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鳥籠にさようなら 20



譜術を使ってみたい――。
ルークは日増しに強くなっていくその思いが消えなくて、アッシュに相談することにした。
アッシュは少し意外そうに瞬いて、理由を聞いた。

「んー? リカバー以外も使ってみたいから、かなぁ? アッシュが使えるなら、おれも使えるはずだよな?」
「う……。まぁ使えるは使えるだろうが……。俺の譜力は、その、あまり高くないから。ルークもそこまで強い術にはならない……はず」

ばつが悪そうに視線をうろうろさせるアッシュにルークは「そうなのか?」と首を傾げる。

「一応、全ての素養はあるんだ。これは結構珍しい。でも第一から第六音素まではあまり効果を期待しない方がいい」
「ふぅん。ぜんぶかぁ。おれもそうだといいなー。劣化してたらどうしよう。第七音素は?」
「第七音素だけは別だ。超振動っていう一種反則技が使えるしな……。ただ、前も言ったが、俺はちゃんとした第七音素の譜術を学んでないからな。実際どうなのか……」
「あんま強くない術でもいいから使ってみたいんだ」

いつになく強い要望に首を傾げつつも反対する理由もないので頷いた。



「ということで、譜術教えてください!」
「ルル……!」

ルークがそう言ってぺこりとお辞儀をしたのは、ピオニーの隣りに控えたジェイドだった。
今日もまた、ピオニーはお忍びで現れたのだ。

「は……?」
「ぶっ! ごほっ」
「へ、陛下! 大丈夫ですか!」

盛大に咳き込んだピオニーだったがひらっと手を振りすぐに息を整え、次いで――爆笑。

「くくっあはは! だそうだぞジェイド。あっはは! あー、く、苦しい! 傑作だ……! ぶふ…っ、あっはっはっは!」

笑いの発作が止まらず涙を浮かべ机に懐かんばかりに体を折ったピオニーに対してのジェイドの笑顔は零度だった。

「笑いすぎです。えぇ、いっそそのまま笑いながら失神するといいですよ」
「こんな面白い時に気を失ってたまるか! ルル・リュシアン! お前最高だな!」
「えぇええ?」

まったく意図しないまま笑わせてしまったようで、ルークの頭の中は「?」で満たされていく。
自分はまた何かおかしなことを言ったのだろうかと不安になってアッシュの顔を伺ってみたがアッシュもまた同じようにぽかんとした顔でピオニーを見ていたので、おかしなことを言ったわけではないのだと知れて少しだけほっとする。

しばらく体を震わせていたピオニーだったが大きく息を吸って、ふーと長く息を吐きどうにか衝動をやり過ごそうとしていた。

「えーごほん……。いや、待て、そんな顔をするな。ルル・リュシアン。アル・ルキウスも」
「気になるでしょう」
「それもそうか」

ジェイドの言葉にあっさり頷いたピオニーは、よし、と膝を1つ打って言った。

「よりによってジェイドを教師にしようとは中々怖いもの知らずだ、ルル・リュシアン。いやいや、ダメという訳じゃないぞ。そんなことを言った者は未だかつてお目にかかったことがないものでな。ふむ、しかし考えてみればジェイドは譜術使いとして有能だからなぁ……。目の付け所は間違ってないぞ!」

どうやら「ジェイド」を「教師」にしようとした部分が笑いのつぼを刺激したらしい。
そこがすっきりしたら、次は先ほどは特に気にせず流した部分が気になった。

「どうして、ミドルネームまでわざわざ? 長くないですか……」
「うん、長いな! 本当は本名を呼びたいんだがせっかくつけた名前なんだ。呼ばないともったいないだろう? それに呼ばれ慣れておかないといずれ困るだろうしな」
「困る……?」
「まぁ、そこはいい。気にするな。で? なんで唐突にそんなことを言い出した?」

そこはアッシュも気になっていたことだった。ルークの言うリカバー以外も使ってみたいという理由だけではないような気がしていたのだ。
ルークはどちらかというと体を動かすことを好むように思えるからだ。剣術の基礎修練を進んで行う所にもそれは見て取れた。
学ぶこと、新しいこと自体は嫌いではないこともわかっている。むしろ知らないことには目を輝かせる。
ファブレ邸では知りえなかったこと、遠ざけられていたもの全てが新鮮に映るようだった。

ただし、勉学についてはわからない。
そもそもルークにはその機会が与えられなかった。
ルークによると一通り話せるようになった12歳くらいの頃、突然年相応の教育が始まったのだという。
当然それらをこなせるわけもなくルークは困り果て泣いた。まだ読み書きを学ばねばならなかった。
それを見て父は匙を投げてしまったのだ。

それ以来、本格的な教育は放棄され、保護という名の軟禁状態に置かれていた。
屋敷の中は自由に動けるし、許されたものと会うことはできる。
衣食住については何不自由なく存分に自由を与え、健康状態も良好に保つよう気が配られる。

だが、手間がかかる教育はしない。

アッシュはルークに会いに屋敷に訪れるたびに知るそれらのことで、絶望が深くなる心持がした。
どうせ17歳で終わるのだから、という声が聞こえるようだと。

ただ、こうしてアッシュが感じたことをルークに伝えたことはない。
泣きじゃくるルークに、気にしなくていい、まだ2歳のお前に勉強はまだ早いのに、周りは気づいていないだけだと慰めた。
読み書きの最低限だけは教えられたようだったので、ルークには日記を書くという習慣がある。
これが続いているのだから、机に向き合うことや続けることに対して拒否感はないはずだ。

「おれ、知りたいんだ」

質問をしたピオニーではなく、アッシュに向かっていう。

「知らないことばっかりで、いろいろできないことが多いんだ。譜術もそれ以外も」
「それは」
「うん。わかってる」

ルークはこくりと頷いて嬉しそうに笑った。
アッシュがわかってくれていると思うだけでほわりと暖かい何かが胸を満たすようだ。
ピオニーは特に口を挟むことはしなかったが、ちょっと苦しそうにルークを見るアッシュの様子が気になった。

「ジェイド、隣の部屋でルル・リュシアンにどういう譜術が学びたいかを聞いてやれ。あぁ、それ以外っていうのが何かっていうのもな。アル・ルキウスはここに残れ」

ジェイドは了承の返事だけを返して、ルークを促した。
不思議そうに少しルークは首を傾げたが、言われるままジェイドについていく。
扉が閉まり、しばらくしてピオニーは声を掛けた。

「アル・ルキウス。いや、アッシュ。何を気にしている?」

アッシュは戸惑ったようにピオニーを見た。自分の思いをどこまで言っていいかわからなかったからだったが、迷った末、ファブレ邸での過去のことからルークにとって辛い記憶が刺激されるのではないかという懸念がある、ということと、本格的に勉強しはじめる適切な時期なのかどうかがわからないと零した。

「あー、ルークは3歳だものなぁ。普通は遊んで暮らす時か……。うーん」

ピオニーもそこについて考えたが、今まで見たルークの様子を思い返す。

「3歳には違いない。だが、ルークの行動と理解力は本当の3歳児と同程度とは思えない」
「はい」
「だが、アッシュの言いたいこともわかる。うん。よし! 俺に任せろ。ルークの希望を叶えながら無理のないプランを考えてやる!」

えっ? とアッシュは目を見開いたが、ルークの希望が叶うならいいかと思い直して頷いた。