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林檎は苺で薔薇は小説・イラストを扱うファンサイトです。

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とけて甘くふわふわに


今日はとても寒い。
だから、温かいものを一緒に飲もうと思ったのだ。

「アッシュー。ちょっと休憩しねぇ?」

ルークがそう言いつつ運んできた小さなカップからは温かそうな湯気が上がっている。
片手に二つ持っているのはここまでの扉を開閉するためだろう。
今日は休暇なのだが、なんとなく二人とも調べものや勉強など休日とは言い難い過ごし方をしている。
特にアッシュにはその傾向が顕著だった。
ルークが部屋から出て行ったことすら気付いていたかどうかという程の集中力を見せていたのだ。
アッシュは漂う香りに気付いて軽く空気を吸った。

「甘い……匂いだな」
「疲れた時はやっぱり甘いものだよな。ってことでこれだ!」

両手にカップを持ち直したルークがアッシュの目の前にトン、と置くとさらに甘い香りがアッシュに届いた。
中身を見るまでもない。チョコレートだ。だが一応覗き込んでみる。

「……見たからに、甘い」
「まぁホットチョコレートだし? 甘くないチョコの飲み物なんて嫌だよ俺」
「もう少しビターチョコでも良かったんじゃないか」
「んだよ〜チョコは甘い方がいいだろ!」

同じ味覚なのだからアッシュだって甘いものが苦手という訳ではない。ただ単に甘すぎるのではないかと思ったのだ。
ルークがそう言いながら椅子に座った途端うわっと声を上げて傾いていって、あっとアッシュが慌てる。そういえば先ほど何とも思わずにルークが座っていた椅子に本を数冊重ねて置いたのだ。すぐに動かすつもりだったというのにすっかり失念していた。
ルークの姿勢は傾いたもののすぐに立ち上がったことで幸い転げ落ちることはなかったのだが、それはルークの手の中にあるカップの無事とは残念ながら結び付かなかった。

「いっ! なんか踏んだ……本か? って、あー! あー……チョコ……」

立ち上がったと同時にルークのカップからチョコレートが跳ね、カップを持っていた手にかかってしまい、親指の付け根から手の甲、人差し指の先までがチョコレートで覆われている。
溜息をつきながらルークはカップの裏を覗き込み、また側面などにも付着していないことを確認してテーブルに乗せ、手を離した。

「うぅ、俺のあったか甘いチョコ……減っちまった……」
「悪い。本を置いた俺が悪かった。それより熱くないのか?」
「あ、だいじょうぶ。ここに来るまで外通ってきたから熱々じゃなかったんだよな。冷めるのが残念だなって思ってたけど、結果的に良かったなぁ」

ひらひらと左手を振る様子からして本当に熱くはないのだろう。湯気が出ているから熱そうに見えるがこれは気温が低いせいだ。
室内でも冷えているのだ。外を通ったなら一気に温度は下がっただろう。
アッシュは落としてくる、と歩きだそうとしたルークの手首を掴んで引き戻した。

「ん、何?」
「戻ってきた頃には冷えちまってるぞ。飲んでからにしたらどうだ」

そう言いながらアッシュはカップを入れ替えた。零れていない方、なみなみとあるホットチョコレートをルークの右手に持たせる。

「いいのか? 本当に飲んじゃうよ?」
「俺はこっちの量で十分だ」
「そう? じゃ、いただきます」

アッシュの横に立ったままルークはホットチョコレートを一口含み嚥下する。
そしてアッシュを見下ろして、おいしい、と笑った。それに微笑み返してふとアッシュは掴んだままだったルークの手首を持ち上げて左手を見る。

チョコレートが垂れてしまっていないかと思ったが、外気温に触れたせいかそうはなっていなかった。
しかし固まってもいない。不思議に思ってなんとなしに引き寄せて舐めてみると微かに暖かかった。ルークの体温で固まるまでにはならないのだ。

「ふぁ!? アッシュ?」

突然ぺろっと舐められたルークは心底びっくりした。今度は自分からカップを放り出しそうになり慌ててテーブルに置く。なんとか無事にカップを置くやいなやアッシュに向き直った。その間も手首はアッシュにとられたままだ。

「なななな、何してんだよ?」
「何って、見ての通りだが。お前の体温で固まっていないな」
「だから、なんで! 舐めてるんだよ!」

口に出してしまったことで途端にドカンと赤くなったルークの顔を見てちょっと愉快な気分になったアッシュは、さらに飛んだチョコを丹念に舐めとっていく。
ひゃぁ、とか、ちょっと、とか声を上げつつルークは手を取り戻そうと腕ごと引いてみたり手首を捻ってみたりしたが、アッシュはがっしり掴んで一向に離す気配はない。

「ぅあ、アッシュ……なんで……」

半ばルークは混乱に陥りながら腕から力を抜いてアッシュを見下ろした。ルークはカップを傾けてことで飛んだチョコレートを手にかけてしまっただけだ。
ただそれだけのはずだというのに、なぜこんなことになっているのか訳が分からなかった。
ぺろ、と手の甲を舐められて、指の間や人差し指の先まで。
混乱と恥ずかしさと、感覚とに翻弄される。ルークの客観的な部分はせめて視線を外せばいいと訴えているというのに、目はアッシュに釘付けになってしまってどうしようもない。

「うぅ……も、アッシュ……やめ、もうチョコ、ない……っ!」

ルークがぶんぶんと首を振り訴える通りとっくにチョコレートはルークの手から消え去っている。
すべてアッシュによって綺麗に取り去られてしまった。
そうだというのに、アッシュはルークの手を解放しない。

ルークはぎゅうっと右手で自分の胸元の服を握りしめただただその感覚に耐えていた。
先ほどまではチョコを舐めているだけだとなんとか思うことができたのに。
もう今は、そのチョコがない。ないのに、アッシュの動きは止まらない。頭がぼうっとしていく。
温かいアッシュの口や舌で柔らかく舐められて、更に力が抜けていってしまうことに対してルークにできることなんて何一つなかった。

「ぁ、あ……っ」

もうダメだった。理由を取り去られてしまって、柔らかい刺激が塗り重ねられて、指先から全身に痺れが伝わる。
頭の中がふわふわとして、身体さえもゆらゆら揺れているような、地面に立っているのかどうかわからなくなってくる。
いよいよもう倒れそうだと思ったら実際にルークの体はアッシュに支えられていた。
いつの間に手首が解放されたのかということより倒れなかったことに安堵したのだが実の所ルークはふらついてはいたが倒れてはおらず、ただ、さっと立ち上がったアッシュに抱きしめられただけだ。しかしそれに気付く余裕なんて今のルークにはまるでなかった。

「ふらふらだな、レプリカ」
「アッシュ……だって、アッシュが……!」
「あぁ、俺のせいだな?」

ルークの顔を覗き込むアッシュの顔はとても楽しそうで、対してルークは顔をこれ以上ない位赤くしてアッシュを見返した。
アッシュの背中の服をぎゅう、と握るがしっかり握っているつもりなのに手は小さく震えてしまうために何回もシャツが逃げていく。服を握るのは諦めてアッシュの胴に腕を巻き付けて額をアッシュの左肩に乗せた。

その様子を楽しそうに目を細めて見ていたアッシュだったが左肩に額を乗せられたことでルークの表情が見えなくなったことを残念に思い口元にある耳に唇で触れて、顔を上げるように促す。
しばし時間をおいてゆっくりあげられた顔に浮かぶ表情に満足して、キスをした。

甘い、とルークはぼんやりする頭の片隅で思う。
でもアッシュはホットチョコレートを飲んでいない。飲んだのはルークだけのはずだ。
じゃあ、どうしてこんなに甘いんだ?

「甘いな」

思っていた同じ言葉がアッシュの口から発せられ、返事をしようとしたがもうそれは叶わなかった。
あとはもう、ただ、ふわふわした甘さとちょっとの苦さ、ただそれだけ。





余ったチョコレートも美味しくアッシュが、ね?

2018.2.14