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鳥籠にさようなら 41


「バカじゃないの」

目覚めるなり耳にした言葉はそんな辛辣な言葉だった。
どこもかしこもだるく動きにくい首をずらすと緑色が見える。

「あんな所で死ぬつもりだったわけ? ねぇ、ルーク」

そんな訳ない、そう言いたい思いと裏腹にルークの意識はまたぼんやりしてくる。瞼も勝手に降りてきて、

(あぁ眠るんだな)

と、他人事のように思った直後に何もわからなくなった後意識が再びふっと覚醒した。ついさっき眠りに落ちたような気もするし、ずいぶん時間がたっているようにも感じられる。
時間の感覚がおかしくなっているようだ。

「ルーク……?」

控えめな呼び掛けで初めてルークは側に人がいるのだと気付いた。
この前目覚めた時よりさらに体は固まっていて動かないので、目だけでそちらを伺うとそこには心配そうな目をしたイオンがいるのだと分かる。

「……起きたの?」

そのイオンの横にはシンクがいた。

「う……」
「だめです。まだ動かないで。……シンク、僕は知らせてきますからルークをお願いします」

イオンの軽い足音が遠ざかり、イオンが座っていた椅子にシンクが座る。
天井を見上げていると、ようやくルークはなぜ自分がこうやって横たわっているのか思い出すことができた。

(そうだ、おれ、魔物に追われたんだ。……なんとか振り切ろうとして無茶をしたような気がする)

追い詰められて、その後の記憶はまるでなかった。

「……バカじゃないの」
「シンク……」

ルークが見上げるシンクの表情はいつもよりどこか幼く見えた。

「ごめん、な」
動きにくい腕を持ち上げてシンクの頬を撫でた。涙こそ流れていないけれども、確かに泣いているように思えたからだ。

「泣くなよ、シンク」
「……どこに目つけてんのさ」

それに少し笑って手を引いた。
シンクは自分と同じであるイオンレプリカ達を目の前で失っている。当時の記憶は断片的で、今はもうほとんど覚えていないと言うがやはりその深い傷は癒えることはない。
無意識に恐れているのだ。レプリカが目の前で消えることを。

「ルーク」
「ん?」

シンクは珍しく迷うような素振りを見せてから、なんでもないと言ったがそれは言いたいことがあるけれど出てこないから諦めたような感じだ。なんだろうと疑問を覚え口を開こうとしていた所にイオンがアッシュを連れて戻ってきた。

「アッシュ……」

アッシュはルークを見て安心したように大きく息を吐いた。
心配をかけてしまったのだと思うと胸が痛み、さらに確かめるように頬や額に手を当てられその暖かさに泣きそうになった。ルークにとってこれ以上なく安心する手だ。

「シンク……行きましょう」

しばらく見ていたイオンがシンクを促して部屋を出ていこうとするのを、ルークは引き留める。不思議そうな顔の二人にこちらに来るよう手招きして、動きの鈍い体をアッシュに手伝って貰いどうにか起こし近くにきた二人を左右の腕で引き寄せた。

「ちょっと!」
「ルーク……?」

シンクとイオンの困惑した声が耳元でそれぞれ聞こえたがルークは離さない。

「ごめん、心配かけて。……大丈夫。おれはここにいるよ」

少しでも安心できるようにと考えて髪を撫でた。手も腕も、身体がどこもかしこも痛いけれど全然気にならない。
しばらくそうしていると、イオンから小さく嗚咽が聞こえだした。シンクの強張っていた体も力が抜けて、遠慮がちに服をつかんでくる。

(あぁ、本当に不安にさせちまった……)

ルークの胸中にざわざわとした感情が広がり、今こうしていられて良かったと心底思っていると、すっとシンクが離れた。
無言なのは泣いてしまいそうだからだと知っている。シンクがイオンの肩を揺らすとイオンはひとつ頷いてルークから離れた。
シンクは、ほろほろと涙を溢し続けるイオンの手を引いて、あっちの部屋にいるからと言い置いて部屋を出て行った。

「……あんなに、泣かせやがって」

アッシュが静かに閉じられた扉を見つめながら呟いた。

「兄上失格かな?」
「もとからそれらしくもないだろう?」

まあなと小さくルークは笑いながら、こうやっていつも通りのやりとりができる、そのことがどれだけ貴重なことか改めて実感していた。
四人で本格的に行動をし始めてから、ずいぶん経つ。最初こそお互い遠慮のようなものがあったが、今ではもう家族のようにすら感じていた。
イオンとシンクがどう思っているのか聞いたことはないが、ルークは二人を弟のように思っているし、アッシュも口にこそ出さないがそれらしい節があるので多分同じなのだと思っている。

「アッシュ……アッシュ」

アッシュに両腕を伸ばすとそれに気付いたアッシュがベッドの縁に方膝をついて抱きしめてくれた。

「アッシュ……」

柔らかく抱きしめてくれるのは傷を思ってのことだってわかっているけれど、今はぎゅっと強く抱きしめて欲しかった。だから、ルークは自分からぎゅっと強く抱きついたのだがそれにアッシュはぎょっとしたように少し体を引いた。

「おい、体に響くぞ」
「ん、だいじょうぶ。……アッシュもぎゅってして欲しい」
「……少しだけだからな」

ぐっと引き寄せられて包まれる。
その腕が、アッシュが、そのすべてがルークを安心させる。アッシュもそう感じてくれていたらいいなとぼんやりと思った。まだ頭はちゃんと働いていないのだ。

「心配、した?」
「しないと思うのか」
「ううん……」

労るように背中を撫でる手が心地良い。

「こんな無茶は二度とするな」
「……うん」
「もう横になれ。俺はここにいるから」

アッシュに横たえられ寝るよう促される。
ルークは眠くなんてない、と言おうとしたはずなのに瞼は勝手に降りてきて、身体はまだ休息を求めているのだと思い知らされた。

(アッシュ……アッシュ、ちゃんとそこにいる?)

指先に暖かさを感じて、安心したらもうルークには眠気に抗える術はなかった。

「アッシュ……心配させて、ごめん、なさい……」

吐息に混ぜるように滑り落ちた言葉が空気に溶けていきアッシュが返事をする前にルークは眠りに落ちた。

「眠ったの?」
「あぁ……」

シンクが扉を半分開けてそこからルークをじっと伺いその後ろからイオンも顔を出した。

「大丈夫だから、もう寝ろ」
「アッシュは?」
「ここにいるって言ってしまったからな」

繋いだ手を示して言うとイオンは微笑んだようだった。目が充血しているがここ数日の心労での塞ぎ込みようを見ている側からすると随分と明るく、シンクの表情もまた和らいでいるようだ。

(ルークの影響は、大きいな)

同じレプリカ、というだけではない確かな繋がりが出来つつあることをアッシュは実感し、その中に自分も含まれていることに面映ゆさを感じつつ目を細めた。
数日ルークは寝込んだが自らの治癒術と看病の甲斐もあって後遺症もなく回復し、時間をかけてゆっくりと食事を食べた。
その様子を見る三人はほっとするやら呆れるやら、怒りたいようなごちゃごちゃとした気持ちだ。

「ほんっとにバカだよね。何をどうしたらあんな有様になるっていうのさ」
「う……」

集合場所に現れなかったルークを三人は探し、最初に見つけたのはシンクだった。発見した時のルークは意識もなく、怪我の状態からして生きているのかと血の気が音を立てて引いていく程酷いものだったのだという。

「ライフボトルを飲まそうとしても、グミを口にいれても、飲み込んでくれなかったんですよ。本当に今こうしていられることが不思議なくらいです」

回復薬を飲めないほどの状態って、と絶句するルークははたと眉根を寄せた。

「でも、治ってる。飲まなくても大丈夫だったってことだろ? 見た目ほど酷くなかったんじゃねぇの? いてっ」

シンクの肘鉄が飛んできて加減をされているとはいえ痛いものは痛い。涙目になるが心配をさせたのはルークだ。何も言えることはない。






2018.3.21