一定のリズムで近付いてくる軽い音にふ、とそちらを向くと曲がり角から青い小さいものが見えた。



「みゅう〜……ご主人様〜どこですのー? ごーしゅーじーんさーま〜」



案の定、現れたのはミュウでどうやらルークを探しているらしかった。

ミュウもアッシュがいることに気付いてとことこ歩いてくる。



「アッシュさん、アッシュさん。ご主人様がどこか知ってるですの?」

「その辺りにいるんじゃねぇのか? さっき庭で見かけたが……」



ふるふると頭を振って部屋にも庭にも行きそうなところにはいなかったのだと大きな耳をしょんぼりとさせて聖獣は言う。

ルークが見つからないというだけで、物凄いへこみようだ。



「きれいなお花を見つけたですの。ご主人様にも見て欲しいですの」

「……そのうち、ひょっこり出てくるだろ」



そう言ってくるりと踵を返して本来の目的である書庫へと。







……行こうとしたのだが。







「おい……」

「一緒にご主人様をさがして下さいですの!」



目の前でぴょんぴょん跳ねるミュウを見てため息が漏れる。なぜ自分になど頼むのだ。

メイドにでも頼めばいいものを。



「お願いですの! それに、きっとアッシュさんも気に入ってくれるですの〜〜」



ひたすら跳びながらの言葉に「ウゼェ」と思ってしまうが、どうせこのままでは書庫まで着いてくるだろう。

ならば探し出してチーグルを押し付ける。

よし、と呟いて未だ目の前で跳ねまくっているミュウの体を掴んだ。



「みゅっ」





 ……ちょっと強めに掴んでしまったが、まあ、大丈夫だろう。





「探してやるから大人しくしてろ」



幸い(ではないが)心当たりもある。

嬉しがって顔にすり寄ってくるミュウを引き剥がし肩に乗せて早足で(押し付けるべく)歩きだした。















「あれ? アッシュどうしたんだ?」

「……」





無言でミュウを鷲掴んで。投げた。それはもう力いっぱい。





「え!なに、待て、うわ………っ」





思わぬ衝撃に椅子から転げ落ちる様をみてちょっと溜飲が下がる。

断じてミュウアタックではない。全力で投げつけただけだ。

ミュウはルークの腕の中でしがみついてみゅうみゅうと目を回している。



「いってー。んだよ! アッシュ! いきなり!」

「ふん、それくらいで済ませてやったんだ。感謝しろ」

「はぁ?」



床に座りこんだまま訳わかんねぇっ!

と気色ばむルークの腕に抱えられたミュウが、みゅう、と情けなく鳴いた。



「みゅ……アッシュさんは……僕と一緒に……ご主人様を探してくれたですの〜……」



目を回したままミュウがへろへろと事情を説明すると、ルークが「え?」と呟いてミュウとアッシュを交互に見てくる。

ミュウの話を聞き進めるうちにルークの表情が明るくなってきて。



「アッシュ! なんかすげーきれいな花があるらしいぜ!」

「……」



それはそんなにテンションが上がることなのだろうか?



「花なんて毎日飾られてんじゃねぇか」

「あ〜あれもきれいだけどさ。ミュウが見つけてくんのは違うんだよ」

「……何がだ」

「野草っての? あ、いや雑草か? とにかく小さいキレーなの見つけるの得意なんだよ」







雑草。



俺はそんなもののために書庫へ行く邪魔をされたのか。







「あーっ! 待てよアッシュ! マジで綺麗なんだぞ! ミュウが見つけんの!」



立ち去ろうとするアッシュの腕に自らのそれを絡めてぎゅっと抱き締めて離すまいとするルークに目眩を感じると共に、

さらに何か違和感を覚えてふと足元を見ると……ミュウまでもが足にしがみついていた。

なんだ。この状況は。



……勘弁しろ。











引き摺るようにして中庭の塀の下に連れてこられた。

そういえば、あまり意識して塀の下など見たことはない。必要が無かったから。

ミュウがルークの頭の上からぴょんと飛び降りて、ちょこちょこと小さな足で駆けていく。

塀と地面との境目を指して、やたらキラキラしたでっかい目で振り向いた。



「これですの!」

「ん? どこだ?」



「ここ、ここの隙間ですの」



ミュウの隣に座り込んで顔を地面に近づけるルークを見て思う。

やはりこいつは幼い、と。まぁ、今はそれでもいいか、と思うあたり自分はどうにかしてしまっているのだろう。

しかし、あと数年もすれば否が応でも公爵家のものとして国政に関わっていかなければならないのだ。



「ほら、アッシュ! 見てみろよ!」





今だけだ。大目にみてやれるのは。





これだよ、と指差された白い小さな花は雑草といって然るべきものだったが、

いったいどうしてとても清廉ないでたちで可憐だった。

塀と地面の隙間に根を張り、顔を覗かせているという苦境にも負けず、誇らしげに上を向いて。









――少しこいつと似ている、と思ったなんて口が裂けても言えるわけがない。

























清廉花(せいれんか) 3月インテフリーペーパーでした〜。再録!





2009、5・11 UP