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鳥籠にさようなら 29


紙のように白くなってしまったルークの頬を撫でそのまま後頭部に手を差し込み引くと、なんの抵抗もなくことんとアッシュの肩に重みがかかる。
小さく震える背がいかに恐怖を感じ怯えているのかを如実に物語っていた。

「や……やだ……アッシュと離れたくないっ」
「落ち着くんだ。まだ、なんでグランコクマにきたのかわからないんだから。『ルーク』を探していたなら、街中でそれとなく視線を流しているはずだ。ちらっとしか見ていないが、さっきの様子はそうじゃなかった……」

がたがたと震えが大きくなるルークを抱きしめながらアッシュはほんの少しだけ見た姿を思い出す。

じっと見ると感付かれてしまうためすぐ視線を逸らした。できるだけ不自然にならないよう進路を変更したが、気付かれていないだろうか。いや、人が行き交っておりしかも店が並ぶ通りで方向転換など誰もがしていることだ。いくらなんでも考えすぎだと思いたい。

神託の騎士の服で歩いていた、ということはローレライ教団からの任務だ。

(そうであれば宮殿に話しが通っているはず。それがこちらに知らされていない……いったい、どういう)

思考が空転する中、ノックが響きルークだけでなくアッシュも驚きに体を揺らせてしまったが、ひとつ息を吐いて平静を取り戻し誰何すると、のんびりとしたペールの声が聞こえ入って良いかと尋ねてきた。

「お祖父様お1人ですか? メイドや使用人がいるのであれば今は障りがあるので遠慮したいのですが」
「わし1人じゃ。入るぞ。……おぉおぉ、その様子じゃ知っているようじゃの」

扉を閉めるとペールはゆっくりと近づきルークの肩を撫でた。抑えた声で柔らかく声を掛ける。

「ルーク様、そんなにお泣きなさるな」
「だって…だって、ぺーるぅ……」

困ったように眉尻を下げるペールはどこから知ったのか問い、街中で見かけたのだと答える。
途端、ペールは探るようにアッシュを見た。気付かれた可能性を気にしているのだとすぐに理解したアッシュはそれを否定する。

「それはようございました。まだ大丈夫ですぞ。ほれ、ルーク様。そのままではアッシュ様が動けませんぞ? お座りになってはいかがか」

ぐすぐす泣きながらもルークは頷いてソファに腰を落ち着かせた。

「う、ごべん、アッシュ。怖いのはおれ、だげじゃばいのに」

しゃくりあげながらの謝罪は言葉になっていないが、気持ちは痛いほど伝わる。気にするなと言いながらタオルを渡した。
ペールによると、つい先ほどガイから知らせがあったのだという。
その内容は、ヴァンが今日突然ガルディオス家を訪ねることになったから迎える準備をするようにと宮殿から知らせがあったというもので、ペールも来いというにわかには信じ難い連絡だった。
このことをペールは慌てて――表面上はいつも通りを心掛けつつ――2人に知らせにきたら、ルークはこの状態であったから驚いたようだ。

「いきなりすぎないか」
「その通りです。ヴァンデスデルカには思惑があるはず。しかし目的が『ルーク』様方であるとは思い難い。ガイラルディア様は何かと理由をつけてのらりくらりと訪いを固辞してきましたから……もうこれは強行突破ですな。ちなみに今日の訪問の名目はガルディオス家復興を言祝ぐこと。なんと導師イオン直々のお言葉を伝える名代らしいですぞ」

あぁ、とアッシュは呻いた。額に手を添え俯く。
それではもう、あいつはいないのだ。
あの見掛けと中身がまるで伴わない導師は逝ってしまったのだ。これをどうあの2人に伝えれば良いのだ。

「くそ、ヴァン。すり替えはお手の物か。だが早々にその権力を使うだと? ヴァンだけでそれはできない。大詠師を引き込んだのか……?」

酷く複雑な顔をしながら考えたが、考えた所で時間の無駄だ。一度頭を振って思考を切り替える。
今は、今日これからのことを考えなくてはならない。

「ガイとペールは会うしかないな。問題は俺たちか」
「そうですなぁ。ヴァンデスデルカは本来の名と身分を伏せているとはいえ、同じ主君に仕える家の者同士。その関係から言えば何を置いても会わなければ不自然です」

どうするか。選択肢は2つに1つ。
行方を眩ませて2年。身長も伸びたし、声も変わった。髪と目の色も変えている。
もうこれは賭けとしか言えない。

「アッシュ様、ルーク様。行くしかありません」

ペールの毅然とした声にアッシュは頷く。
ルークは昂ってしまった気持ちを、涙と共にタオルに吸い込ませていたが到底落ち着いてなどいない。
それでも、行かなければいけないとわかっている。
ぐっと歯を食いしばって頷いた。





ガルディオス邸の通常客を通す部屋ではなく、特別に設けられた部屋にペールとアッシュ、そしてルークはいた。
3人は入って右手の壁際に佇んでいる。
正装に身を包み、普段は特に結わない髪を高めに位置でひとめとめにしているが、前髪はいつも通り下ろしてある。

反対の壁際にはグランコクマに常駐しているローレライ教団の神官がいる。祝福の見届け人らしい。
言祝ぎを受けるガイは3人と同じく正装を着込み、扉を見据え部屋の中央に立っている。

ヴァンと顔を合わせる、ということに対しそれぞれの思いは微妙に異なるのだが共通している思いもある。
それは何が狙いでことを進め、そして行き着く先は何なのかまるでわからないという未知のものと相対するような薄ら寒さだ。
一番恐怖を覚えているのは間違いなくルークだ。とりあえずこの場を乗り切るしかない。そのための策はペールに授けられているが身体全てが鼓動を刻み息苦しいほどだ。

わざと開け放してある扉から微かに足音が聞こえる。
敷物の上を歩くこもった音――ついに来た。

ヴァンが姿を見せると同時にナイマッハの3人は跪き各々の剣を鞘に入れたまま地面に垂直に立て、柄を逆さに両手で握る。
剣に誓いを立てるよう意識しながら頭を垂れていると、長い前髪越しにヴァンの足先が見えさらに鼓動が早くなる。

「ガルディオス伯爵、お初にお目にかかります。私はローレライ教団詠師ヴァン・グランツ。ローレライ教団からの祝福、および導師イオンのお言葉を預かってございます」

すっと後ろに付き従っている従者が進み出、赤いビロード作りの盆に乗せられたものが掲げられる。そこには譜石が乗っていた。
祝福の品が譜石とは相当に変わっている。

「導師イオンのお言葉を伝えましょう。『ホド島の滅びは預言に詠まれていたもの。オールドラントの繁栄のために起こるべくして起こった事象。当事者たる貴殿らにとっては納得し難いことでしょう。しかし、ホド島そして民全てが死に絶える預言ではなかったからこそ今ガルディオス伯爵家があるのです。共に繁栄の道へ歩むべくユリアの加護とローレライの祝福があらんことを』

言葉をゆっくりと、そして深みのある声とともに、口に乗せるヴァンは慈悲に溢れていように見える。
ぎり、とアッシュは唇を噛んだ。これ以上聞きたくない。嫌が応にも刺激される。
ファブレに居た頃、ローレライ教団に居た頃、囁かれた耳あたりの良い言葉と、靄が掛かる思考。
噛みすぎた唇から血が滲み鉄の味が広がった。
ルークはぎゅっと目を強く閉じる。できれば聴覚を閉じたいがそれは不可能だ。
アッシュと引き離される恐怖と別の恐怖が胸を渦巻く。
それは、ヴァンの声を聴くとファブレ邸での偽りの優しさを思い出してしまい、微かな思慕さえ感じたからだ。
怖い、怖い。ここに居たくない。

「この譜石は他でもない、ホドの運命が詠まれたもの。祝福の証としてガルディオス伯爵に授けられます」

拳より少し小さい譜石がガイの手の中に納まったと同時に控えていた神官が祝福の成立と見届けた旨を宣言した。
ようやく、この茶番が終わる。そう思い口を開きかけたガイだったがヴァンが跪く3人に向き直ったためガイの心臓が飛び跳ねた。

「ガルディオス家の盾、左の騎士……ナイマッハの方々とお見受けする。私、ヴァン・グランツは単なる使者にすぎません。どうぞお立ちください」

どうする、どうすればいい。
ペールにはこの体勢でいれば顔は見えず、かつ怪しまれないため維持するよう言い含められている。そして可能な限り声は出すな、と。
騎士の誓いの形式をとってなおかつ不自然ではなく映るこれが唯一の策なのだ。
しかし話しかけられて、答えない訳には――。

「お気遣い、痛み入ります」

ペールがすっと顔を上げたということが衣擦れの音でわかる。それに従うべきなのかと悩んでいる間に「しかしながら」と続けられたため現状維持に徹することにした。

「我らは主君ガルディオス伯爵に剣を捧げる一族。その主君にありがたくもローレライ教団最高指導者たる導師イオンの祝福のお言葉を授けられる場に同席しているのです。この剣を持って更に尽力していく、その思いで今、改めてガルディオス伯爵に剣の誓いを捧げております。ご不快でなければこのままでお許しを」

アッシュは口上を耳にして冷や汗がどっと出た。
これは丁寧な言葉で彩られているがつまるところ「ローレライ教団ではなく、ガルディオス伯爵に跪いているのだ。使者如きにつべこべ指図されるいわれはない」という痛烈な皮肉だ

それに全てを承知している側からするとペールの、お前はどうなのだ、ヴァンデスデルカ。お前の立ち位置と心はどこにあるのだ、という思いまでが透けて見えるようだ。
それがヴァンに伝わっているかなど知る術はないのだが。
咳払いをした神官がヴァンの従者を連れて退室していく。面倒ごとはごめんなのだろう。ここマルクト帝国ではローレライ教団はキムラスカ・ランバルディア王国ほど立場が強くないのだから。
神官の目がなくなったため、遠慮なくペールはヴァンを見上げた。相変わらずルークとアッシュは下を向いているため何が起こっているのか正確に把握することは難しい。
息苦しいほどの重圧感に耐えかね始めた頃、穏やかな声が割り込んだ。

「グランツ詠師、今日は遠方よりありがたいお言葉を御運びいただきありがとうございました。差支えなければ少しお時間を頂戴したいのですが、お茶でもいかがでしょうか?」

頭を押さえつけるようだった空気が霧散し、今感じていたものがヴァンから発せられていたことを悟る。

「それはありがたいですな。ぜひとも」
「実はすでに用意は整っております。ご案内します。詠師たる地位にいらっしゃる貴方のお口に合うものかどうか保障はできかねますが……」
「御冗談を。それに私は確かにローレライ教団詠師という位を持ってはおりますが普段は信託の騎士団での勤めに従事しております。お気遣いは無用です」

歩きながら交わされる会話を注意深く聞きながら、声が聞こえなくなるまで顔は上げなかった。
やれやれ、腰がおかしくなるわい、とペールが零してアッシュはようやく息を大きく吐き立ち上がり軽く伸びをした。たった十数分のことで体が固まったような気さえする。
自分の手のひらを見ると、ひどく汗ばんでいる。
ルークはというと、剣を横に寝かせてぺたりと座り込んでいた。緊張しすぎて現実感が戻ってこない。
今になって体の震えがきて自分自身を抱くように手をまわした。
ペールは当初の予定通りガイに合流するため部屋を後にしようとしたが、どうやら立てなくなっているらしいルークに気付いて立ち上がらせる。

「さぁ、あとはガイラルディア様とわしに任せて戻るんじゃ。今日は屋敷から出るのでないぞ」

安心するよう2人の手を握り緩く揺らせてから、ウインクして足早に出て行った。
その仕草は完全にガイのそれで、ガイの堂に入ったウインクはペール仕込みだったのか……と妙に2人は納得してしまったのだった。






2017.5.6