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鳥籠にさようなら 34


数日エンゲーブで過ごし、なんとなく腑に落ちない気分のままルークは手の中で譜石を転がしながら、帰路についた。
確かに響律符にしたいと言い出したのはルークだが、それにしてもあっさり渡されすぎて、どう気持ちを整理すればいいのかわからない。
でも、それはただルークが気にしているだけでイオンもシンクもごく当然のことをしただけらしいのだ。
ふ、と小さく息を吐いて空を見上げた。
このもやもやは自分でどうにかするしかない。貰い受けたからには、大切にしようと握りしめる。
あの空に浮かんでいるものと同じ物体が手の中にあるというのは不思議な気分だ。

「なぁ、アッシュ。譜石って綺麗だな」
「そうだな」
「空のも綺麗だし、これも。半透明で、太陽の光で透かすとまるで中に星があるみたいにキラキラする。不思議だよな」
「中に、星か」

光が屈折しているんだとアッシュは言おうとしてやめた。
石の中に星があるなんてアッシュからは到底出てこない考えで目から鱗が落ちそうな気分だったし、事実はともかく、そちらの方がしっくりくるならそれでもいいかと思ったのだ。

ルークは譜石を大切そうに布に包んでポケットに入れ、その上でぽんと一回手のひらを弾ませアッシュを見て悪戯っぽく笑う。

「ポケット叩いたから、譜石二個になってるかもな?」
「……ビスケットかよ……」
「増えたらさ、おれもアッシュも、あいつらも、みんな持てるじゃん?」

最終的に粉々にする気か、とアッシュは笑った。

グランコクマに戻ってしばらくすると第三師団が戻ったと連絡があった。
ルークはすぐにでもジェイドの所へ飛んで行きそうな有様だったがアッシュに事後処理が終わる頃まで待てと言われ、そわそわしながら待った。
さすがにもういいかな、と思うまで時間を置いて、いざ向かう頃には弾丸のようにジェイドの執務室を目指したのだが、軍人たちは、ルークがジェイドに譜術指南を受けていることを知っているので、特に止めることなく見送るのみだ。
指南を受け始めた当初、あの死霊使いに懐く子供がいるとは、と、軍内部の将校から一兵卒まで唖然としていたことをルークは知らない。

「ジェイドー」

まだ忙しいかもしれない中で、飛び込むのはどうかと考えたルークは、小さく扉を叩いてからそっと顔を覗かせた。
中にいたジェイドはやはりまだまだ大量の書類に向かっている。
顔をあげてルークを認めたジェイドはまた、すぐ視線を手元に戻した。

「なんですか、ルル」
「うん、ちょっとお願いがあって。おかえりなさい」

ルークは歩み寄りながら左にふと目をやると、特に意外でもなんでもない人物がにこやかにこちらを見ていた。

「あーいいなぁ、ジェイド。俺もルル・リュシアンにおかえりと言われてみたいものだ」
「今すぐ出ていけば送り出しの言葉くらい掛けて貰えるのでは?」
「それは無しだ。せっかく寛いでいるというのに、冷たいやつだな。あと俺はここにはいない。いない俺がこの部屋から出る所を見られるのはまずいだろ」
「おや、では私は誰と話をしているのでしょうね。空気相手に会話する趣味はないので黙っていてください」

相変わらずちょこちょこと抜けだしてはジェイドの執務室に逃げ込むピオニーには慣れているはずだが、ジェイドはいつもより刺々しい。それを気にした様子もないピオニーは言われた通り黙ってルークにひらひらと手を振った。目が笑っている。

ルークは困ったように眉を下げどうしようかと思ったがジェイドが改めて何の用事かと聞いてきたので視線を戻した。

「今日は譜術訓練ではないはずですが」
「あぁ。ええとな、ジェイドに響律符の加工して貰えないかなって思ってさ」
「響律符? 私は細工などできませんよ。他を当たりなさい。なんならガイにでも」

さらさらと書類にペンを走らせながら取りつく島もないほどあっさりした返事が返されたがルークは諦めずに言葉を重ねる。

「細工じゃなくて、譜石に譜を刻んで欲しいんだ!」

直接話せてはいないが、イオンレプリカのことはピオニーからジェイドに伝えられているため、その時に被験者イオンが詠んだ譜石についても触れてあるはずだ。
その譜石を響律符にしたいのだと言い募る。

しかし、ジェイドは譜を刻んだことがないから無理だと言う。
部屋にペンが走る音が小さく響く。

「譜を刻む原理は理解していますが、確実に刻める保証はありません。その場合、貴重な譜石が単なるアクセサリーになりますよ」

ルークは手のひらに乗せた二つの欠片に目を落として考えた。
できれば何かの力を付与された響律符が欲しい。その気持ちは確かにある。
もしも、ジェイドが言うように失敗して、アクセサリーとしての響律符になったらどう思うだろう?

「それでも、いいよ。おれはこの譜石が好きなんだ。どんな形になっても大切にする。それに今のままじゃ預言が込められてて持ち歩くどころか、家に置いておくのも怖ぇよ。刻んで貰う店にも依頼できないし、頼むよ、ジェイド」
「まあ、滅多な加工屋に渡す訳にはいきませんね。そんなことをするくらいならこちらで回収して詠めなくする方が確実ではある」

ジェイドは自分が行うことは論外だとしてもその譜石を放置することは危険かもしれないと思い、誰が適当な人物はいないかと思案を巡らせた。
その間にルークは一つのものを取り出しジェイドのすぐ横で差し出した。

「おれ、ジェイドに譜を刻んで欲しいんだ。見本になるかわからないけど、響律符持ってきたんだ」

何気なくルークの持つ響律符を見たジェイドの動きが止まり、同時にペンの走る音も止み、しん、とした空気が流れる。
あんまりジェイドがじっと響律符を見つめるから、ルークはなんだろうと目を瞬く。

「ルル」
「ん?」
「その響律符をいつどこで手に入れましたか?」

この間、グランコクマの街にある店で購入した所だとルークが言うと、ジェイドはペンを置いてすっと立ち上がった。
突然にこやかに見下ろされたルークは首を傾げるばかりだ。
背は随分伸びたとはいえ、長身のジェイドと目線を合わせるにはまだまだ見上げなくてはいけない。

「その響律符の名前は知っていますか?」
「あぁ、店の人に聞いたぜ! えっとな、戦闘に役立つメジストレっていう響律符だって言ってた」
「ほう」
「げ……っ」

メジストレと言った途端、奥のソファで寛いでいたピオニーから押し殺したような呻きが聞こえ次いで何かを落としたような音がする。
ジェイドはルークから手渡されたメジストレを持ってゆっくり歩き、ピオニーの前に仁王立ちした。

「陛下、お伺いしたいことがあります」

ジェイドが立ち塞がっていることで、動きを封じられたピオニーは視線だけを逃がした。

「この響律符、メジストレをなんでルルが外から持ち帰って来るのでしょうね?」

なんで、にやたらと力が入っている。
呆気に取られていたルークはどうやら自分の持ち込んだものがまずかったみたいだと思い至って、ぱたぱたとジェイドに走り寄った。

「ジェイド、何、それ買ったらダメな物だったのか? 普段あんまり出回らない珍しいものだとは聞いたけど」
「いいえ、ルル。むしろ購入して大正解ですよ。あなたは本当に時々驚くほどの掘り出し物を見つけてきますね」

購入したことは間違いではなかったらしいが、それならなぜジェイドはメジストレをピオニーに突きつけているのだろう。まるでわからず二人の顔を代わる代わる見てしまう。

「ねぇ? 陛下。マルクト皇帝陛下の持ち物を見つけてくるなんて、凄いとは思いませんか」

え、とルークから声が漏れた。






2017.8.15