愛しい君 ―4―
「聞こえなかったのか、俺たちはルーク・フォン・ファブレだと言っている」
若干イライラした声音で再び口を開く。
それでも相手――カイツールの軍港の責任者――は戸惑いを捨てきれないようだった。
こちらの無事を喜ぶ言葉を口にしながらも、頭からすっぽり布を被っているルークを不審そうな目で見ている。
――あぁ。自分の体が小さいことがこんなに悔しいことだなんて!
不躾な視線から隠してやることもできない。せいぜい隣に立つことが限度。
不安そうに俺に寄り添うルークの手を取って握る。
(そうだ、俺はここにいる。何を不安に思うことがある?)
あの研究室でのように、思いが伝わったのだろうか。
心なしかレプリカから力が抜けたように感じる。
…どうやら明日、迎えが来るらしい。
今日はここでご滞在下さいませ、と通された部屋で2人きりになるのを待ち、ベットに座らせてルークの布を取ってやった。
「あーぅ」
布が邪魔だったのだろう。ふるりと一度頭を振って腰の辺りに、ぎゅ、と抱きついてくる。
知らない人間に囲まれて不安だったのだと、思う。
「ルーク」
「ぅ?」
そう呼んでやると反応を返す。この3日間でどうやら自分のことだと学んだようだ。
「そうだ。じゃ、俺は?」
「ぅー…あ、あ…ちゅ……」
アッシュ、と訂正しつつ赤髪翠眼が2人となると混乱は避けられないだろうな、と頭の片隅で考える。
ベットに腰掛けたルークを立たせてみる。
まだ歩くことはできないが、なんとか俺に掴まって立つことはできるようになった。
ゆっくり手を離させると数秒の後、ぽすんと座って、はふぅ、と息を吐いた。
短い時間だが自力で立てるとは大した成長だ。
今の自分の情報から作られたのだから歩くことは知らなくても、歩ける身体なのだろう。
「……えらいな、ルーク」
頭をひと撫でして、さぁ明日はどうしようかと思いを馳せた。
「ルーク……っ!!」
苦しいほどの抱擁。
カイツールの軍港からバチカルの港へ着き白光騎士団に厳重に警護され、公爵家へと帰還し最初に見たのは。
母の、涙。
「あぁ……っ!ルーク!ルーク!!!!」
「ただいま、もどりました……」
母の腕に包まれて、母の声を聞いて、安心している自分がいることに気づいた。
その腕の中でぼんやりと。
ヴァンの話――秘預言――を聞かされ、自分は殺されるために生まれ、生かされているのだと、そう思った。
17歳になれば死ぬ。
国のために。
預言によって定められ、誕生したのだと。
世界が、国が、両親が。
何もかも。信じられなくなった。
誰も、誰も、だれもだれも!俺を、必要としてはいない!!
……死ぬことだけを、求めて、いる。
そう、感じて、師に付いていった。
だが、これはどうだ。
母は、泣いて無事を喜び、縋り付くように抱きしめて。
父は、少し距離があるものの目に涙を浮かべている。
――必要のないものに、こんな反応を、するか……?
「……………………………か?」
「今…何と…?何と、言ったのですか、ルーク……?」
ここでは、聞けない。
こんな、人が多い、所では。
「ぁー……ゅ…」
「……」
母の腕から抜け出して、ずっと手を繋いだままだったレプリカの体を抱きしめた。
なぜかは分からないが、ただただ不安で。
「ルーク……その子供は……?」
母上が地面に膝を付いて、目線を同じくする。
あぁ、そうだった。
母上は、こんなにも優しい人だ。
父も怪訝そうな目で俺たちを見る。
「父上。人払いをお願いいたします」
更に父の眉間に怪訝そうな皺が刻まれたが、俺の真剣な様子を見、迅速に人払いの命令を出す。
公爵家に仕えるもので、父の命に異を唱えるものなどなく、波が引くように使用人、白光騎士団が姿を消す。
自分たち、父、母以外も人間がいなくなったことを確認して。
その姿を覆っていた布を、取り払った。
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2008 2・13 UP