「く……っ、あ、くっそ、ずりぃ……っ」
「っ、なに、が?」
レイヴンがぐっと力を込めると、ギシッと耳障りな音が響き、ユーリが呻く。
「おっさんばっかり、それ、ズルい、って……っ」
ユーリが苦しげに息を吐き出す。
しかしその中には確かに愉しげな色も含んでいた。
「ユーリもやってみる?」
「させる気、なんて、ないくせにっ……」
「そうね、おっさんはこっちのがいい、し……っ意地でもっ」
追い込みと言わんばかりにがっしりと掴み、押し込む。
「待っ、くっ…う、ぁああああっ!」
それに耐えきれなかったユーリの拳が机に着地した。
「っは、はぁ……マジで……大人げねぇ……」
「勝負に大人げないも何もないでしょー」
腕相撲で惜しくも負けたユーリは右手を解すように振った。
「わぁ……ユーリが負けた! 嘘みたい! レイヴン途中何したの?」
カロルが興奮を隠しもせず尋ねた。
「重力を利用しただけよ?」
「じ、重力? ……ユーリどゆこと?」
「ただ体重かけやがっただけだよ。しっかし、あのタイミングで全体重かけるとかアリな訳?」
「そのタイミングが大事なの。駆け引きっていうのかね。それに腕相撲には自信ありって最初言ったのに、勝負したがったのは青年よー」
それに悔しげな顔をするユーリと、まだ凄い凄いと興奮しているカロルの対比が面白い。
「いつかブッ倒してやる」
「ボクも、いつかレイヴンに勝ちたいな! まずユーリに勝たなくちゃ!!」
カロルの弾んだ声に2人はなんとも言えない笑いを溢した。
「えっなに、ボクじゃ相手にならないって言いたいの?」
「違う。いや、危ないなーと思って。うかうかしてられないな」
「そうね〜。少年の潜在的なパワーはおっさんにとっても脅威よ……」
それによく分からないとばかりに首を傾げたカロルの頭をぐしゃっとして、もう寝ろ、と勧める。
「えっ、でも眠くなんて……って、うわぁこんな時間になってる」
お水もらってくるー、とパタパタ部屋から出ていくカロルを見送って、ユーリはレイヴンをねめつけた。
「腕壊す気かと思ったぜ」
「ごめんねー。でもおっさんあんま余裕なくて、早く終わらせたかったのよ」
「はぁ? 眠かったのか?」
それにがくっと肩を落として違うと笑った。
「ユーリがあまりにも勝負っぽくない色っぽい声出すから、あ、こりゃまずいわ、ってね」
「……。レイヴンの頭ん中ってそんなことばっかりな訳?」
「そんな訳ないでしょ! 人を変態みたいに言わないで! ユーリは客観的に自分を見てないからそんなことが言えるのよー。
あの場にいたのがカロルで良かったわ……。これが酒場とかだったら考えるだけでも恐ろしい……。
ユーリ、お願いだから他所で腕相撲はしないでね……。いい?」
身を乗り出してあまりに切々と言われるので思わずユーリは頷いた。
まぁ、そんなに言うなら、という心境だろう。
「勝負してみたいのは強いやつとだけだから、レイヴンで我慢してやるよ」
「そうして頂戴」
「でもデュークと腕相撲したらどっちが勝つのかは興味があるな」
「……あの御仁が腕相撲をするとは思えないけどねぇ」
2人とも想像してみようとしたが、同時に首を振った。
「無理だな」
「無理だわ」
恐ろしくしっくりこなかった。
ユーリにとっては残念だ。
諦めきれずどうにかそういう場面を自然に作れないかと考え続けているユーリにレイヴンは頬杖をついて手を伸ばす。
「俺じゃ不満?」
垂れている髪をすくって、親指と人差し指で遊ぶ。そしてまた離した。
その髪がユーリの元に戻って首をくすぐるより早く触れるだけのキスをする。
至近距離から、やっぱおっさんこんなことしか考えてねぇな、と呟かれてレイヴンは口の端に笑いを乗せた。
「だから、いつもじゃないって」
「どうだか」
ふっと離れ普通の距離に戻った所で、カロルが帰ってきた。
「ねぇねぇ、宿の人がお湯もくれたんだよ! 2人も何か飲む?」
「じゃあ俺、茶。カロル、レイヴンには頭から水かけて冷やしてやってくれ」
机に水とポットを置いたカロルはきょとんとした。
「えー、何したのレイヴン」
「何もしてないわよ! カロル少年、おっさんもお茶で! もちろんホットでね!」
始まり方で期待した方、ごめんなさい。
「頭から水」のユーリは半分本気で半分冗談。
2013、8・23 UP