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愛しい君 1


あいたい  あいたい  あいたい 


全身が叫ぶ。




あいたい。あいたい会いたい!




自分が培養槽に浮かんでいることなど分かるはずもない。

だって何も知らない生まれたてだから。
何も分からないのに、1つだけ。


たった1つだけ全身に染み渡る想い。

――おれは、あなたの、れぷりかだよ。





(今、こちらを見た…?)

まさか、と思う。でも。

「……ヴァン。こいつには意思はあるのか?」
「意思? そんなもの。これはただの人形です」

師は侮蔑の色もあらわに笑う。
――俺から造られたものに対してなんて言い草だろう。勝手に情報を抜いておいて!
俺の沈黙を同意と受けとったのかヴァンは更にこう言った。

「秘預言で死ぬのはこれで十分。ルーク様は必要な方なのですから」

苛々する。死ぬと詠んだ預言も。死にたくないと思う自分も!

死にたい訳じゃない。だからといって身代わりを立てるなど。
そんなことが許されるか! でも俺は死ねない!!

「さぁ、ルーク様。いつまでもこのような所にいる必要などありません。上へ戻りましょう」
「……もう少しここにいる」

ヴァンは先に戻っていると言い、残ったのは俺と。


(レプリカ……俺の、代わり……)


じっと細部まで見る。本当にそっくり……いや同じ、だ。



「俺、は、どうすればいい……」

水槽に右手で触れて俯く。どうしたら、どうすれば。


どれくらいそうしていただろう。ふっと指先に温もりを感じた。

「っ!?」

硝子越しに触れる右手と左手。交わった視線。
俺から生まれた者が。それはそれは綺麗に。


――微笑んだ。




意識が覚醒したのに伴い、培養液が抜ける仕組みなのだろう。
水はみるみる減って不思議そうにぷかぷか浮いていたレプリカの体がぺたりと底につく。
プシュ、という音と共にガラスでできたケースの扉が開いた。
その間、俺は呆然とする他なく。

けほっ

その咳こむ音で体の硬直が溶けた。
地面に伏したまま、こほこほ、と弱々しく震えている姿にどこかで読んだ本の内容が浮かぶ。

(生まれたての赤子は初めての呼吸が苦しくて泣く……)

産声について色々と諸説が書き記してあったその中からその1文が浮かんだ。
それが正しいのかなど分からない。ただとても苦しそうに見えたから。背を、撫でた。
しばらく咳込んでいたが落ち着いたのだろう、背中を撫でる存在に気付いて俺をを見る。
同じ色の、違う目が、俺を。

「あー……」
「お前、喋れない、のか?」
「う、ぅあ」

もっと自分を見たいのか仰向けにころりと転がって手を伸ばしてくる。
避けることもできたが……なぜかそんな必要はないと思えた。
ぺた、と俺の顔を触って――当てた、と言った方が近い――そして。

「あー」

また嬉しそうに笑った。なぜだ。
お前は俺の代わりに死ぬよう造られたのに、なんで、なんで、俺に向かって笑う!
バッと立ち上がる。この部屋から出るつもりだった。



『 やだ やだ いかないで 』



頭に直接言葉が……いや思念が伝わる。何だこれは。呆然と立ち尽くしている俺をじっと見つめるレプリカ。
まさか。

「お前、なのか?」
「あ……ぅー?」

よく分からないと言いたげな表情を浮かべているくせに言葉にすらなっていない思いが流れ込んでくる。


『 いっしょがいい やだやだ  ここはいや 』


意味が汲み取れるのは何故だ。オリジナルとレプリカだから?

ここは嫌だというレプリカの思いに引きずられるように俺の思いが溢れる。
俺だってこんな所は嫌だ。バチカルに、屋敷に帰りたい。
しかしどうやって帰ればいい?ただでさえヴァンに見張られ、そして俺は子供で。



「……遅いと思って様子を見にくれば……目覚めたか」

はっとして振り返ると師が部屋に入ってくるところだった。
カツカツと足音を響かせレプリカに近づくヴァンに表情はなく。
あろうことかレプリカの髪を掴んで、無理矢理体を起こさせたではないか!

「ヴァン、何を……」
「確認ですよ、ルーク様。ふむ、これなら十分代わりになるだろう」

完全同位体だからな、と口元に笑みを浮かべる師に初めて恐怖を感じる。足先から震えが来るような。
突き放すかのよう乱暴に離し、座ることすらままならないレプリカの体は地面に叩きつけられる他なかった。
まかり間違っても生まれたばかりの者に対する仕打ちとは到底思えない。



誰だこれは。


これは誰だ!


これがこいつの本性か……!




「さぁ、今度こそ戻りましょう」

俺に話しかける様子はいつも通りの師に見えたがもう俺は。

(こいつなど信用しない)

度重なる不信がはっきり形となったのだ。






2017.10.10 / 10.14 / 10.20