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わたくしがいたします


ルークが正式にファブレ邸に迎えられたのは実に1年経ってからのことだ。
それまでレプリカルークは外部へ情報は一切漏らさないよう騎士にも使用人にも徹底したので問題にはなっていなかった。
人の口は羽根よりも軽い、と言うが、ことファブレに連なるもの、仕えるものにとってそれは無縁な言葉だ。
情報の管理、それができないようであれば代々王家に近い大貴族の当主など務まらないからだ。
今や2人になった『ルーク』はそれまで以上にクリムゾンの頭を悩ませていた。

まず、レプリカという存在を筆頭公爵が認めていいのかどうか。
次に、認めたとしてその扱いをどうするのか。
息子としてファブレ公爵家の一員とするか施設――ベルケンド研究所――送りとするのか。

一番重要なのは秘預言のことだった。
今まで通り仕方のないこと諦め、どちらかを、もしくは両方を差し出すか、預言を排除する方向へ動きだすのか。

複雑に現状と感情が絡み合いなかなか結論を出せないクリムゾンだったが、その様子に煮やしたのはシュザンヌだ。


『わたくしはあの子の母になりたいと申し上げました。アッシュも名前をルークに贈り、今や兄として成長しています。
ですけれども、対外的にあの子はルークのままで、ルークは存在すらしていません。
この期に及んで陛下にアッシュとルークのことを奏上することをためらわれているのですか?
それとも秘預言のことですか? そうであるならば、わたくしが兄上様にお話しに参ります。
色々と兄上様に申し上げたいこともございますし、わたくしが2人を連れて王城に行く許可をくださいな』

いつも大人しく、淑女らしくクリムゾンに意見することもないシュザンヌだが、この件に関してはいつになくしっかりと進言してきたので目を白黒させたが、勢いに押されるようにしてクリムゾンも同行するという条件付きで許可した。
事前に王へ謁見したい旨を連絡する際もシュザンヌ自ら王城へ赴いたためアルバイン内務大臣を始めシュザンヌを幼少から知る人々にとっては大いに驚愕させる事態となった。


『シュ、シュザンヌ様? いかがされましたか』
『アルバイン、陛下はどちらです?』
『今は執務室にいらっしゃいます、が……?』
『そうですか。ありがとう』

護衛の白光騎士を従え優雅に歩くシュザンヌを呆気に取られ見送ったアルバインだったがハッと我に返り追いかけた。

『シュザンヌ様お待ちくださいませ! 陛下はこの後、謁見のご予定がございます……! 申し訳ありませんが、ファブレ公爵から正式な手続きを』
『心配は無用です。時間は取らせませんわ』
『シュザンヌ様……!』

至急執務室に伝令され、シュザンヌが執務室の前に来た時にはちょっとした騒ぎになっていた。
シュザンヌがまだ王女の頃からインゴベルトは年の離れた妹に甘かったのだが、それは嫁いだ今もかわらないという自信がある。
それを嬉しく、また誇らしく思いながらも甘えたことなどなかったが、今は別だった。

『陛下。突然のおとない失礼いたします』
『おぉ、シュザンヌ……どうしたのだ? 体はいいのか』
『えぇ、1年前ほど前から驚くくらい体調はいいのです。今日は先約がおありになるようですから、手短に申し上げますわね。お願いがあって参りましたの。ファブレ公爵夫人としてではなく、兄上様の妹、元王女のシュザンヌとして』
『シュザンヌ……? いったい、なにが……』

王妹、もしくは元王女であることを主張したことなどない異母妹の言葉にインゴベルトは驚きを禁じえなかった。
それらを持ち出す程シュザンヌにとって特別な何かがあるということだ。

『兄上様にとってもわたくしにとっても重要なお話です。ルークのことで大切なお話がありますの。後日お話する機会を設けて頂くためにわたくしは参りました』

やんわりと持ち出されたルークという言葉を聞いてインゴベルトは心得たように数回頷いた。
秘預言のことだと捉えたのだろう。間違ってはいないがそれが全てではない。
しかし、今はそれで十分だった。

『そうか。……よかろう。追ってファブレ邸に使者を送る。それで良いかな?』
『ありがとうございます。兄上様。お待ちしておりますわ』





「さぁ、2人とも。準備はできましたか?」
「あっ、ははうえ!」
「まぁルーク。これは凛々しいこと。見違えましたね」
「りりしい?」
「格好いいということですよ」
「ルー、かっこい!」

服の裾をちょいちょい引っ張って落ち着かないと言わんばかりにそわそわしていたルークだったが、かっこいいと言われて途端に嬉しくなったようだった。

「アッシュもよろしい?」
「はい、母上」

返事をしたもののアッシュは酷く緊張していた。
王である伯父とは何回か会っているけれども、面と向かって己の秘預言について、そしてレプリカについてを話しに行くのだと思うとどうしても竦んでしまう。
それを察したシュザンヌはアッシュをそっと抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫ですよ。わたくしも、お父様もついていますし」
「ルーも!」

とん、と後ろからルークがアッシュに寄り添うと「まぁ」とシュザンヌが微笑んだ。
背中に温もりを感じたのだろうアッシュの緊張もいくぶん解れたので改めてこの2人の繋がりを感じる。

今までにないくらい体調が良いのは2人のおかげだ。
ルークが来てからアッシュは生き生きとしているし、シュザンヌにとっても毎日が楽しくて気力がみなぎるようなのだ。

「シュザンヌ様、アッシュ様、ルーク様。エントランスにて公爵がお待ちです。お越しくださいますよう……」
「さ、2人とも。参りましょう。兄上さまの前に出るまで騎士たちの間から出てはいけませんよ」






2013.11.23