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そらで逢えたら 4(pixiv版)


ローレライの気配がなくなった後しばらくその空間を見つめ佇んでいると、アッシュはルークに袖を引かれた。

「ローレライなら、大丈夫。この空間全部に溶け込んで眠ってるだけだ。意識がないから呼びかけても答えられないって言ってたけど」
「そう、か。……ところでここは音譜帯に違いないんだよな?」
「そうだぜ? なんで?」
「前と随分様子が違うだろう」
「あー。これな。ローレライに手伝わせて俺がつくった。光しかないんじゃちょっと落ち着かなくなってまってさ」

確かに常に周囲が光というのは落ち着かないだろう。
厳密に言えば、自分たちはもう人ではないのだが「人」としての意識が消えるわけではないのだから。
ルークに導かれてアッシュはたった1軒の家へ足を踏み入れた。外見だけでなく内装もどこかファブレ邸を彷彿とさせるものだ。

そのまま奥へ進もうとするルークの腕を掴み引き寄せ、顔をよく見る。
髪の長さ以外は記憶通りかわらないな、と内心思った。唯一、物憂げさが影を潜めたくらいか。
そう考えてそれも当然かと思いなおす。期限付きの命、しかも短いリミットだと分かり切っているのに溌剌に過ごせる訳がないのだから。

あまりにじっと見られているために少し落ち着かない様子でアッシュを見つめ返していたルークがふと気付いたようにアッシュの顔を覗き込んだ。
すっと頬に触れて親指で確かめるように撫でる。

「どうかしたか?」
「ん……いや、姿が戻ってるなぁと思って」

いまいち意味が掴めなくてもう一度問おうとしたら「見た方が早い」とアッシュの腕を引き姿見の前へ立たせた。

「そういうことか。あぁ……確かに」

ルークが音譜帯へ昇った頃の、すなわち3年程昔の姿に思える。

「俺は変わらなかったけどなぁ?」
「この体は意識の塊だからな。意識通りの見た目になるんだろうよ。……体はともかく、俺の時間はお前と別れた時から止まってたからな。これで正しいんだろう」
「アッシュ……」

ルークが顔を真っ赤にした。凄く嬉しいことを言われた気がするが、それがとんでもないアッシュからの告白のように感じられて顔が上げられない。
そんなルークに少し笑って長い髪を撫でた。
ふわりと柔らかく、するりとした感触が懐かしい。毛先まで滑らかに指が通る。

指先から暖かなものが移って、腕を伝って体の芯を震わすようだ。
アッシュには久しぶりに感じるルークの全てが愛しかった。肩を撫で、背を撫でて、顔に触れ、額同士をくっ付ける。
ルークも同じように感じているのだろう、少し躊躇いがちにしながらも切なそうに眉を寄せてアッシュの体に触れ、微笑んだ。

「今日俺たちがしなくちゃならねぇことはないな?」
「んー、ない。つーか今日だけじゃなくてしばらくは何もしなくていいようにしとくって言ってたな……。二人で悠々と過ごせって」
「ふぅん。ローレライもなかなか気がきくな。あいつ、俺たちがこういう関係だって知ってたのか?」

ルークはさも面白げに小さく笑う。

「それ……俺も気になって、聞いたことあんだ。そしたら普通の顔で、勿論知っているとも、って。自分の完全同位体たちがそんなんで、気持ちわりぃとかねぇのって言ったらさ、あいつ何て言ったと思う?」
「気持ち悪いっていう感情がいまいちわからない、とかか?」

ルークはそれに首を振って笑いだしそうな、それでいて困ったようなそんな微妙な表情で口を開いた。

「微笑ましいんだって」
「……想像の範疇外だ」
「だろ? 俺も絶句したっつーの。なんか元が1つだから引き合うのは当然で、それでいて別の人間と認めながら、あ、愛する、というのは我にない人間の性で、それが微笑ましく愛おしいとかなんとか。あいつ結構人間好きなんだな。さっきも言ったけど、俺たちのためにしばらく何もしないでいいようにしてったしなぁ」
「ただ単にまだ務めができねぇだろうって踏んだのかもしれねぇぜ?」
「んー違うっぽい。ローレライが言うには……あーなんでもない。お茶飲もうぜ。のど乾いちまった」

誤魔化すことが壊滅的に下手なルークは不自然に話を切りアッシュを促してリビングに入った。
アッシュがルークの誤魔化しに気付いているとはまったく思っていない様子でお茶の用意をし、アッシュの前に出す。
この茶葉は俺が育てたんだ、とか、葉を摘んだときの話など一通りのこと聞いている間に紅茶は飲み干された。
カップをソーサーに静かに戻しおもむろにアッシュは聞いた。

「で、ローレライはなんて言った?」
「……そこ、そんなに気になってたんだ?」
「いや? ただ、なんだろうという疑問だが」

実際アッシュはそこまで執拗に聞き出したいわけではなかった。
単なる興味と言ってしまえばそれまでだが、むしろルークの流そうととした様子の方が気になったというべきか。

「こういうことだよ」
「……は?」
「だからっ、しばらくは……そ、その……」

言いにくそうに、しかも顔をこれ以上なく赤くして。

「ぞ、んぶんに……ふ、ふたりで、ふたりっきりで、何も煩わされることなく過ごせって……そう言った!」

詰まりながら、それでいて早口で言われたそれに、しばらくぽかんとしていたアッシュだったが、笑いがこみ上げ噴出した。

「わ、笑うなー! くっそ、なんで俺がこんな恥ずかしいこと言わなきゃ、いけねーんだよ……! アッシュが言わせたんだぞ!?」
「悪い。お前を笑ったんじゃねぇんだ。そうか、ローレライはそこまで……」

自分たちを気にかけていたのかと思うと笑いとは違うものがこみ上げてくる。

地上では仲間と言えるものたちがいる。わだかまりがまったくないと言えば嘘になるが、かけがえのない大切な関係だ。
だが、圧倒的にアッシュもルークも『ひとり』の時間が長かった。
ローレライの完全同位体としての畏怖の対象であるというのは、周囲と如何ともしがたい溝を作り出した。
自分たちを直接的にではないが人と異なるものとして周囲に認識させたその元凶が、自分たちを大切に思っているとは不思議なことだ。

ルークがふとアッシュの手に触れたので、アッシュは考えることをやめルークを見た。

「アッシュ、アッシュ……俺な、そらで逢えたら、もう、離れないって決めてたんだ……」
「俺もだ。もう二度とあの時みたいに、手放してなんてやらねぇからな……。覚悟しやがれ」

そのアッシュの言葉にルークは泣き笑いの表情で頷いた。
『あの時』とはタタル渓谷での別れのことで、思い出すまでもなく記憶に刻まれている一番近い別れだ。
ルークとアッシュはもう何回も別れを経験した。

1度目の別れはルークが生まれた時。1人が2人になった。
次に、2人になったことで生じた大爆発の影響でアッシュは倒れ、ルークもまた乖離してしまった。
そして3年前、存在の有り様が変わったことで一緒にいることは叶わなくなった。

ようやく今、何者の手も及ばない高みで「共にありたい」というささやかな願いはようやく叶えられた。
わかたれていた2つの焔は、やっと、1つになったのだ。

ルークの目から涙が零れ落ちる。

「ずっと一緒?」
「嫌になったって、行くとこなんかねぇだろ。逃がさねぇよ」
「逃げねーし、アッシュこそこんなとこまで来ちまって、良かったのかよ?」
「いまさら。お前わかってんのか」

ルークが瞬きをして首を傾げた。

「俺たちはローレライの一部になった。小さい意識集合体になったってことだな」
「あぁ、そうだな。それが?」

不思議そうにアッシュを見るルークの手を強く握る。

「意識ある限り未来永劫ともにあるってことだ」

少し驚いたような様子を見せたルークだったが、朗らかな笑い声あげて頷いてアッシュの確固たる意志を受け取った。
どんな約束も誓いも霞むほどの、時間すら超越する存在だからゆるされる関係になった瞬間だった。