「なぁ、ちょっといいか」

「なんだ」

「なんで、お前はここにいるんだ?」



「……喧嘩なら買うぞ」

「あー……いや、違う。そういうんじゃなくて……」







うまく言葉にできないことがもどかしい。







「……だってお前は帰れるのに」





自分はもうここ以外で――音譜帯以外で――存在できない。

地上に戻るには自身を構成する第7音素がまったく足りていないからだ。



でもアッシュは違う。







「……黙れ」

「だって……みんな待ってる」



下に視線を向ける。

地上が見える訳ではないがなんとなく地上の話をする時のクセになってしまっていた。



「うるさい」

「そんな言い方……」



顔をあげると、思いの外至近距離にアッシュがいて息を飲んだ。

この距離は心臓に悪い。

じり、と下がろうとしたら許さないとばかりに二の腕を掴まれた。





掴まれたところが、あつい。





「はなせ、よ……」

「なぜだ」

「なんででもいいからはなせって」



早く。お願いだから離してくれ。

無理やり抑えこんでいる思いが溢れそうになる。

ぐっと抑えつけているこの気持ちが。



俯く顔に手をかけて、顔を上げさせられる。

最後の抵抗とばかりに逸らしていた視線も促され合わせるしかなくなった。



「……んだよ」

「本当に、そう思ってんのか? てめぇは」





どきりとした。





「……思ってなかったら言わねぇ」







アッシュは帰るべきだと思ってる。



……俺自身の本当の願いは違う、けれど。そんな思いは身勝手すぎると自覚しているし、

ましてや受け入れてもらえるとも露ほども思っていない。







そうだ、この空間でしばらく穏やかに過ごせただけでも奇跡のようなものなのだから。







「嘘だな」

「……ちがう」



アッシュの一言一言に揺さぶられ、色んな感情が混ざり混ざって、頭が、ぐらぐらする。

いっそ、この思いをぶつけてみようか。

その時アッシュはどんな反応するんだろう。



……軽蔑、されるかな。

俺に軽蔑の眼差しと言葉を残して、さっさと地上へ帰るだろうか。

その場合、たぶん、俺はアッシュを見送ったあと存在し続けられないだろう。



この体は意思のかたまり。

自我が揺らいだらその瞬間、この第7音素の海に溶けてローレライの一部になると知っている。



でも、もしアッシュがこの思いを知らずに地上へ帰ってくれたら。

俺はここで過ごしたほんの少しのアッシュとの思い出を抱いて、眠りにつこうと思う。





俺は俺のまま、眠りたい。





そして夢の中でアッシュの幸せを祈り続けるよ。







だから、……だから。









「うそ、じゃない……」

「……そうかよ」



胸がずきりとした。

でも、これでいい。いいんだ。

アッシュの手が離れる。



ようやくアッシュも納得してくれたのだと、ほっとして目を瞑ったからアッシュの動きにまったく気付かなかった。







「え……」







気がついたらアッシュの腕の中で、右肩にアッシュの顎が乗せられて重みを感じる。





「アッシュ……なに、どしたんだよ……?」



こんな行動まったくアッシュらしくない。やわらかく回された腕に、どうしようもなく動揺する。







さよならの挨拶?

でもそういう雰囲気でもない。

アッシュはぴくりとも動かないし、ルークはますます泣きたくなった。





……暖かい。



暖かいことが嬉しい。





でも、どうしたらいいか分からない。



「一度お前と一つに融合しかけた時があったな」



「あ、あぁ」





ローレライにここに連れてきてもらう前のことだ。

なぜ今そんなことを? この行動とどんな関係が?









「その時、お前の記憶を見た。……だから」







だから……?









ま、さか。嘘だ、そんな。聞きたく、ない。











「知ってる」









時間よ、とまれ。



















知られてしまった。もう一話続きます。





2011、2・12 UP