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鳥籠にさようなら 32


昨日の接触で2人がルークをアッシュだと気取られた様子もないとわかり、さらに話した内容などを一通り話し終えてからは、取り留めのない話題になり強張った顔をしていたルークも笑顔を見せるようになった。
話しているうちに昨日ヴァンのことがあるまでグランコクマの店を見て回っていた時のことをルークは思い出し、あ、と声を上げる。

「そうだ、おれ、ジェイドにお願いがあったんだ」
「ジェイド? 第三師団は軍事訓練で遠征中だ。グランコクマにはしばらく戻らないぜ? お前たちが帰った次の日くらいに出ていったはずだからな」
「あ……そうなんだ。うん、別に急いでないからいいんだけど。そっかぁ……」

ルークは首を右にぐっと倒して残念と呟き、それを見てアッシュは苦笑した。
ガイは何を残念がっているのかわからず瞬きを繰り返したが別段深刻さもないため、取り立てて追及したりなどはしない。

「なぁ、ペール。おれもう一回エンゲーブ行きたいんだけど、この間帰ってきた所ですぐ出てったら変かな?」

ペールは少しだけ考えて、いいえ、と答えた。

「この前は視察と勉学という名目でダアトの譜石を見たり、マルクト内の各町や村を訪れたりしたことになっておりますのでな。エンゲーブは元々のお二人の家を残してありますし、今までもたまに静養に行かれている分、むしろ怪しまれないのではないですかな」

また近々ヴァンは妹を連れて現れるのだ。その時にアッシュとルークはいない方が何かと都合がいいともペールが言う。
剣術稽古や勉学が後回しになってしまうが、今はそれよりあの2人が気になって何も手につかなさそうだとルークが呟き、それ同意を返したアッシュだったが、表情は暗い。

「あいつらにイオンのことを伝えるのは気が進まねぇが……。言ってやらないとな」

ルークがはっと口を抑えた。体調は大丈夫かという思いばかりだったが、そのことまでは思い至ってなかったのだろう。見る見る顔色が白くなっていく。
ガイたちとの話はそこで切り上げて、素早く用意をすませグランコクマからエンゲープ行きの馬車に乗り込んだ。
特に何事もなく村へ着いたところで、入れ替わりに馬車に乗り込む顔見知りの村人と出会ったのでローズの家に行くつもりだと言うと、今はチーグルの森の麓にある家に行っているという。
短い会話を交わし村人と別れて、その足で麓の家へ向かった。
気が逸り自然と早く歩いていたのだが、今から伝えることを思うと、どうしてもルークの気分は沈み込んでしまい会話はぽつりぽつりと途切れがちだ。それに従い歩みも緩やかになる。
塞いだ気持ちのまま扉を叩き、開くのを待つ間に徐々に視線が下がっていき地面をじっと見ていたが、扉が開いて顔を上げたルークは目に飛び込んできたものに言葉を失った。

「こんにちは。ルーク。アッシュも。本当にすぐ来てくれたんですね」

嬉しそうににこやかに笑う顔は明るく、もう体調に問題はないのだと知れる。
それはいいのだ、いいのだが。
あまりにも、ルークとアッシュの反応がないものだから不思議そうに首を傾げた拍子に肩からさらっと髪が流れ、それを見て瞬きを繰り返したルークは奥から歩いてくるもう1人を視界に入れて、うわぁ、と声をあげてしまった。

「とっとと入りなよ。あと、うわって何なの」
「イ、イオン、シンク……?」
「それはどういうことだ……」
「は? どういうって何が」
「お二人の言う通りにしたつもりなんですけれど」

間違ってましたか? と真っ直ぐ見てくる目は透き通るような青さで、髪は輝かんばかりの金色に変化している。
アッシュは内心、確かに色を変えろとはここを出る前に言ったが、と思いながらもくらくらしてしまって口からは何も出てこない。

「なんか、なんか! すっげぇきらきらしてる!」

代わりにルークが呆然としながら叫び声を上げるという器用なことをして、その声を聞いたローズに笑われながらいい加減入りなさいな、促された。周りに家がないとはいえ出入り口で騒いでいたことに気まずさを覚えつつ中に入りながらも目線は2人に釘付けのままだ。
アッシュに見すぎだとこっそり咎められて慌てて視線を外す。だが、やっぱり気になるから見てしまってルークは困ってしまった。
その様子を見ていたイオンはシンクを見やり、シンクが肩を竦める。

「この色が失敗しているんですね?」
「え、いや。失敗とかそうじゃなくて。なぁ、アッシュ?」

突然振られたアッシュは詰まった。アッシュの教えた髪と目の色を変えるという術は上手く発動している。まったく違う色にできているあたりが流石だった。
アッシュとルークは未だに元の色をなくした色彩には変化させられないのだ。
術としてはこの上なく成功しているし文句の付けどころなどない。だが、今問題なのはそういう話ではないのだ。アッシュは歯切れ悪く術は完璧だと評した。
シンクが不満げに自分の髪を引っ張る。

「でも成功してないんだろ? これ」
「シンク、おれ見てみろよ。元の赤と緑どうしても消せないんだ。色を深くしたりはできるんだけどさ。それだけ違う色にできるってすげぇよ! 大成功だ!」
「じゃ、なんなのさ。アッシュ?」
「元のシンクとイオンとはまったく違うからその点では良い。だが、違う意味でよくねぇ」

意味がわからないと首を傾げ続ける緑の2人に、赤の2人は途方にくれてしまった。

「アル、ルル。私も心配なんだけどねぇ。どうにも言えなくてね。言っておやりよ」

ローズも苦笑している。どうやらローズの懸念も同じらしいとわかって自分の感覚はおかしくなかったと2人は胸を撫でおろした。
アッシュはじっと2人を見て、最初に思ったことを言葉に乗せた。

「……さらわれそうだ」

アッシュはルークに加えイオンとシンク、この3人をさらったに近い自分が言うのもなんなんだ、と内心盛大に騒ぎながら声を絞り出したそれに緑の2人は揃って、は、と声を出しやっぱり不思議そうな顔をしている。
なにやら自分で言ったことにダメージを受けていそうなアッシュを見てルークが後を引き継ぐ。

「確かに違う色に変化させてって言ったのはおれだよ」
「えぇ。ですので、マルクトで多いという金髪と青い目にしてみたのですけれど」

この刷り込み情報は違っていたのかと不安がるイオンには首をぶんぶん横に振って合っていることを伝える。
キムラスカではいないとは言えないもののあまり見かけない特徴だが、マルクトでは本当に一般的と言って差し支えない。現にガイやピオニーはその色彩を纏っている。
だが、特徴としては同じでも発現している色は千差万別だ。ガイは黄色の強い鮮やかな金髪であるのに対し、ピオニーは薄めた白色を金に溶け込ませたような髪である。
では、今アッシュとルークの目の前にいる2人はというとだ。
ほぼ白に近い光輝く髪をしている。そして薄く透明な青い目を併せ持っているとなるとその容貌も相まってルークの頭の中にはこの答えしかなかった。

「絵本で見た妖精みたい……」
「妖精!?」
「で、その妖精、最後は人間にさらわれちゃうんだ……」

シンクの声がぎょっとしたようにひっくり返り、イオンが苦笑した。

「もしかしてその話は有名なんですか?」
「知らない人がいない位には有名かな。童話だったり絵本だったり、いろいろあるけど」
「昔から伝わる話だからな。昔は動物と同じように存在したんじゃないかって、その妖精を探しているやつもいる。あぁ、そういえば第三音素意識集合体シルフ説もあるな。だから、その色はやめておけ。ややこしい事態になったら困る」
「はい。流石にそういう知識はなくて。家から出る前でよかったです」
「面倒だなぁ。どんな色ならいいのさ?」

心底馬鹿らしいと言った風情のシンクが投げやりに言葉をこぼし、ルークはうーんと唸ってしまった。






2017.6.11