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鳥籠にさようなら 46


数日グランコクマに滞在した導師イオン、フローリアンは当初の予定通りアッシュを供とし街を見て回った。あれは何これは何と様々なものに興味を示し明るく笑う様はシンクともイオンとも重ならない。なにより被験者イオンとあまりに性格が違う。ここまで差異があって周囲に訝しむ者がいないことは不自然だ。
キムラスカ・ランバルディア王国へ向けて走り出した陸上装甲艦タルタロスの一室でその疑問と口に出した。

「んー? だって導師イオンなんて一部の偉〜い人としか基本的に会わないでしょ? その偉い人たちはモースがほとんど入れ替えちゃったみたいだし、僕はその時だけ被験者イオンっぽいお芝居しているだけ!」

出歩く時はフローリアンという名前を使い、今のように素で振る舞っているのだとあっけらかんと話されアッシュは顎が外れそうだった。確かにここまで違うとなれば誰もフローリアンが導師イオンだと勘付くものはいないだろう。それにしても大胆不敵とはこのことかと思う。

「びくびくしたってうまくいかないし、楽しくないよー」
「それは、そうだろうが」
「んーでもこれはアルとルルにはできないよね。キムラスカで堂々とするには危なすぎるもん。……本当に一緒に来ていいの?」

窓から流れる景色を眺め目を輝かせていた時とは一変して深い目を向けてくるフローリアンに頷いてみせる。
最初こそ動揺した。今もこれが正しいとは思えない。だが、変化は必要なのだ。静観していても行動しても結果が同じなら、行動したほうが後悔しない。そもそも結果を同じにする気がないのだから腹を決めるしかない。

「そう。なら僕はもう何も言わないね」

それだけ言ってフローリアンは再度外の様子に釘付けになったようだった。
アッシュはまだ短期間しかフローリアンとは接していないが性格の一端はすでに掴んでいる。天真爛漫な性格であるのは間違いない。レプリカイオン達の中で一番感情を表に出すことに躊躇いがないようだ。さらに驚くほど頭の回転が速い。本人に自覚があるかどうかわからないが、その気になればモースどころか教団を掌握する力があるだろう。あの環境に置かれてよくここまで純粋さを保っていられるものだと思うがそこはアリエッタ、もしくは気に入っているというアニスの影響か。

(いや、あの導師守護役はまだ信用できない)

アッシュ個人であれば関わらないタイプの人物だった。導師の側に居る者としてあの落ち着きのなさはどうかと思うものの人形師としての腕は確かで、奏長の位を持つものに相応しい。モースの息がかかっているということが最初からわかっているのは大きいことだ。

「タルタロス、凄いけど、このままキムラスカには入れないよね? 和平どころか戦争になるよ」
「ケセドニア手前までが限度だろう。アスターには話を通してあると陛下は仰っていた。ケセドニア手前でルーク達とも合流する」
「海からは行かないの? これ水陸両用なんでしょ?」
「……バチカル港で迎撃されるのが関の山だ」
「あーそっか。モースは戦争したいんだもんね。王様に迎撃の預言が詠まれているって言いそう」

あまりさらっとそんなことを言わないで欲しい。そう思ってアッシュは溜息を吐いた。
それから数日、あえてタルタロスはゆっくりと進んでいき十分な時間をかけてケセドニアの近くに辿り着いた。タルタロスから下船するのはフローリアンとアニス、フリングス少将、ジェイド、そしてアッシュだ。フリングス少将の副官はあまりに人数が少ないと頑なに反対したがピオニー陛下の意向だと言い含めることで渋々納得した。
これからルークやシンクと合流するのだ。人の目はない方が何かと都合がいい。
予定通り二人と合流し、持ってきていたマルクト軍服に着替え兜を装着すると同じ顔を二対あるということはまるでわからなくなった。突然増えたマルクト軍人に驚いたアニスだったが、先行してケセドニア付近に留まっていたものだと説明することで事なきを得た。

「アル、ルル、少しこちらへ」

ジェイドがさも伝達事項があるかのように呼び寄せる。アニスとの距離を測りつつざっとジェイドの目がルークの体を走る。

「なんかおかしい?」

軍服は着慣れていない。何か忘れているのだろうかとルークは不安になった。

「あぁ、いえ。装備を見ていたわけではありません。ちなみに不自然さはないので心配いりません。今の所、ですがね。ところで二人とも、響律符は持っていますね」
「あぁ。お前にずっと身に付けるよう言われていたからな。置いてきた方が良かったのか?」

アッシュが剣帯に付けている響律符を示した。ルークもアッシュとは反対側に装着している。

「いいえ。この道中もできるだけ身から離さないように」

それだけです、と言い置いてさっさとジェイドは先を歩く一行に合流し、アッシュとルークはなんだったんだと顔を見合わせたのだった。
そこからの道中は驚く程順調に進み、すでにバチカル、その城の前だ。ここから先は一般兵に扮したアッシュとルーク、シンクは進めない。結果をただ待つだけだ。不動の姿勢で重厚な扉の前に立ち続ける。

(ここが、バチカル……。おれ三年もここに居たのに、全然実感ない。あの門、ファブレだって言ってたな。中まで見えればわかるかもしれないけど……)

そんな危険を冒してまで確認したいものはない。しかし、あの家で気にかかることはたくさんある。ルークという存在がないのか、あるのか。どう扱われているのか。恐らく誰もいないだろうという推測はしているが確証はないのだ。

(母上……どうなさっているかな)

クリムゾンのことを思うことはあまりないがシュザンヌのことはたまに頭を過る。これはアッシュも同様だとルークは知っている。
ルークがファブレに意識を向けている間、アッシュは周囲のことを観察していた。どうやら立ち入り規制されているらしくまるで人通りがない。常ならば多少なりとも貴族が城に出入りするはず。それさえもないとなるとそう考えるしかないのだ。
そのため門番と、見張りよろしく配置された兵を見るしかない。

(使者として来たものは中に入れた。しかし全員は迎え入れない……。キムラスカの立場を上とするような演出だな。叔父上、いやモース……和平は望まないのか)

たっぷりと待たされ陽が傾き始めた頃、謁見していた面々が姿を現した。導師導師守護役とイオンは城内の客室へ案内されたようだが、マルクトからの使者は離れに用意された来客用の部屋へ誘導された。各々装備を緩め会話をかわすが、それは表面的なものに過ぎない。この部屋は盗聴されているものと思うべきだった。それゆえ和やかに会話しつつ筆談するという至極器用なことフリングス少将とジェイドは行った。

「突然の障気により物資が滞りがちになっているアクゼリュスへ、キムラスカより援助くださるとのお言葉です。それに先立って親善大使としてインゴベルト王の甥であらせられるルーク・フォン・ファブレ様が我らにご同行くださいます」
(姿はなく、本気かどうかは疑わしい)
「これを持って和平の証になさるとのこと。各々ルーク様に失礼のないよう心がける様に。またローレライ教団からも見舞いと和平の見届けをかね導師イオンがご同行される」
(モースがヴァンをねじ込んできている。別ルートでアクゼリュスへ行く)
「……心得ました」
「承知しました」
(アクゼリュスは鉱山の街。危険)

フリングス少将の指がその短い文章をとんとんと叩く。フリングス少将は最近になってピオニーからルークとアッシュの素性について知らされた者だ。元々直接的に関係がある訳ではなかったが、まったく知らぬ仲でもなかった。なによりフリングス少将の母から教えを受けている期間があったため、向こうはこちらを知っていた。

(ルークの存在を確かめる)

アッシュはただその一文を書くにとどめたのだった。
和平へ向けて驚くべき速さで準備が整えられあっというまにバチカルを後にした。ジェイドが話をうまく誘導することに成功し和平妨害を警戒しこちらは陸路で、ヴァンは海路で向かうことで落ち着いたのだが誤算がひとつ。ルークも海路で、というインゴベルト王の強い要請があったのだ。これに反対する材料はなく決定事項となった。

「あーあ、ルーク様に会ってみたかったなー」

アニスが歩を進めながら残念そうに言い、フローリアンが笑う。

「そうですね。ぜひ僕もお話してみたかったです」
「我々はともかく、導師イオンもお顔を拝見できていないのですか?」
「えぇ、フリングス少将。ですが恐らくアクゼリュスに到着するのはあちらが先……現地でお目通り願えるでしょう」
「確かルーク様は第三位王位継承者であらせられるのですよね。でも、ナタリア王女の婚約者ってことは次の王様ですよね? そんな凄い方を送ってくれるんだから和平うまくいくといいですね!」
「その通りですわ」

突然後ろから声がかかったこと驚き全員が振り向く。まだ街に近く、魔物は出現しないエリアのためそこまで気を張っていなかったのだ。






2018.10.20