様を見る。よくこんなに表情が動くものだ。

……あぁ、本当に幼い。



「んだよ、ジェイド。驚かすなっつーの」

「すみません。でも貴方にはアッシュがいるんですから誰彼かまわず不用意にこういうことを聞いてはいけませんよ」

「あ……うん」



先ほどの誘うということを思い出したのだろう、また頬が仄かに色づく。



(そういう反応が危険だと言っているのに、仕方のない子ですねぇ)



「でも……その、気になるっつーか……」

小声でもごもご俯いて、それでも気になるのだと言う。

まぁ、気になるから聞いたのだろうし、当然といえば当然だ。

1つ溜息をついてルークを見る。



(まぁ、私かガイかくらいにしか聞けないでしょうし……ガイはあれですしね、あてにはできませんか)



ちらちらとジェイドを伺う目に隠しきれない興味が透けて見えた。



「私にそうした感想を聞こうとしてもあまり参考にはなりませんよ」

「なんで」

「私は……あまりそういうことで心動くことはありませんから」

「ふぅん……?」



よく分からない、とばかりに首を傾げる。



「まぁ一般的には幸せな気持ちになるようですよ」

「幸せ……」

「好きな相手と唇同士で触れるのですからね。好きでなくては、まぁ、することはありません」



例外もありますがね、という言葉は心の中でだけ呟く。

ルークは唇に手を添えていた。そうかキスってそういうもの……なのか。







「して、みたい、な……」







ぽつりと零した言葉。呟いたということにルークは気づいているのだろうか。



「そういうことはアッシュに言いなさい」



どこかぼんやりした様子で頷く彼を見て思う。





(次会ったときのアッシュの反応が楽しみですね)















後日。



「ところでルーク、唇はですね」

ん? と視線上げたのを確認して自分の唇を指差す。

「体の内側も同然なんですよ」

「う、うちがわ?」



訳が分からないとばかりに目を白黒させるのに笑ってみせて。



「唇は一番鋭い感覚をもっているといわれるほどなんですよ。赤ん坊などがなんでも口に持っていくのはそういうことです」

ルークは、ふへー……と空気が洩れたような声をだす。





「だから気持ちいいんですよ」





ぼんっと赤くなったルークをみて、あぁ、なんて顔にでやすい子なのだろう、と思った。

















食べられちゃった。





2009、4・9 UP