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鳥籠にさようなら 42


シンクはきりきりと目尻を釣り上げつつ憤慨した声を上げた。

「言っておくけど! ライフボトル飲んでなかったら今ここにいないからね!」
「そう、かもしれませんね……」
「え、でも、飲んでないって」

イオンがぱたぱたと手を振って否定した。

「あぁ、いえ、ルークは飲んだんですよ」
「無理矢理飲ませたんだよ。アッシュが。感謝しなよね」

ルークが正面に座るアッシュを見ると小さく頷かれたので、そうだったのか、と納得してふわりと笑った。

「ありがとな、アッシュ。でもどうやって?」

シンクがふんと鼻を鳴らし、どうやってもなにも、と零した。

「自分じゃ飲めないんだ。考えたらわかると思うけど?」

わからないルークの頭の中が疑問で埋まっていく。自分で飲めないのならどうやっても飲めないのではないのか、としか思えなかった。助けを求めてイオンの顔を見ても淡く微笑まれるだけだ。最後にアッシュを見てみると苦笑された。

「俺が含んで、お前に飲ませた」
「え、え、あ……それって。キ、キスでってこと?」

ルークの隣からゴン、と鈍い音がして慌てて視線を移すとシンクがテーブルに突っ伏していた。

「せめて口移しって言って……」

がっくりと脱力したシンクだったが、別にこの二人の関係をどうこう言うつもりはない。ただルークの言い方に力が抜けるだけだ。

「アッシュは、ルークが気を失っている間……ルークが自分で飲んだり食べたりしない間、ずっと薬やグミを与えてくれていたんですよ。あまりに重傷すぎてこの家から動かせませんでしたから……」

ルークはそれを聞きながら感謝と恥ずかしさが胸中を渦巻き頭がクラクラした。思わず頭を抱えてしまう。顔がどんどん赤くなっていく。だって、その様子をシンクもイオンも見ていたということなのだから。

「あ、あ、うわー」
「今更恥ずかしがっても遅ぇよ」

くしゃっと髪を掴んでどうにか羞恥をやり過ごした。そうすると今度はやりきれなさが湧いてくる。怪我をした挙句、前後不覚に陥りアッシュたちに付きっきりの看病をさせてしまった。さらにシンクやイオンに衝撃を与えるほどの有様を晒したのだ。ルークは自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。俯くルークの頭にアッシュの手が乗せられ一回弾んで離れていく。
その時、扉を叩く音がした。ローズの叩き方ではないことにハッとしてアッシュは戸惑っているルークに手を貸し、奥の部屋へ向かう。
髪や目の色が元のままなのだ。治療の過程で解除してそのまま過ごして今に至っている。二人が完全に見えなくなったことを確認してイオンがそうっと扉を開けた。

「ようやく会えた!」
「っ!」

扉から飛び込んできた少年に驚いたイオンはのけ反ったが、そんなことお構いなしに訪問者はイオンの手を握ってくる。訪問者の顔や姿は外套とフードでわからないが体格はイオンと同じくらいだ。

「え……この声……っシンク! 待って!」

訪問者が室内に踏み込んできたことでシンクが物陰から飛び出し一瞬で扉付近に接近し、低い体勢から拳を繰り出した。

「シンク!」
「わぁ、びっくりした! いきなり何?」

パン、という軽い音と、二人の声が重なる。その声はほとんど同じ声質だ。受け止められた拳を引いてシンクが面白そうに通常通り立ち腕を組む。

「ふぅん……本物みたいだね、君。ボクと同じ存在がこれくらい弾けない訳ないし」
「言葉で確かめてよー怖いな〜」

驚いた様子はあるが、気にはしていないようだ。呆気にとられていたイオンが扉を閉めながら呆然と口を開く。

「僕はできませんよ、シンク」
「わかってるし、やらないよそんなこと。ダアトに残っていたやつなら受け止められるだろうって話だよ!」

そういうことかとようやくイオンは納得したが、物騒な確かめ方には賛同できないようでシンクを注意する。しかしシンクはどこ吹く風だ。

「えーと、出てきてくれた君がイオンで、殴り掛かってきた君がシンク?」
「はい」
「そう」

ぱっと少年は笑ってフードを後ろへ落とし、二人の手を取った。

「イオン、初めまして! シンクは久しぶりだね! って言ってもあんまりよく覚えてないんだけど……。でもずっと会いたかったよ。僕、フローリアン!」

本当に嬉しいと言わんばかりに握った両手をぶんぶん振るフローリアンのリズムに合わせて髪が揺れる。長さはイオンとほぼ同じだ。

「フローリアン……いい名前ですね。イオンが付けてくれたんですか?」
「ううん、僕はイオンから名前もらってないんだ。君たちはそれぞれイオンから貰ったんだってね! 聞いたよ〜。なんかね、僕にはどうしたって導師イオンっていう名前が付いて役を演じることになってしまうんだから、名前くらい自由に選べた方がいいって。『名前を付けないのが僕からのプレゼントだ』って言ってたよ。最初は僕だけ逃げられなくて、名前も貰えなくてなんだか悲しかったけど、今は大丈夫!」

明るく弾んだ声でそう言うが、本当は一緒に出てこられたら良かったという思いは同じだ。イオンが俯いた。握られた手を四苦八苦しながら振りほどいたシンクがそれで、と呟いた。

「ダアトにいるはずの君が、なんでここにいるのさ? あとなんで場所知ってたの」
「あ、そういえば……」

あまりに衝撃を受けたためにそのことが頭からすっかり飛んでいたイオンが顔を上げ不安げにフローリアンを見遣る。

「アリエッタが連れてきてくれたんだ。アリエッタはずっとこの場所知ってたんだって」

アリエッタ、と二人が小さく呟いて、あぁ、と同時に思い出した。

「イオンの導師守護役……ですね」
「刷り込み上はね。今は違うんじゃない?」

フローリアンは肯定し今は師団長の任についているのだということ、折を見てはフローリアンと接触していること、自分がイオンではないことをわかっていることを伝えた。

「実は外で待ってもらってるんだけど……会う?」

シンクとイオンは顔を見合わせどうしようかと思案した。ここで会わないという返答は不自然ではないだろうかという思いが頭を掠める。しかし、ここにいるのは二人だけではなくアッシュやルークもいるのだ。迷ったが、結局は頷いた。

「ちょっと待っていてください。鍋に火をかけたままなんですよ」

そう言ったイオンがゆっくりと身を翻して奥へ向かったのだが実の所火など使っていない。奥の二人の意思を確認するための口実だ。
イオンが静かに姿を見せると同時にアッシュは無言で頷いた。それに深く頷き返してゆっくりと戻って改めて了承すると、一旦表に出たフローリアンがすぐに一人の少女を伴って扉を潜った。アリエッタは自分より背の高い位置にある、すぐ側に立つフローリアンと同じ顔を持つ二人に目を細めた。

「アリエッタ、です。アリエッタのイオン様からあなたたちのこと聞いて、ました。会いたかった。アリエッタも、イオン様も」

アリエッタの口から出る〈イオン〉はフローリアンではなく被験者イオンだと聞かずとも理解できる声色だ。どう答えたらいいかわからずシンクとイオンは口を噤んだ。その様子を気にした様子もなくアリエッタがふと顔を上げじっと奥を見つめながら、くん、と小さく匂いを嗅ぐような仕草を見せる。

「……アッシュここにいる、ですね? でてきて欲しいです」

え、と小さく戸惑った声を漏らしてルークはアッシュを見たがアッシュは特に驚いた様子もなく安心させるように頷いて、腕に抱いたルークごと歩みを進め四人の前に姿を現した。






2018.4.3