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愛しい君 3


「な……っ」

父上でも驚くことがあるのだな、とちらりと思う。
いやルークの赤い髪と緑の目を見て動揺しない方がおかしいか。
母上は取り乱したりはしないが、まぁ、と口元に手を添えて目を見開いた。
父上と母上、まったく知らない二人に注視されてルークは不安になったのか俺の後ろに隠れようとする。
が、まったく同じ体格なのだから隠れきれない。

「……お前は何だ」

警戒も顕わに父上が低い声を出すと、ルークがびくりと震えたのがわかった。
そろそろ、限界だろうか。


「あ……ぅぅ…」


大人しくしているように、との言いつけを守ってきたルークだったが、堪えきれなくなったのだろう。
俺に縋りついて泣き出してしまった。
これは……説明より宥めるほうが先かもしれない。圧し掛かる重みにそう思う。
わんわん泣くルークをぎゅっと抱きしめて大丈夫だと声をかける。
両親が目を丸くしているが構うものか。

「…っく、うぇ……っ、ひっく、ぅあーー…」
「どうした?」
「あ〜……ぅ」
「ほら、怖くなんてないだろう。俺がいる」
「うー……あぅ」
「……いい子だな」

まだぐずっているが、なんとか治まった。
両親を見るとさっきよりより一層驚いているようだった。
まるで赤子のようだから、だろう。実際生まれたばかりなのだから仕方がないが。
いや、もしかしたら俺が世話しているのが意外なのかもしれない。

「ルーク……あなたにそっくりなその子はもしや……話せないのですか?」

驚きながらも労わるような母上の言葉にほわりと胸が温かくなる。

「あ……はい」
「まぁ……生まれつきか、それとも余程恐ろしい目に合ってしまったのかしら…」

生まれつきでも悲惨な目にあって言葉を失ってしまった訳でもないが、母の慈愛が嬉しかった。

「本当にそっくり。瓜二つですわ。双子のようですわね。あなた?」
「あ、あぁ……いや、しかし赤毛で碧眼とは……」
「どこか王家縁の子供でしょうか」

両親のルークは何者だろうかという推測を聞くともなしに聞いていた。
レプリカなど思いつきもしないだろう。それが当然というものだ。
しかし実際こいつは……。

「この色合いを持った子供は……ファブレ家以外では生まれない」

俺は口を開く。
幼いころから教師達に嫌と言うほど聞かされたことだった。
髪の色を称え、目の色を褒める。王族でしか持ち得ない色合いを持つ俺を敬った。
そして気づいた。

俺ではなく『王族の証を持った俺』を見ているのだと。
そうでない教師もいたが、圧倒的にそういう奴らばかりだったなと感じる。
次の言葉が喉に張り付いたように出ない。口を開いては閉じる。
あぁ、俺はこんなにも臆病者だったのか。
そう思ってぎゅっと目を瞑ると右手に繋がったルークの暖かさがより感じられた。
そうだ、俺は一人じゃない。

「父上、俺は、いらない子供ですかそれとも必要な子供ですか」

両親にとってこの問いは衝撃のようだった。
父上の顔色は紙のように白い。そして黙ってしまった。
この問いに父上は答えられないだろうと思ってはいた。
いらない、と答えることはできない。国の繁栄に俺は必要不可欠だからだ。
必要だ、とも答えることはできない。いずれ俺を贄として差し出すことが決定しているから。

「ル、ルーク……。突然何を言いだすのですか……子供が大切でない親などいませんよ……!」
「すみません。母上。でもどうしても父上にお伺いしたかったのです。……結果がどうあれ」

父上は答えなかった。それが答えだ。
俺と父上を見る母上の顔色が青くなっていく。
あぁ、母上。そんな顔をしないで下さい。

「いいんです……。父上は元帥で国の中枢を担っているお方ですから。私情など切り捨てて当然なんです」

分かっていてもこの胸は痛むけれど。

「私情を……切り、捨てる? どういうことですか?」
「……お前、まさか……」

父上がハっとしたように見たから、俺を縛る秘預言を呟いた。

「一体、どこでそれを……」

愕然といった面持ちの父上とこの世の終わりのような風情の母上。

「そんな、まさか……それは預言なのですか……? 聖なる焔の光……ルーク、の」
「母上……」
「あなた……あなたはご存知だったのですか……?」

父上はやはり何も言わない。
そんな反応を見て母上は力が抜けたように地面に座り込んでしまった。
頬を伝う雫をそのままに。

「そんな、このような預言がルークに詠まれていたなんて……」

母上は元王女だ。
キムラスカでの預言の扱いは嫌という程熟知している。
だからこれほどまでに呆然自失の体なのだ。
降嫁すれば王妹といえども、公爵夫人として扱われることになる。
そのせいで我が子の――俺の――秘預言を知ることが許されなかったという所が妥当の線だろう。

静かに泣く母上にびっくりした様子だったルークが、恐る恐る手を伸ばそうとして、ハッと引く。
俺を見て、母上を見て。

……母上に近づきたい、のだろうか?

ルークはまだ一人で歩けないから、必然的に俺も一緒に歩いた。
そして母上の傍に行って二人でぺたりと座る。
ルークの手がおずおずと伸びて母上の赤い髪を撫でた。
予想外だった。
これは俺の真似をしているのだろうか。

「ありがとう……」

驚いたようにルークを見る母上の目が優しく細められるのを見て、あぁこの人なら、と思う。

「母上……今から母上をとても驚かしてしまうことを言うかもしれません。父上も聞いて下さいますか?」

呆然としたままの父上は微かに頷いたようだ。
母上はこれ以上何を驚くことがあるのですか、と言いながらも、息を吸ってしっかりと頷いて下さった。

「レプリカというものをご存知ですか」
「レプリカ……。あぁ知っている」
「この俺にそっくりな子は……俺の、レプリカです」

両親が戸惑ったように目を見合す。
それはそうだ。
レプリカ技術を生物に施すことは法律によって禁じられていることなのだから。

「本当、なのですか……? その子はルークの……」
「はい。俺を騙し唆したやつが……俺から、情報を抜いて生み出しました」

ルークをぎゅっと抱きしめる。
ルークは嬉しげに摺りよってくる。

「お願いです。こいつをここに置いて下さい」
「ここに、というのはファブレ邸ということか」

父上が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そうだ。ルークは父上にとって歓迎すべき者ではない。
レプリカ技術で生み出されたものがファブレにいるという話が広まってはまずいから。
本来ならば、そう……処分されてしまう。

「そうです。こいつは……勝手に創られてしまったんです。意志とは関係なくです。それに……」

ルークの髪を撫でる。
ふわふわした髪の毛が俺は好きだ。ルークはうとうとと眠りそうになっていた。やはり疲れたのだろう。

「……こいつは生まれて3日しか経っていません。レプリカは最初赤子同然だそうです。俺は……こいつと一緒にいたい」

いつになく喋り続ける俺に飲まれるように両親は何も言わない。
ルークが「くしゅんっ」とくしゃみをして呪縛から解けたように母上が動いた。

「寒いのかしら? 風邪を引いてしまうわ。……ところでこの子の名前はないのですか?」
「母上」
「この子はもう一人のルークなのでしょう? 我が子を追い出すなんて……できません。あなた……私はこの子の母になりたいと思います」

俺と母上が父上を見る。
父上は迷っているようだった。

くるりと背を向け低い声で考えておく、と言い置き部屋を出て行ってしまった。
あれから名前をレプリカにやって自分はアッシュになる、と母に告げた。
母上は驚き理由を聞いてきたがもうルークが限界だったので、明日にして貰えるよう頼むと母上は淡く微笑んだ。

あなたは本当にその子が大切なのですね、とそう言われ顔に赤くなる思いだったが事実なので否定などできるはずがなかった。
たった3日しか一緒に過ごしていないのに。

この気持ちは何だろう。





「あーぅ」
「おはよう、ルーク」

ふぁぁ、とあくびをするルークは放っておくと再び寝てしまいそうだったので俺はあわてて座らせた。
もしかして座ったままでも眠るんじゃないかと思ったが少しきょとんとした後、
俺を見て嬉しそうに手を伸ばしてくる。
……良かった。
どうやら起きたようだ。

「これからお前はここの子供に……俺の弟になるんだ。……いやなこともあるかもしれない。でも俺はお前の側に、いる」

最後は自分に言い聞かせるように。

レプリカを疎むやつがいるだろうことは分かっている。
大人たちは人間であっても異質なものは受け入れないことを、身を持って知っているから。

でもそんなものに屈してなんてやるものか。
こいつは、ルークは。
俺が守る。これから2人で始めよう。

「2人で、がんばろう」

2人で、と口に出したとき、何かふわりと胸に広がるものがあった。


これは……喜び?

……嬉しい?


何が?


……俺は、1人じゃない。お前がいる。

それがこんなに暖かな気持ちをもたらすなんて。




俺はアッシュ。



お前はルーク。




いっしょに、生きていこう。




おれもアッシュとずっといっしょにいるよ

2009.7.6 / 9.29