(あ……)
頭の中で響くキィン、という微かな音。
……来た?
確信を得て駆け寄ると同時に、窓が開いた。
「アッシュ…!」
堪らず抱き付くと抱き返される。
会いたかったと全身で訴えるようにぎゅっと。
「今晩は。ルーク」
「こんばんは、アッシュ!」
挨拶は大事だとアッシュは言う。だから毎回欠かさない。
最初はなんだかくすぐったくて堪らなかったけど、慣れた。
今は毎回挨拶の言葉が変わるのが楽しくて楽しみで仕方がない。
この間はごきげんよう、だったかな。
「会いたかった!会いたかった!!」
アッシュの首に腕を回したままぴょんぴょん跳ねるとアッシュが唸った。
「ちょ……待て。跳ねるな」
ぴた、と跳ねるのをやめてアッシュの顔を見る。
「なんで?」
「……背が同じなんだ。飛ぶ度に首がしまって苦しい」
「ご…ごめん……。痛かったか……?」
左手でアッシュの首を撫でる。
「大丈夫だ。痛くねぇ」
「ほんとう…?」
「あぁ」
ほっとして額をアッシュの肩に当てた。
「1ヶ月半振りくらいか?……どうした?」
動きがぴたりと止まったことでどうしたのだろうと思う。
怪訝に思ってルークを少し離して俯いた顔を覗きこむと。
「……ぅ…っく」
頬を伝う雫。
「…ん?どうした?」
再びルークの頭を柔らかく引き寄せて安心させるように抱き込んだ。
「…っしゅ……う、っく…寂し、か……っ、会い、あい……うぁあああん!」
安心したのか気が緩んだのか、しがみつくようにして泣くルークがどうしようもない程愛しく感じる。
俺はこんな風に泣けない。泣いたのはいつが最後だったか。
……そうだ、こいつが生まれた時、だ。
「落ち着いたか?」
まだ軽くしゃくりあげているが、喋れるくらいには落ち着いたらしい。
「ご、ごめん…な……」
恥ずかしそうに腕の中でみじろぐルークの背を撫でる。
「何を謝る?お前はまだ幼いんだから、感情をたくさん出せばいい」
「う、ん……。でも俺……皆の中では12才、だし……」
外見相応の振る舞いを求められているのだろう。
日々、背伸びして過ごすルークの姿が目に浮かぶようだ。
「少なくとも、俺の前で感情を抑える必要はねぇよ」
そう言いつつルークの柔らかな頬に唇を寄せた。
「うんっ!ありがとっアッシュだいすき!!」
嬉しさで頬を紅潮させてぎゅっと抱き付いてくる体を抱き締めかえす。
「アッシュ、アッシュ。今日はどんな話してくれんの?」
早く聞きたいとばかりにぐいぐい腕を引っ張る。
「そうだな。ベヒモスの話でもしようか」
「べ…ふぃもす?」
「ベヒモス」
イニスタ湿原に生息するという強大な魔物の話。
その話にいちいち驚いたり怖がったりしながら聞く様子は話していて楽しい。
その幼さからくる素直な反応が愛しい。
「外にはそんな怖いのもいるんだな……」
「もちろんこれは極端に強い例だが……ルーク?」
「アッシュ、アッシュは?危ない目に、あったりしてないか……?」
右に座るルークが心配を顔いっぱいに張り付けて問うてくる。
頷くことは躊躇われた。
まだ一人前ではない上、信託の盾騎士団に属する身では危険でない任務の方が珍しい。
「アッシュ……」
返事をしないことで何か感じたのだろう。ルークは悲しげに目を伏せてしまった。
「ごめん、ごめんな……おれが……生まれた、から」
「ルーク」
続く言葉を遮る。
「それは違うと何回も言っただろ?」
「うん…」
それでもしゅんと項垂れたまま。
「俺はお前が生まれて嬉しかった」
ルークがバッと顔を上げる。
「俺は……1人ぼっちだった。…お前が生まれるまで」
朱色の頭を引き寄せて顔を髪に埋める。
「父上は俺を見ているようで見て下さらない。母上はお優しい方だが体のことを考えると……無理は言えなかった」
「……」
ルークはアッシュの言葉を一言も溢さないよう聞き入る。
「恵まれていた、のは事実だと思う。でも、それでも……空虚だった」
「……くうきょ…?」
おずおずとどういう意味か尋ねる。
「空しい、寂しい……そうだな……心にぽっかり穴が空いたようなそんな感じだ」
ルークがおもむろに自分の胸元に触れた。
ぺたりと手をあて撫でるように。
「おれ、アッシュに会えない日が続くとそんな感じになる、気がする。この辺がなんか変になるんだ」
この辺、と言いつつアッシュに手を伸ばし触れる。
優しく柔らかに撫でるルークの手に自らの手を重ねて。
「俺に会うとその気持ちはどうなる?」
「んと……無くなる……かな?嬉しくて嬉しくて」
「同じだ」
「おな、じ?」
澄んだ目で見つめてくる。この無垢な瞳にどれだけ、ああ、俺がどれだけ。
「お前がいて俺は嬉しい」
「…っ!」
「お前が生まれたことで、俺は1人じゃなくなった」
目を見開いたまま見詰めること数瞬。
「アッシュ……おれ、おれ……アッシュの寂しいのマシにできてる?」
「マシどころじゃない」
「…ほんと?」
「本当に」
ルークの目からぽろりと一粒、雫が落ちる。
それを指で拭ってやる。
「……うれしい」
「そうか」
「あの、おれは、…おれもアッシュがいてくれて……嬉しい……!」
そうして恥ずかしそうにしながら綺麗に笑って、堪らないと言わんばかりに飛ぶように抱きついてくる。
お前は知っているか?ルーク。
(この素直にひたむきに、そして全身で慕ってくる存在にどれだけ俺が救われているのか)
アッシュは知ってる?
(ありのままのおれを受け止めて、撫でてくれるアッシュがどれだけおれにとって大事か)
二人は仲良くベットに並んでるといい。
2008、12・4 UP