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鳥籠にさようなら 10


城のすぐ近くまで近づき、今度は入城許可を求める。
これも大して時間は掛からなかった。
通常ならありえないことだろうなとアッシュは思う。
あの殿下がこう取り計らわねば、不可能だ。

しかし、これでは怪しまれるのではないかとの危惧もちら、と頭を過る。


(今は、考えても仕方がない)


恐らく登城者用の客室に通され、室内には2人とジェイドだけになり、ルークは明らかにほっとした顔をした。
いつの間にかジェイドに対する警戒心はなくなったようだ。

「水の都と呼ばれるグランコクマはいかがでしたか?」
「水の都? ……そういえば、いっぱい水があったような」
「おや、見せがいがありませんね。それだと大きな水たまりがあるのと同じですよ」
「緊張してそれどころじゃなかったよ……。ねぇ、アル、また今度見に行きたい」
「機会があればな。ところで、カーティス大佐。これからどうなるのか聞かせて欲しい」

ジェイドは2人に座るよう促して自分は立ったまま口を開いた。

「いくつかしなければならないことがあります。まずは身分ですが、これはピオニー殿下のお考えがあるようです。そもそもお二人のことは公にするつもりはありません。必要最低限の手順のみで終了すると考えて下さい」

アッシュはあくまで自分達を隠すらしいマルクトに訝しさを感じずにはいられなかった。
2人はキムラスカに戻りたくない。マルクトは2人の存在を隠す。
願ったり叶ったりだが、「なぜ」という思いを禁じ得ない。

「こちらもいろいろと事情がありましてね。……その辺りも殿下からお話されるでしょう」

マルクトにとっても、何かがあるのだとアッシュは理解した。

「ところでその譜術ですが、見たことのない術式でしたね。アッシュのオリジナルですか?」
「いや、本に書いてあった。ただ、かけ方しか書いてなかったから自分で戻すことはできない」


ジェイドは、あの時のことを思い出した。


光に包まれた2人は、光が消えた時本来の色彩に戻っていた――。


「あれは……まぁ事故だ。戻したくて戻したんじゃない……」
「おれ、戻せる……と思う」

ぽつりと呟いたルークをアッシュは見た。

「アッシュ、前にリカバーかけたら戻るかもって話したよな?」
「あぁ。でも他人のリカバーは多分効果がない。前も言ったが、かけた者がリカバーを使えば解除されるだろうが……。俺はリカバーは習ってないからな」
「それ、その『かけた者』だけど、アッシュがかけたものならおれのリカバーでも効果あるんじゃないかなーって、思っ……て……」

自信がないことを示すように声はだんだん小さくなっていきそれに反してアッシュの目は見開かれていった。

「リカバー使えるのか?」
「多分。本当に使ってみたことはないけど、練習はしたことある。ナタリアが教えてくれたから」
「そうか。カーティス大佐、解除した方が良ければ試してみる。元の色の方が話が早くなるか?」
「そうですね……できれば」
「ちゃんとできればいいけど。ちょっと待ってて」

ルークの足元に譜陣が広がり髪が揺れた。
胸に手を当て、目を伏せながら唱える。


(うん、たぶんこれで合ってるはず……。あともう少し)


術が完成間近になった時アッシュが少し不思議そうに周囲を見渡していて少しなんだろうと思いつつもそのまま唱え――。

「……リカバー!」

まずアッシュに。髪は赤に、瞳は緑に――。
できた、と思った瞬間体が酷く重くなりルークは膝をついてしまった。

「ルーク!」

アッシュがそばに来てしゃがみこんだ。

「あ、れ……どしたんだろ」
「お前自分の第七音素使っただろ! 何か変だと思ったら……!」
「アッシュ、どうしますか。医者を連れてきますか?」
「いや」

(ああ、だからアッシュはさっき不思議そうだったんだ)

「ちょっと待ってろ」

アッシュは目を固く閉じて意識を集中させ始める。
じっとしているはずのアッシュの髪がふわりと浮き上がっていく。


(譜陣は、ない。これはあの時と同じ種類の)


ジェイドは2人を注意深く見守った。

体の輪郭を包むように金色の光がアッシュを取り巻いた。
目を開け手のひらを上に向ける。


「……こい」


アッシュの回りにあった光が吸い寄せられるように集まりアッシュの手の上で踊る。


それを傍らに座りこんでいるルークに向けてかざした。
ルークはなんだろうと思いながらも怖いものとは感じなかったので動かなかった。
光はルークの体の周囲をくるくる周りながら、染み込むようにして消えた。

「ルーク、体はどうだ?」
「あ……平気。ありがとうアッシュ。……アッシュは大丈夫?」

何もなかったかのようにルークの体は軽くなったのでむしろルークは驚いている様子だ。

「平気だ」

「今なにをしたんですか?」
「周囲にあった第七音素を集めて、ルークに馴染ませただけだ」

特に何でもないように言うが、あれほど濃密度の第七音素を集め操るなど通常のセブンスフォニマーでは不可能に近い。
第七音素の素養がないジェイドの目ですら、はっきりと見えたのだから。

「いいかルーク。周囲の第七音素を使うんだ」
「う、うん。わかった」

そして注意深く詠唱し、ルークも本来の色に戻る。

「カーティス大佐」
「なんですか?」
「俺たちはこのままだと目立ちすぎる。この部屋から出るつもりはないが……」

納得したようにジェイドは頷いた。

「それは、もちろん。基本的にこの部屋でことを進めていきたいと考えていますし、極力人を近づけないつもりです。ピオニー殿下には少々ご足労願いましょう。いや……むしろ、よろこんで来て下さいますよ」
「どうしても出る時はまた術をかければ問題ない」
「しばらく外に出られないんだな……」
「……ルーク」
「大丈夫。慣れてる、から」
「そんなものに慣れなくていい」
「う、うん……」

少し困ったように首を傾げたルークは、いまいち意味をわかっていない様子だった。

「さて、私は所用がありますのでこれで失礼します」
「あ……カーティス、大佐……その」



ルークが迷ったように声をかける。



「カーティス大佐は、おれが……いや?」
「……なぜ、そのようなことを?」


途端ルークの目は落ち着かないと言わんばかりに泳いだ。



「なんとなくだけど。時々なんか、変な顔するから」

ジェイドが目を軽く見開いた直後、バンっと扉が開いた。


「変な顔とはご挨拶だな! 俺の可愛いジェイドには負けるがこいつも中々端正な顔をしていると思うがなぁ、ムカつくことに」
「……殿下。公務はどうなさいました」
「終わらせてきた」
「いつもそれぐらい働いて下さればよろしいものを」
「非常事態限定だ。これで今日お前は俺を見張らなくていいんだぞ? むしろ感謝しろ!」