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鳥籠にさようなら 23


意識を失った様子を見て慌ててルークは様子をみようとしゃがみこんだ。
その動作の中で自然と地面に手をつけたのだが、驚いて手を離す。熱いのだ。地面の岩が焼けるように熱い。

倒れこんだまま2人は動かないものの、呼吸はある。だが、それは浅い上に不規則だ。
そっと体に触れると明らかに熱を持っていた。

「アッシュ……!」
「あぁ。連れていく」

狼狽えたルークにアッシュは頷きを返し、片方の少年を丁寧に抱き上げルークの背に乗せた。
重力に従い落ちそうになる少年の体をなんとか背負い、アッシュを待つ。
アッシュはうつ伏せの少年を右手で少しだけ持ち上げ器用にも少年の下に潜り込みそのまま立ち上がった。
逸る心を抑えながら慎重に道を戻る。

周囲を伺いながら歩く時間は恐ろしく長く感じ、火山内の酷い暑さで体力が奪われていく。
先を歩くアッシュがふいに止まり、くるぞ! と小さく警告を発した。
はっとして足を止め視線を走らせると、少し先の岩陰から魔物があらわれ徐々に近付いてくるところだった。

両手が使えない。どうする? 走って逃げる? 無理だ、追い付かれてしまう、とルークが思考を巡らせている間にアッシュはルークの側まで後退し背負っていた少年を降ろした。

「こいつも頼む」
「あ、ぁ」

そのままアッシュは踵を返すと同時に抜刀し、魔物の方へ駆け出した。
ルークは自分が背負っていた少年を降ろし2人を後ろに守るように立って構える。

ここを一刻も早く立ち去るためにはアッシュと一緒に戦うべきだが、それでは背後の2人が違う魔物に襲われるかもしれない。
どちらかはここにいなくては。
煩く鼓動を刻む心臓に落ち着けと言い聞かせながらアッシュの動きを目で追った。

現れた魔物は手強くじりじりとしかダメージを与えられなかった。
だが、アッシュは落ち着いて動く。
頑丈な装甲だが完璧などありえない。観察し、推測する。

(焦るな……分析しろ)

強い魔物であるのは確かだ。だが負ける訳にはいかない。
自分が退けばルークとあの2人に危険が及ぶ。ここで仕留めるしかなかった。
少し距離をとって隙を探そうとバックステップした瞬間ふわ、と第七音素が降り注いだ。
ルークのファーストエイドだ。

深刻なダメージは負っていなくても少しずつ体力が奪われていたので体が軽くなる。

(ん?)

ほんの一瞬だったが、魔物が怯んだように見え、一体何に、と思いながらも距離が空いたので術の詠唱に入る。
すると突然魔物の動きがおかしくなった。
明らかに落ち着きを失い襲いかかりたいのか下がりたいのか、妙な行動を取る。

(そうか、あいつは!)

閃いたと同時に術が完成しアイシクルレインを放つと、地に根を張っているのかと思う程だった魔物の体が大きく吹っ飛んだ。
あれだけ堅固な守りは譜術に対しては脆弱なのだと確信する。そこから決着がつくまで時間は必要なかった。

「アッシュ! 大丈夫か!」
「問題ない。行くぞ」

ルークは頷いたが、どこに行けば、と目が言っていた。
当初の目的地には行けない。そこではこの状態の2人を休ませられないし、匿うことも難しい。

「あそこだ」

アッシュは明確な意思を持ち迷うことなく走り出した。





ふと、目が覚めた。
眠りの深い自分がこんな真夜中に目覚めるなんて、どうしたことだろうともう一度目を閉じたが、直後体に緊張が走る。

音が聞こえたのだ。
発生源を確かめるため、ベッドから降りる。耳を澄まさないと聞き逃すような何かを叩く音。
家の扉からのように思えた。

手燭に火を入れ、扉に近づく。
盗賊の類いが収穫物を奪いに来たのかと身を硬くするが、微かに聞こえた声でそんな懸念は飛んだ。

「ローズさん……聞こえる? 俺、ルル」

ローズが慌てて解錠し扉を開けると、まだ真っ暗な中、ルルとアルがそれぞれ誰かを背負い立って居た。

「ルル、それにアル!? こんな時間にどうしたんだい……。それにこんなに濡れて」

深夜だということもあり声を抑えるが、あまりの驚きでそれは酷く難しいことだった。
森を通ってきたのか、2人のマントは夜露に濡れて重そうだ。深く被ったフードの先から、今にも雫が落ちそうになっている。
とりあえず中にと示すローズにルークは、ここじゃダメなんだと大きく首を振りその拍子にフードが後ろへ落ちかける。

「あの、麓の家じゃないと。この2人を死なせたくないんだ。ローズさん、2人を助けて……!」

完全にフードは落ち、良く知る顔で、異なる色合いのルークが泣きそうな表情で訴えてきたので絶句したがローズはしっかり頷いて手当道具と外套を掴み家を飛び出した。





チーグルの森の麓にある家で応急処置は施されたものの少年2人の容体は思わしくなく、枕元でローズの指示通り動く2人は心配そうだ。
特にルークは思い詰めたような顔をして、たまに我慢できないような表情で隣に呼びかけ、その度にアッシュは大丈夫だと声をかけてやっていた。

「ルル、もっと煖炉に薪をくべておくれ。中のは使い切ったから、裏手の物を持ってくるんだよ」

アッシュは飽くことなく手布を氷水に浸しては少年の赤く熱を持った腕に乗せる。そこは火に触れたのか、熱っせられた岩に触れたのかはわからないが、赤く腫れている。
すぐ温くなるそれを交換しながら口を開いた。

「何も聞かないんだな」

アッシュは落ちないように丁寧に布を乗せてから、ローズを見る。
ローズは見慣れない色の目と視線を交えても、不思議な感覚はもちろんあるけれども違和感は覚えなかった。
それはよく知っている子のことだからなのだろうと思う。

「まぁねえ。気にならないっていう訳じゃないけど、今はそれどころじゃないでしょう?」

そう言って快活に笑う様子にアッシュは少し虚をつかれたように瞬いてから少しだけ笑い、戻ってきたルークの両手いっぱいの薪を崩さないよう慎重に手に取り煖炉にくべていったのだった。