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そらで逢えたら 2


尾を引くフォニムの最後の一欠片まで見送ってもなお、アッシュはその場から動かなかった。
日が傾いて、肌寒さに体を震わせてようやく己がかなりの時間立ち竦んでいたことを知ったのだ。

最後に抱きしめた暖かさを、まだつぶさに思い返すことができるがアッシュの体は芯から冷え切り、残念ながら、もう実感としては得られなかった。

後ろ髪を引かれる思いで、のろりと足を動かしその場を離れる。
今になって人を待たせていたことを思い出したのだ。
現実味のない感覚のままタタル渓谷を下り小さな川を超える。
この辺りの魔物は既にアッシュの敵ではなく今のように一見隙だらけのようにして歩いても魔物から襲ってくることはない。
いつもとは比べものにならない程の時間をかけ平地まで辿り着くとふっと仄かに口角を上げ、それとは対象的に眉尻を下げたガイが馬車に凭れさせていた体を離した。

「お帰り、アッシュ。ルークは……行ったんだな。……ここからでも……光が見えたよ」
「あぁ……」

ここに――ルークを送りに来たのはアッシュとガイだけだ。馬車の御者すら連れては来なかった。
他の仲間も見送りたいと言ったが、ルークが頑なに拒んだからだ。





『なぜ……どうして? 私たちは見送る資格すら、ないの……?』
『違う、そうじゃないんだ……』
『では、なぜですの? なぜアッシュだけですの?』
『あたしたちだって……ギリギリまでルークと居たいよ……っ』

俯いていたルークは弾かれたように顔を上げた。

『俺、だって。最後まで皆と居たい! でも嫌なんだ……! 消えていく俺を……見せたくないんだ。ごめん、俺の最後の我儘だから、お願いだから……来ないで、くれ……』

うなだれるルークに誰も声がかけられなかった。
ルークの思いを聞き届けたいのは皆同じだったが、頷くには各々の気持ちが邪魔をする。

『……仕方ない、な。久しぶりのルークの我儘だもんな……』
『ガイ……』

己の思いを押し込めたとわかる声色でガイが言葉を発した。

『……わかりました。ルーク。貴方はアッシュとタタル渓谷へ行きなさい。ですが、今すぐ行く訳ではないのでしょう?』
『もう少しだけ……いられる』
『では、その間に私達の相手をして頂きましょう。皆もそれで納得しなさい。……いいですね』

ジェイドに思わぬ援護もあってルークの願いは聞き届けられた。

そしてそのジェイドとは最も早く別れの時が来たのだ。ピオニーの懐刀であり師団長であるジェイドは長く国を空けられない。
別れ、という点で特別な言葉を交わしはしなかった。
ただ、その目が別れを惜しんでいることは疑いようもない。あの決戦の時と同じように握手をして、違ったのはそのまま頭を撫でられ小さく呟かれたことだ。

『アッシュと仲良くするんですよ。末長く、ね』

驚いてジェイドの顔を凝視していると淡く微笑まれたのでルークも泣き笑いのような表情で答えた。

『ジェイドってどこまでわかってんの……? ほんと信じらんねぇ』
『私からすれば周囲が気付かないのが不思議ですよ。あぁ、多分ガイも感付いてますよ。聞いてみてはいかがですか?』

わざと違う事柄について触れてくるのがジェイドという男だった。
次々とファブレ邸を去る仲間たちを見送って残ったのはガイだけになった。
ガイにはできるだけ長く滞在できるようにしておいて欲しいと最初から頼んであったのだ。


ある夜遅く、ルークとアッシュは揃ってガイの部屋を訪ねた。

『ガイ、俺、俺……そろそろ行かなくちゃいけねーんだ』
『ルーク……そうか、もう……』

部屋は寒くないのにルークの肩に触れると少し震えていた。ルークは肩に乗せられたガイの右手に手を添え口を開く。

『……ガイ。その、アッシュと一緒に……見送りに来てくれねぇかな……?』
『え……いいのか? ルーク……。お前、嫌だったんじゃ……うわっ!?』

突然ぶつかるようにしてきたルークは、ガイの肩に額を擦り付ける。

『皆にはああ言ったくせに何だよって感じだけど、ほんとは……本当はな、最初から、ガイだけは来て欲しかったんだ。……でも、なかなか言い出せなくて今日になっちまった。それでも、やっぱ、ガイにだって消えるとこは見せられねぇんだけどさ。直前まで来て欲しい』

躊躇いがちにシャツを握るルークの肩に手を置いてガイはぎゅっと口を引き結ぶ。
ガイはルークが生まれてから一番長く側にいた。
ガイにとってルークがそうであるようにルークにとってもやはりガイは特別なのだ。

宥めるようにガイがルークの頭をぽん、と叩く。

『わかったよ。ルーク。……一緒に行こう。……久しぶりだなぁ、お前が俺にこうやって甘えてくるのは。不謹慎だが、嬉しいよ。……ちょっとお前の恋人が怖いけどな?』

からかうようにそう言うとアッシュは少し不機嫌そうに、そしてルークは小さく笑った。

『やっぱ、知ってた?』
『まあ、な。隠そうとしてたから言わなかったけど、俺と旦那は知ってたぜ?』
『みたいだな……この間ジェイドにもそうっぽいこと言われたから。上手く隠してるつもりだったんだけど。いつから? なんで分かったんだよ?』

ルークから身を離してガイはううん、と思い出すように宙を見た。

『俺は直感だったな。あぁくっついたなって思った。レムの塔で瘴気中和した頃だったか……』
『ま、じでか……。ガイ鋭すぎだろ!?』
『まぁ俺はルークの側にずっと居たからなぁ。わかっちまったのさ。旦那は大方……多分こういうので判断したんだろ』

とん、とガイは自分の首筋を人差し指で弾く。
一瞬きょとんとしたルークは一拍置いて意味を理解し音が出るのでは、という程急速に赤面しアッシュを振り返って睨んだ。

『お前のせいじゃねーか! 見えるとこにつけたな……っ!』
『メガネはともかく……ガイにバレたのはお前のせいだろ。それに俺は最初からこいつらに隠す必要性を感じてなかったんだ。とやかく言われる筋合いはねぇな』
『アッシュ…』

どこ吹く風のアッシュと真っ赤なまま途方に暮れたルークの対比が面白い。
こんなに穏やかに、やっと過ごせるようになったのにーールークの体はもう保たないのだ。

目の前が歪む。ルークとアッシュの姿が滲んで見えたが瞬き一つでそれを押し込めた。





(……残酷だ。なんで、この2人にばかり、とりわけ世界は厳しいのだろう)

ガイは茫然自失を体現したらこうなるのだと思わせるアッシュの頭を引き寄せた。
ルークと同じ身長なので、奇しくもあの夜のルークと同様になる。
違うのはアッシュが身を硬くし、腕もだらりと下がったままであるところ位だ。

「泣いちまえよ。アッシュ」
「……離せ。俺は、ルークじゃねぇ」
「ははっ言われるまでもない。……俺は小さかったお前にもこうしたことがあるはずだぜ。昔すぎて忘れたか? ……泣け。泣いて、いいんだ。ここには俺しかいないだろ」



『ほら、ここには誰も来ない。ルーク、もう俺しかいないよ。よく我慢したな』



遠くに埋もれていた記憶がぶわりと、唐突に浮上し否が応でも気持ちが揺れる。

「……『男なのに泣くなんて、イヤだ』」

ふっとガイが笑った気配がする。

「『男だって涙は出る。見られなければ、いいんだよ』……なぁアッシュ。でかくなった今なら、そう思えるだろ?」
「……バレなきゃいい、か。確かにな」

アッシュは機敏とは言い難い動きで数歩離れ、くるりと反対を向いた。

ガイから見えるのは風に揺れる髪だけだ。
だが、見えない表情がどうなっているかなど、探るまでもない。

それはガイと同じ顔をしているはずだった。