「……何度も申し上げておりますが、彼らは生まれこそ違えど我々となんら変わりはありません。

喜怒哀楽を持ち、個々に性格も違う。

外見と年齢が一致しないことはどうしようもありませんが、それを彼らの責任とするのは酷というものでしょう」



淡々とアッシュの口から言葉が出る。

俺には分かっていた。アッシュは怒っているのだと。

それに気付かずなおも食い下がる貴族は墓穴を掘っているということに気付いているのだろうか。

あぁ、ほらナタリアの顔色も悪いじゃねぇか……。



「恐れながら、アッシュ様。各地で起こる騒動にかなりの確立でレプリカが関係しているというのも事実ですぞ」



アッシュの柳眉が微かに動いたのを見た。

あぁもう、なんで火に油を注ぐんだよ。



「それはこの間の騒動のことを指していると受け止めても?」

「さぁ、それは私の口からは何とも申し上げられませんが……。

レプリカにまったく責任がないとも言えますまいな」





今までじっと聞いていた俺だったが、この発言に黙っていられるほど俺も冷静じゃない。





「お言葉ですが、それについては承服致しかねます」

「ほぅ? では貴殿のご意見をお聞かせ願えますかな。ルーク様?」



向けられた目には温度というものが感じられなかった。

分かっている。こいつは俺が嫌いなんだ。

いや、俺という存在を含むレプリカ全部が。





「保護という名目でレプリカを集め人身売買を行う集団に非がないとおっしゃる?」





あくまで声を荒げたりはしてはいけないのだとアッシュに教えられている。

だから、自分を抑え極力丁寧な言葉を。

そうした努力を嘲笑うかのように相手は執拗に不快なことばかり口にしてくる。



「人身売買とは穏やかではありませんな。

しかもそれに関しての情報は真偽が定かではないという報告を受けていますが?

さらに言うなら、それこそ彼らは本当にレプリカを保護していたのかもしれませんぞ。

得体のしれぬレプリカに衣食住を提供し、治療を受けさせ、様々な技能を教えていたという情報もありますな。

その恩義ある家主に対してレプリカ達はあろうことか反抗し、怪我まで負わせたとか」





正直かなりイラッとした。

……ふざけやがって。





会議用の大きなテーブルの下の両拳は震える程に力がこもった。しかしそれを顔に出してはいけない。

隣にいるアッシュには当然俺の状態なんてバレてるだろうけど。

声が怒りで震えてしまわないよう、慎重に口を開く。



「人身売買目的であれば、病気などもっても他でしょう。

さらに申し上げますならば、その技能というのも口に出すのも憚られるものだとか」



間違った情報を与えオリジナルが主だと思いこませる。

その上で盗みの技術や下働き、常人が就きたがらない仕事――について教え込む。

それが完了すれば商品として売られていく――。



「教育と称しての体罰の傷はそれは悲惨なものだったと保護した者から聞いております。

それにより命を落とした者も少なからずいると。

……害されそうになったものが自分を守るために相手に怪我をさせることは正当防衛にはならないのでしょうか?」





そんなおかしな話があるか。





「さぁ……そうは申しましてもですな。実際その命を落とした者がいるという証拠がどこにあると?」





嘲笑うかのように歪んだ口。

俺は目の前がカっと赤く染まった気がした。

こいつはとことんレプリカを悪者にしたいらしい。

命を落とした者の証拠? そんなもの、証言以外にありはしないと知っているくせに!

レプリカは何も残らないと知っているくせに!!

残らないから、証拠がないから、レプリカが悪い?



ふざけんな。勝手にも程がある。



ヤバい。これ以上自分を抑えられない。

口を開けばこの場に相応しくない言葉しかでないように思う。

駄目だ、落ち着け俺。

落ち着けってば。取り乱せば相手の思うつぼなんだから……。



「……それくらいになさいませ」



自分の怒りを抑えることにばかり気を取られていてナタリアが発言したことに咄嗟に反応できなかった。

ナタリアらしくない、硬い声。



「どうやらあなたはレプリカに対してあまり良い印象を持っていないようですわね。

それではこの話し合いにいても不快な思いをされるだけでしょう? 席を外すことを許します」



俺を物のように貴族の見ていた目がナタリアに移る。

張り付いたような安っぽい笑みを浮かべて。



「いえ、ナタリア様。私はレプリカに対してそのようなことは決して。

ただ、問題の在りかをハッキリとですな……」



ナタリアが小さく溜息を零した。あぁ、やっぱりこの貴族の頭の回転は鈍いったらねぇな。

遠回しに退席を促したことをまったく理解していない。仕方なくナタリアは直球でいくことにした。



「私はそのようなことを聞きたいのではありません。あなたはこの席に相応しくないと言っているのです」

「は……」

「この話し合いはレプリカのために何ができるかという主旨のもと開いたものです。

具体的に言えば教育や仕事などですわね。当然私たち被験者の意識改革なども含めてですわ。

あなたのレプリカへの感情はルークへの態度が如実に表していますわね」



そこまで言われてその貴族はサァっと血の気が引いたようだった。

小刻みに震えて自分の失態に気付く。

このような話し合いでレプリカを悪し様に発言したこと、それだけでもかなり問題だが、

このことなら言論の自由という点において見逃すこともできた。

しかし、俺への態度はそうもいかない。



レプリカと言えど俺も王族。それも王に認められた王族だ。

レプリカによい感情を持っていない者はこいつだけではないが、

俺、アッシュ、そしてナタリアの前で露骨に出すのは頂けない。

さらに言うならここに集まった貴族たちはある程度権力もあり、レプリカに対して概ね好意的な者ばかり。

未来は閉ざされたとまではいかないが、かなり苦しい立場になることは必須。

……アッシュもナタリアも聞いていたので言い訳など出来ようはずもない。



酷く取り乱した様子でガタリと音を立ててふらりと覚束ない足取りで出入り口へ。

同情する余地もないけれど、なぜか後ろ姿を目で追ってしまう。



少し休憩に致しましょう、と言うナタリアの声がなんだか遠く聞こえた。

















ソファでうたた寝をしているルークを起こさないように静かに近づく。

よほど疲れたのだろう。

いつもなら叩き起こすところだが、連日のレプリカに関する話し合いで疲れが溜まっていたことを知っているから今日は実行しない。



いつもの服ではなく、きっちりと公爵家の者として恥ずかしくない装いの首元を緩めたままの姿で、

ソファに上半身を倒し足は地面につけたままという若干無理な体勢で寝ている。

この状態がいかにルークが疲れきっているかを表している気がする。





ふと、ルークの髪がいつもより明るく見えることに気付く。

なんだろうと思ったが、ソファの周囲に陽がさしているのだと思い至るまで時間はかからなかった。

ルークを起こさないよう気をつけながら抱き上げベットへゆっくりと歩き、静かに寝かせる。

さすがに起きるかもしれないが、上着だけでも脱がせた方がいいだろうと思い慎重に釦をはずし、

抱くようにして少し上半身を浮かせ服を脱がせまたベットに沈ませた。





「ん……」





やはり窮屈だったのだろう。息が抜けたような小さな声を出し寝顔が穏やかになったような気がする。





このまま、穏やかに眠ればいい。



そんな思いを込めてルークの髪に触れると、それはほんわりと暖かかった。

















おやすみ、いい夢を……





2009、8・1 UP