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鳥籠にさようなら 40


ルークは扉から半ば強制的に出されしばらくその場に立ち竦んでしまった。ピオニーに言われたことを理解するまでに時間が要ったのだ。

「え、と……? とりあえず、見つけて……」

抱きついてこいだったな、と思い返す。それで何かがわかるとピオニーは言った。それで本当に何か掴めるのかどうかわからない。
でも、もう今のままは嫌だった。その思いのままルークは速足でナイマッハ邸へ向かい行き会った使用人にアッシュの居場所を尋ねる。都合よく部屋にいるようだった。
ルークは二人の部屋へと続く扉に手を伸ばしたものの、なんとなく直前で止まってしまった。
この部屋に入ると、そこは二人で一緒に使う空間だ。その奥にさらに扉があって、それぞれの寝室がある。別の部屋だとはいえ、その寝室は中で続き部屋になっているので扉一枚で行き来できる気軽さがある。
少し前まではどちらかのベッドで一緒に就寝していた。その更に前にはこの部屋ではなく本当に二人で一つの部屋を使い、大きなベッド一つで眠りについていた。
ベッドに潜り込んで少しだけ話をして眠る。大切な時間だった。
別々に眠るようになったきっかけは何だったのか。なんとなく、そういう流れでそうなったように思う。

(あの、一緒に寝ていた頃から、何が変わったんだろ……)

自分の意識の中には元々アッシュと一緒に居たい気持ちがあった。だからアッシュと一緒に居るためにファブレとキムラスカ・ランバルディア王国から飛び出したのだ。

(一緒にいたいのは、俺がアッシュのレプリカだから? ただそれだけ? 違う……違う。ジェイドもそうじゃないって言った)

堂々巡りでしかなかった。これ以上考えても答えなんて出てきそうにない。ルークはゆるゆると首を振ってドアノブを掴んだ。

「アル、ただいま」
「おかえり」
「今時間ある?」

そう聞きながら、ルークは扉に鍵をかけた。なんとなく誰も入ってきて欲しくないからだ。アッシュは訝しく思いにその様子を見る。この部屋の鍵を閉めたことなんて滅多にないのだから疑問を覚えて当然だ。
戸惑いつつもアッシュは読んでいたようでまるで頭に入ってきていなかった本を閉じた。次にこの本を開いても続きがどこだったかはわからないだろう。
どうしたのか聞くべきか言い出すまで待つか考えている間に、ルークは手に持っていたらしい譜石をテーブルにそっと置いてソファに座るアッシュに近付いた。そして腕を引く。

「アッシュ、立って」

行動と言葉で促されたらもうそうするしかない。アッシュは内心まだルークと面と向かって相手をすることに対してまったく気が進まないが、正直にそう言う訳にはいかなかった。

「ルー……っ」

立ち上がった瞬間さらに腕を強く引かれたアッシュは、突然のことに対応できず前のめりになってしまった。さらに体勢を立て直す暇を与えないと言わんばかりにルークが身を寄せて腕を胴へと巻き付けるものだからなおさらだ。

「んっ」

アッシュを引っぱった上に自分からぶつかったものだから、どん、と衝撃が胸に来てしまいルークの息がほんの少し詰まる。でも、そんなことまるで気にならなかった。

(アッシュ……だ。なんか久しぶりな気がする)

まったく久しぶりでもないのにそんなことを思うのはここ数日寂しさを感じていたからだろうかとルークは思う。
抱き着く勢いのまま腰に回していた腕を動かして、背中に手のひらをぴったり付ける。 
アッシュの肩に顔を埋めて、ほぅ、と息を吐く。
暖かくて、嬉しくて、気持ちが溶けていきそうだと思った。
その間アッシュは固まっていた。何が起きているのかさっぱりわからない。

(なんでルークと密着しているんだ。なぜこうなった? そうだ、立てと言われて立っただけのはずだ。それが、どうして)

途端アッシュはこの間、己がしてしまったことを思い出した。この状況はあまりにあの時と酷似し過ぎている。思い出すなという方が無理だった。
ルークが何を考えてこういう行動を取ったのかはわからないでもない。ここ最近の自分の態度を気にしていたことなど理解しているアッシュだ。どうにか今の違和感をなくそうとしているのだろうと想像できた。

(でも、まだ駄目だ。ルーク。俺はまだ)

どう折り合いを付けて再度ルークに接するべきか決めかねているのだから。
アッシュは空中で浮かせたままになっていた手をそっとルークの両肩に置き、拒絶だと感じられないよう注意しながらやんわりと押した。ルークはそれに抗うことなくアッシュの肩から徐々に顔を離していく。
背に腕をまわしたまま、そして胸も付けたまま、じっとアッシュを見る。ピオニーにそうするよう言われたことなど今のルークの頭からは飛んでしまっている。
ただ、アッシュを見たい。それだけだった。
至近距離で見るアッシュの顔はやっぱりルークの顔とそっくりだ。当たり前だ。二人はまったく何もかも同じなのだから。しかし目に浮かぶ表情はまるで違う。
同じだけれど、心が違う。ルークはアッシュの心が好きだった。

「アッシュ……」

吐息に混ぜるよう名を呟くだけで胸が震える。好き、という気持ちが溢れてくる。

「ルー、ク」

アッシュに名を呼ばれた途端、溢れた気持ちを留めておけなくなった。

「好き……好き。アッシュ……。ずっと前からそうなんだけど、もっと好き……!」

アッシュの目が見開かれたが、何も言葉はない。ルークは伝わらなかったのかもしれないと思い、もっとちゃんと言わないと、と焦った。
まっすぐアッシュの目を見る。

「アッシュ、おれ上手く言えないけど、ほんとうに好き。今までよりもっと」

全然上手く表現できなかった。自分の感情を掴み切れていないこともあるし、どういう言葉を使えばいいのかもわからない。ただ、目を逸らすことはしない。
固まり続けていたアッシュだったが、我に返って言葉を探した。息を吸ってはみるもののなかなか言葉が見当たらない。

「……ルーク。俺もお前が好きだ。でも俺の好きとお前の好きは違うかもしれない」
「違う? どう違うかもなんだ?」
「それは……」

アッシュの頭の中はごちゃごちゃと色々なことが巡り、いつものように答えをルークに示してやることができない状態だった。だからこそ本来の気持ちが顔を覗かせてくる。
ルークとの距離を縮めて、そっと唇を重ねた。
この間と同じで、柔らかくて暖かい。
軽くついばみすぐに離れる。右手で頬に触れると反射的に目を閉じていたらしいルークの瞼がゆっくり時間をかけて上がっていった。

「俺の好きは、こういうことがしたい好き、だ」
「こういうこと……。うん、うん……」

頬に添えられた手にルークが左手を重ねた。いつもルークのことを大切にしてくれる手だ。だというのに、今のアッシュはまるでこの手がルークを傷つけてしまうことを恐れているようにさえ感じられる。
そっと瞼を閉じる。頬に感じるアッシュの手は暖かい。

「口くっつけると……なんか、幸せな感じがする、んだ」

ふわふわと柔らかい感情がルークの中にある。それに名前を付けるとしたら、何回も口に出している好きという以外にない。
再び目を開けたらアッシュはほんの少し驚いた表情へと変化していた。

「……好き。だから、アッシュ、もう一回」
キスして欲しいという言葉はアッシュの中に消えた。

「……まったく、お前は」

アッシュはしっかりとルークの体に腕を回してぎゅう、と抱きしめた。ルークもまたより抱き着く。

「ちょっ、アッシュ、苦しい〜」
「お前こそ、締め過ぎだろ?」

本当は言う程苦しくはないが二人は笑いあった。ルークが嬉しそうな声を上げる。

「好き! アッシュ、好きだ!」
「あぁ、ルーク。好きだ」

すれ違っていた心は、ぴったりと重なった。






2018.1.18