本文へスキップ

林檎は苺で薔薇は小説・イラストを扱うファンサイトです。

お問い合わせはCONTACTよりお願いします。

鳥籠にさようならprivacy policy

鳥籠にさようなら 28


のんびりしたいと、どちらかが言い出した訳でもないのに自然と今日はそんな日になっていた。
レプリカイオン達のことは成り行きながらもローズが力になってくれているため気持ちが軽い。自分達も含め世話になりっぱなしだ。

「よく日記を続けられるな」

アッシュが椅子に座ったルークの後ろに立ちそう声をかけた。
内容は見ない。ルークが自分から見せない限りアッシュはずっとそうだ。
ルークが首を後ろにぐっと反らせてアッシュを見上げると逆さの目が微笑っていた。

「書くのが当たり前になってるからさ。書くと落ち着くんだ」

ルークは顔を元通りの位置に戻して、手に持っていたペンを放して日記張を閉めた。
椅子から立ち上がり振り返るとアッシュがふと机に見て手を伸ばしたので、不思議に思ったルークはそれを目で追う。
インクの蓋があいたままなのだと気付いた時には既にアッシュが元通りに蓋をしていた。

「ありがと。たまに忘れちまうんだよな」

まぁ、わかる、とだけアッシュは言ったが、前に日記張にひっくり返した時のことを思い出しているのだろうなと思った。

「なぁなぁ、アッシュ。ぎゅーってしてくれよ」
「なんだ、突然?」

手を広げてそう言われ少し驚いて隣を見たアッシュだったが別に断る理由もない。笑顔のルークを要望通り腕の中に納めた。
途端に嬉しげな声を上げたルークはイオンやシンクと話していた時よりもやや幼い仕草をする。
これはルーク自身意識している訳ではなく、アッシュが繰り返し自分の前で背伸びしなくて良いと言い聞かせた結果だった。

マルクトの貴族の一員となり、ルークはまた年相応に振舞おうと頑張ることになった。ガイを始めルークの実年齢を承知している者はそれとなく目を配っているが、四六時中行動を共にすることなどできない。
ルークもそれを分かっているからより努力をする。
その様子を見るとアッシュはこの道を選んだことは間違いだったのではという心許ない気持ちを覚え、その度にその考えを否定してきた。
今のところ後悔はしていない。なら、いいのではないか、と。

(あたたかいな)

アッシュにくっ付くルークは上機嫌だ。
ふわふわと髪が頬に当たる。

「んーアッシュだぁ」
「そうだな」

ひとしきりくっ付いて満足したらしいルークは少しだけ体を離して心からの思いをのせて微笑み、それをまともに見たアッシュはほんの少しだけ目を逸らした。

「どうかした?」
「いや、なにも」

そう言って目線と合わせたアッシュは元通りに見えたので目を瞬かせながらもルークはそれ以上気にせず再び体を摺り寄せる。
肩にわざとぐりぐりと額を押し付けるルークに、こら、と言いながら笑い合う。
だから、ルークは気付かなかった。
優しく後頭部を撫でるアッシュが何かを堪えるような表情をしていることに。

「あしたは、久しぶりにグランコクマ……うろうろしたいな。アッシュも一緒に行こう?」

緩やかな口調とより暖かさを増したことでルークの眠気を感じとる。

「昼以降ならな。お前、そろそろ眠いだろ」
「眠くねぇもん……」

眠気に対して無駄な抵抗をしていたがどんどんアッシュにかかる重みが増していく。

「んー……やっぱり眠いかも……なんで……」

小さく溜息をついたアッシュは、ほとんど引き摺るようにしてルークをベッドまで連れて行った。
いつもここまで突然眠りに落ちかけることなどない。
身体的な疲れもあるだろうが、気を張り詰めていた分緩んだ今表に出たのだろう。

「おやすみ、ルーク」
「………ゃすみー」

ほとんど寝息だったがルークは言葉を返しそして完全に寝入った。

さら、と前髪を撫でて手を引く。

(明日はルークと街か。あっちへふらふら、こっちにふらふらに付き合うのは中々体力勝負なんだよな。まぁそれでたまにアルバート流奥義書なんかを見つけちまうから強くも言えない……)

アルバート流奥義書を持ち帰ったことはペールにとって驚天動地のできごとだったらしくあやうく花壇にひっくり返るところだった。
そんな滅多に出会えない代物がないかと、楽しげに見て回るルークの姿を横で眺めているだけで満足だ。
今のところは。


グランコクマの澄み渡る空を眺めながら2人は街を歩いていた。
グミやボトル類を買いたし、武器屋と防具屋を冷やかす。もちろんそれらの品物は商人が屋敷まで持参してくるため普段から目にしているが持ち込まれる武器などは装飾性の強いものが多い。実用性の観点から言えば街の武器屋の方が勝る。

雑多な物が並ぶ店の軒先で響律符を見ていたルークはふと思い出したように顔をあげた。

「なぁ、おじさん」
「それにするかい?」
「あ、いやちょっと聞きたいんだけどさ。響律符にはめ込まれてるこれって譜石だよな?」

ルークが示した透明感のある石を確認して店主は頷いた。

「そうだ。んーでも、元譜石って言った方がいいかもなぁ」

どういうことかわからずルークは首を傾げ店主はその素直な反応を受けて人好きのする笑顔を浮かべる。

「譜石を響律符にするには加工がいるんだ。譜を刻む、というのだがね」

その言葉を口の中でルークは繰り返し手の中の響律符をじっと眺める。譜石がはめ込まれた金属の細工のことだろうかと思ったがどうも細工以上には見えない。

「譜石に譜を刻むんだ。譜によって発現する効果が変わるって訳だな」
「でも譜石は譜石だろ?」
「んーまぁな。でも譜を刻んじまうと元々詠まれていた預言はどんな優秀な預言者でも読み取れないからなぁ」

そう言って店主は手のひらを上に向けて肩を竦める。
受け取り方は人それぞれだからあとの解釈は任せるといったところか、とアッシュは理解した。
熱心に響律符を見ていたルークだったがふと首を傾げ一回頷いてから店主を見て問う。

「おれ、譜石もってるんだけど、それって響律符にできる?」

以外な言葉だったらしく店主目を瞬かせ、もっているのか? と呟いた。
そこでアッシュはごく自然になるよう気を付けながら会話に加わる。

「生まれた時に詠まれたものがある。一生の記念になるよう、譜石にしてもらった物だ」

それを聞いて得心したのか、店主は何度も頷いた。

「そりゃあ、親御さん奮発したなぁ〜。詠むだけならそうでもないが譜石にするとなるとまとまったものがいるからな。でも坊主たち、さっき言ったとおり譜を刻むと預言はもう詠めなくなるんだぜ?」
「俺も弟も覚えているから問題ない」

アッシュはようやくルークの考えがわかった。隣でこくこくと首を縦に振っているルークは目を輝かせている。
要するにあの半分に割られたイオンの赤い譜石を響律符にしたいということだ。

少し待っていろ、と店主は大して奥行のない店舗の中を動き棚から革張りの値段表を持ってくる。表面をさっと払い埃を落としている所を見る限りそうしょっちゅう使うものではないようだ。
既製品から特注品までそれぞれの工程金額がびっしりと書かれている。

「既製品は値段が決まっている。時勢や物流によって変わるから固定じゃないけどな」
「上の段と下の段で値段がまるで違うのはなんで?」

確かに既製品が記載された上下段で桁が1つ違う。店主は目敏いなぁ坊主、と言ったがそれは当然の疑問だとわかっている様子だった。

「響律符には2種類あって、上段は単なるアクセサリーだ。特に何の効果もないが願掛け用として人気だったりするなぁ。地方色が出るからお土産にするというのも多い。ちなみに今そっちの坊主が手に持っているそれはメジストレ。戦闘に役立つ譜を刻んだ響律符だ。効果は攻撃と防御に特化している。戦闘用響律符はあんまり市場に出回らないんだぜ? 大体が遺跡で発掘されるからな。まぁ、そんな話は置いておいてだ。特定の譜を刻みたい場合で、全部こっちで素材を準備するってなると、この……」

流れるように事細かに説明してくれるのはいいがルークには中々ついていけない。
必死で聞いてわからないところを質問しながらだったのでかなりの時間を要した。

「えーと、おれは自分の譜石に、譜を刻んだものを、ここにもってきて、それをちゃんと響律符として機能させるための台座に嵌める細工してもらう……それにかかるお金はこれくらい……で合ってる……のか……?」

合っている、という言葉がアッシュだけでなく店主からも返ってきてルークは顔を赤くした。

「うちでも譜は刻めるが、どうする?」
「んー、あてがあるからいいや」

アッシュにはあてが何かまではわからないが、ここに持ち込んで譜を刻むことは論外なので頷き、ルークの手にある響律符を示し、今日はこれを貰っていくと告げた。

「時間を取らせてしまったし、弟も凄く気に入ったみたいだから。いくらだ?」
「本気のお客さんには、時間取ったなんて思わないよ。それはこれくらいだな」

そうして示された額を聞き、頷いた。実のところアッシュは先ほどの値段表でこの響律符の金額を見ていたのだが今聞いた額は3分の2ほどだ。差し引かれた分は次への投資か。
わざわざ聞いたのはこの店主が自分達をどう捉えたのかを知るためだ。

「アル? それ買ってよかったのか? 欲しいなって思ったのは確かだけど、加工するお金だってかかるのに」

支払って店を後にするとルークは慌てたように声をかけた。決して安い買い物ではないためルークは狼狽えたがアッシュは今購入したものをルークの手に乗せてやった。

「話をスムーズに運べるならこれくらいの出費は取り返せる。これだって役に立つだろうし。で、ルル。あてはどこにあるんだ?」

手に乗せられた響律符を撫でたルークはそれを大事そうに握りながら、どこっていうか、と続ける。

「ジェイドにしてもらおうって思ってる!」
「ジ、ジェイド? またお前は」

なんてことを思いつくんだ、と言おうとした言葉を飲み込み、いつもは歩かない道へ入る。
何も言わずに方向転換されたことに驚きを覚えつつアッシュの服の裾を引く。

「どこ行……」
「しっ! 喋るな。俺がいいと言うまでそのまま付いてこい」

アッシュの表情は先程までとは比べ物にならないほど険しくなり、その様を受けて息を飲んだ。なにが、と振り向きたい衝動にかられるがそうしてはいけないのだと分かっている。
確認できないまま歩を進める時間は長く感じそして恐ろしかった。

裏道を通り小道を辿ってようやく屋敷に入る。
自室の扉を閉めようやくアッシュはルークを真っ直ぐに見た。それだけであまり良くないことがあるのだと知れる。

「もう、聞いていい?」
「……ヴァンだ」

血の気がざっと引いたような感覚がし思わず自分の両手を胸の前にぎゅう、と引き寄せる。
まるで地面がぐにゃりと歪んだような気がして、さらに自分の周囲が不規則に回っているような感覚がした。






2017.4.30