「ちち、うえ?」
そう声が聞こえて、顔を上げる。
その声とたどたどしい呼びかけで見るまでもなく誰かは分かっていたが。
執務室の扉から顔を出したルークがこちらをみていた。
「……どうした」
ルークが自分を呼んだこと自体がまだ数えるほどのことな上、さらにこの部屋にきたのは初めてのことなので内心ではかなり驚いた。
ペンを置き、インク瓶の蓋をしめる。
心を落ち着けてサインを書き続けることなどとてもできないと思ったのだ。
自分はまだ、この2人目のルークに対してどう対応したらいいか分からない。
認めたいのか認めたくないのか、それすらも。
1人目のルーク――今はアッシュだが、彼の時も悩んだというのに。
いや、現在も思いは固まりきってはいないのだが……。
秘預言によって固めざるを得なかった思いは最近の一連の事件で既に崩れた。
いや……崩されたと言った方がいいだろうか。
聖なる焔の光、ルークが2人になったことで諸々のことを考えるようになった。
今再び自分と向き合い改めて国と預言に雁字搦めの自分を思い知る。
若い頃の自分が現在の己を見たら軽蔑するだろう。
なぜなら「あぁはなりたくない」と思っていた姿そのものなのだから。
……やはり預言に頼り切ることは得策でなはいと思う。
元来そう考えていたが、公爵位を継ぎ国の中枢に近づけば近づくほどその考えを持ち続けることは容易ではなくなった。
この国は預言を重んじる傾向があり自分も知らず知らずそれに感化されていたのだと自覚する。
その事実に愕然とした。それと同時にこれが預言の力というものかと唸ったものだ。
自分の意思が弱いといえばそれまでだが、預言というものだけではそれだけではないのだと思い知らされた気がした。
「ちちうえ」
はっとして横を見るとすぐ傍にルークがいた。
一体何をしにここへ来たというのだろう。
手を体の後ろに隠すという不自然な体勢で立っている。
それを疑問に思いつつ見ていると扉がノックされたので今度は誰だと思い入室の許可を出すと今度はアッシュだった。
……まったく今日は予想外のことばかりだ。
「お仕事中失礼します。あの……父上、こちらにルーク……」
「アッシュ!」
「ルーク! やっぱりここにいたのか……!」
ルークが嬉しそうにアッシュに駆け寄っていく。
その際何かを落としていったので何かと思い拾った。
「ここに入ってはダメだと言っただろう?」
「だって」
「だってじゃない。ここは父上が仕事をする部屋なんだから」
アッシュに怒られてしゅんとするルーク。こうして見ると本当に双子の兄弟のようだ。
「どうしてここに来たんだ?」
「ちちうえに……これ」
ルークが自分の手を見てあれ? という感じに首を傾げた。
「ない……」
「落としたのか?」
もしやこれだろうか。
「これか?」
「あ」
返そうと思い差し出すがルークはふるりと頭を振って「ちちうえ、あげる」と言って部屋から飛び出していった。
来たのも突然なら出て行くのも突然だ。
それに慌てたアッシュは挨拶もそこそこにルークを追いかけ部屋から出て行く。
……一体何だったのだ。
己の手に残された不器用な2つ折の紙を開けてみる。
そこには恐らく……恐らくだが、自分の絵が書かれていた。