「え?アッシュにお客さん…?」



アッシュの姿を探して屋敷中をうろうろしていたら、メイドにその旨を伝えられた。

「はい、ルーク様。何分急なお越しだったものですからお知らせするのが遅くなり申し訳ありません」

深々と謝罪するメイドに、そんなんいいよとぶんぶん首を振った。

何より屋敷中をさ迷う自分を捜した時間の方が長いだろうから。



「で、誰が来てるんだ?」

「詳しくは存じませんが……名のあるご貴族のご令嬢とか」



はっきり家名を言わないのはそれ程親しい間柄ではないということ。

さらに事前の知らせが無かったにも関わらずアッシュが応対に出ているということは、無下に扱える存在ではない、といった所か。



(マルクトから城に招かれてる人…かな……?)



多分、そうなんだろうな、と目星をつける。



「それにしても…なんでいきなり?」

「なんでもアッシュ様にお会いするために、とのことでございます」







とくり、と心臓が早くなる。



(ば、ばかばか!俺のばかっ!皆が皆そういうことの為に来てる訳じゃねぇのに)







少し前から一目会いたい、この機会に縁を結びたい、などの理由でちらほら人が来る。

キムラスカ、マルクト関係なく、だ。

はっきりと言う訳ではないが婚姻関係を望んでいるような貴族もちらほら。

アッシュへのそれはルークより多くそれはアッシュがオリジナルだから、だろう。

今だにレプリカを認めたがらない貴族もいるのだ。



(そりゃ、俺達はそれなりの年齢だし仕方ないよな……)



ルークの実年齢は見た目より10低いがそれでもいいらしい。



でも自分達は。















「……ルーク様?」



メイドに遠慮がちに名前を呼ばれてハっとする。

「あ、ごめんっ。考えごとしてた……」

話の途中だったんだったと思い至って焦った。

「お客様はあと30分程でお帰りになられるそうでございます」

「そっか。ありがとな」

にこっと微笑む。

メイドもふんわり微笑んでとんでもございません、と頭を下げ仕事へ戻っていった。







「どんな人かな……」

アッシュに会いたくて来た、女の人。

もうすぐ玄関に姿を現す…。



「見てみたいな……」



うずうずと好奇心が騒ぐ。

少しだけ、ちらっと見るくらいなら……。



「……っ」



見て、どうすると言うのだろう。

もし、もし、アッシュがその女の人を気に入ったら……?



いやだ。





いやだいやだ!



アッシュは、アッシュは俺のなのに!!









「な……っ」



今何を考えた?



俺、は。

俺はなんてことを。

「俺……凄いヤな奴……」















顔を両手で覆って壁を背にずるずると座りこんでいたら。



ふと、影が落ちた。





「こんな所で何をしている?」



「あ……。アッシュ……」

なんでこんな所に?



「お客さん、は……?」

「もう帰った」





30分もここでへたりこんでいた…のか?





「そ、そっか…。お疲れ、アッシュ」

壁から背を離し立ち上がる。

さっきまで自分が考えていたことを知られたくなくて、ことさら普通に振る舞おうとした、のだが。



失敗してしまった。







「……ルーク」







笑おうとした、のに。



なんで自分はこうなんだろう。

なんて、弱い、自分。



「…っは……。俺、最悪」

左手で前髪をぐしゃりと掴む。



「…どうした」

アッシュが一歩、ルークに近付く。

「……言いたく、ない」

顔を覆ったまま絞り出すように言い、再び壁に背を預ける。

こんな、こんな、どろどろとしたものをアッシュに知られたくなかった。



お願いだから、お願いだから放っておいて。



しかしそんな思いもむなしくアッシュはまた一歩近付く。

両腕を掴まれて。



「言え」

「…………」

「何を思った」



「…っ言いたくっねぇっ!離せ、離せよっ」



自由にならない腕がもどかしい。身体全体で拒絶してもアッシュは離してはくれなかった。



「……イヤだって言ってんじゃん…。放っておいてくれよ…」

視界が滲む。

嘘だろ、泣くな、泣くなよ俺。

泣きたくなんかなくて、ぎゅっと目を瞑ったが、つぅっと一筋、涙が頬を滑り落ちた。









あぁ、一体何やってんだ俺は。









「……泣くな」

「泣…いて、ねぇっ!」

頬に指を滑らされる。

「泣いてんじゃねぇか」



「……うぅ〜っ…」



言い返しようもなくて、意味のなさない唸り声のようなものになってしまった。



「…俺が」

「……?」

「お前以外を選ぶと思うのか?」

「な…!」



なんで、どうして!



「おまっお前!回線…っ!」

「…んなことで使うか。……顔に全部出てんだよ」



びっくりして涙が止まった。ついでに息も。



「俺は、お前を選んだだろうが」

「……!かっ顔っ!顔近ぇって…」

至近距離、鼻先が触れそうな程、近い。

ルークの腕を掴んでいた手はいつの間にか同じ形の手と絡まされて。



唇に触れるだけの羽のような感覚。

それだけなのに、体が震える。



「……お前も、俺を選んだ」

そんな風に喋らないで欲しい。触れ合わせたまま呟くなんて。



「俺以外、選べるのか?お前は」





アッシュ以外を選ぶ?

俺が?





「そんなの……そんなの……するわけ………っん」



途端に深くなった行為に意識を掻き乱されながら、分かった。



そうか、俺がアッシュ以外を選ばないようにアッシュも。

そう思っていいんだろうか。

俺の思い上がりじゃないって思ってもいいのか?

なぁ、アッシュ。







「……アッシュ…。アッシュ…………俺…お、れ…」



自惚れだったら、という思いが邪魔して上手く言葉にならない。



アッシュは1つ溜め息を溢してぎゅ、と抱き締めてきた。



「俺は……お前がいいっつってんだろうが。何が不満だ」

「っアッシュ!アッシュー…っ!!俺も、俺、も……ぅ、ぅぅ〜〜」



今度は嬉しくて涙が溢れる。

「ったく…へこんだり泣いたり、忙しいヤツだな……」

そう言いながら頭を撫でてくる手は優しくて、次々流れる涙を止められない。



あぁ、アッシュが好きすぎて……どうにかなっちまいそうだ。







「ひっく……うぇ…アッシュ」

しゃくりあげながらアッシュの顔を見上げると、なぜか笑われた。





「ひでぇ顔」





そう言いながらキスしてくれたアッシュは優しくて優しくて、さっきまでのどろどろがどっか行っちまった。



「俺で、ほんとにいいんだよな?」

「お前は俺がいいんだろう」

「あたりまえじゃん。ずっとずっと一緒にいたいに決まってる」

「なら、ずっとそう願ってろ」

「……約束?」

「違う。願え」



約束が嫌いなアッシュらしいな、と俺はそう思った。

















『hopefully』

約束はできないけれど、そうなることを望む気持ち。





2008、7・21 UP