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鳥籠にさようなら 17


「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。前へ」
「はい」

そう公に呼ばれるのは一体何年ぶりだろうかと、ガイは頭を垂れながらしみじみと思った。
ここはマルクト帝国の中枢グランコクマでしかも玉座の間だと思えば膝から震えが走るが、
己の本名でこの場にいられることを誇らしく思う。

(運命ってやつは、どう転がるかわからないもんだな……)

ガイは復讐の道を選んだ点で一生ガルディオスという貴族には戻れない覚悟をしていたのだ。
本懐を遂げ、名乗りを上げても母国は守ってくれないだろうと。
それがどうだろう。今、後ろにはアッシュとルークが同じように跪いている。

「ホド島が滅びて12年。長きに渡り消息を絶っていた件については問題視する声もあった。しかし俺は貴殿らの身を守るためにその時間が必要であったと判断する」

この場には大勢の貴族や警備の兵がいたが、しんとしてと衣擦れの音すらしなかった。
食い入るように見つめるその周囲の実情は滅多にない滅びた貴族の再興という物珍しさもあるのだろう。

「マルクト皇帝の名においてガイラルディア・ガランにガルディオス家当主として伯爵位を授ける。同時に『ガルディオス家の盾 左の騎士』と称されたナイマッハ家所縁の遺児であるアルとルルに子爵位を授ける。これからはアル・ルキウス・ナイマッハ及びルル・リュシアン・ナイマッハを名乗りガイラルディアと共に尽力するように」

わっと周囲が祝福の声を上げるなか、アッシュは驚きで声もなかった。
貴族位を与えられるとは聞いていたが、まさか子爵位だとは。

しかもミドルネームを皇帝直々に賜ったとなると、これは大変なことだ。
ちらっと隣を見るとそれに気づいたルーク少し嬉しげな様子を見せたが、この特別な意味には気づいていないようだった。



「ルキウスとリュシアン、ですか。陛下らしい命名ですね」
「あぁ。いい名だろう? あいつらに意図が伝わればいいがな」

下がったピオニーに付き従ったジェイドはずしりと重いマントを受け取りつつ苦笑するに留めた。





「名前をもらえるとは思ってなかったなー」

宮殿近くに与えられた仮住まいの屋敷に戻って一息つくなり、ルークは不思議そうに呟く。
ここには門兵こそいるものの、使用人はいないので寛ぐことができるのだ。

「ルーク、名前の意味知ってるか?」
「ううん。ガイは知ってるのか?」
「あぁ。アッシュも知ってるだろ。な?」

こくりと頷いたアッシュは「両方同じ意味を持つ言葉だ」と言った。

「同じ……どういう意味?」
「ルキウスもリュシアンも古代イスパニア語で『輝く光』という意味になる」
「輝く……光。それって」

『ルーク』――聖なる焔の光――と似ている。
ガイも深く頷いてルークに向きなおった。

「名を賜ったということはこれから一生マルクトで生きていってもいいと言っているようなものだ。本当にそうなった時のために『ルーク』の意味を残してくれたんだと思う。かなりお前たちを気にかけてらっしゃるとは思っていたがここまでとはね。俺が来る前からああなのか?」
「うん。おれたちを気に入ったって言ってた。あとは……んと」

ルークが少し言いづらそうに言葉を切って、眉尻を下げたのでアッシュが後を継いだ。

「……ルークに責任を感じてるんだろうな」

あぁ、とガイも納得の声を出した。ガイにはあの日から数日に分けて状況の説明をしたので、今では大半のことを知っているからそれだけで十分だ。

「ファブレとして生きるのか、ナイマッハとして生きるのか。いつかは結論を出さなくてはならないな……。それはどちらかの自分たちを抹消する、っていうことだから……慎重に考えないと……。だが、それは今判断できない。マルクトで子爵位を得たことが正しかったのかも、俺にはわからない……」

隠れて2人で暮らそうと考えて、屋敷からルークを連れ出した。
キムラスカ・ランバルディアに留まることは論外でダアトなど問題外だったから結果マルクトへと落ち着いたのだが、このようなことになるとは予想だにしなかった。

「おれは、アッシュと一緒ならどこでもいいよ」
「わかってる。俺もどちらにしろルークを置いてはいかない」
「まったくお前達は。……羨ましい限りだよ」

ん? と首を傾げる2人の頭を撫でるとアッシュは驚いたのかすっと身を引いたが慣れているルークはそのままだった。

「ところでガイ。ナイマッハってどんな貴族?」
「どんな、か。アッシュとルークもよく知ってるはずだぞ」

不思議そうな様子の2人から手を戻してガイは楽しげに目を細めた。

「ペールが、ナイマッハだ」


ぽかんとする様子を少し面白く思いながらガイは紅茶を口に含み、目をパチパチする2人に首を傾げて見せた。
何か聞きたいことがあれば聞けよ、と。

「ペールって……あの庭師のペールか?」
「ガイのお祖父さん……じゃなかったんだ」
「ペールの本名はペールギュント・サダン・ナイマッハ。フェンデ家と並ぶナイマッハ家の騎士で俺と同じシグムント流を使う。お前たちがヴァンから習ったのはアルバート流だな。騎士の家系の一族で代々ガルディオス家に仕えてくれているんだ」

「ペールが……騎士……」
「信じられないか? ペールは俺から見ても好々爺が板についていたからなぁ。でも俺の剣の師匠はペールだぞ」

驚きのあとにじわじわと違う感情がわいてきた。
本物のナイマッハがいるのであれば、自分たちがナイマッハを名乗ることは危険だ。

「ペールは……このこと……」
「もちろん知ってる」
「へ?」
「今はまだファブレ邸にいるけど、そのうち呼び寄せるつもりだ」
「待て、ガイ。どうやって知らせた?」

途端にアッシュの視線が鋭くなった。所在がキムラスカに知れた可能性に思い至ったのだ。

「睨むなよ、アッシュ。俺はそこまで頭の回転が鈍い訳じゃないぜ。音機関に声を録音したものをペールに送ったんだ。ただのオルゴールに見える特製のヤツでな。手順通りの操作をしないと声は抹消される仕組みで、例え他人の手に渡ったとしてもオルゴールのネジを巻いた瞬間もうそれはただのオルゴールってワケ。今回俺はルークの捜索を命じられて動いていたからもちろん公爵宛ての手紙も一緒に出したけどな。
おっと、わざわざ遠くまで行って出したんだからそんな顔をするなって。で、俺は外に出るたび何か音機関をファブレ邸のペールへ送ってるからまず怪しまれない。ついでにペールが録音に気づいてないはずがない。だから本人も知ってるってことさ。文句は言わせないし、ペールなら大丈夫だから。心配するなって」