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鳥籠にさようなら 47


「……これは、ナタリア殿下。わざわざお見送りくださるのですか?」

ゆっくりとフローリアンが話しかけたことで、アッシュとルークはまさかと思ったことがそのまさかだと知って兜の奥で目を見開いた。しかしなんとか体の反応は抑え込み一般兵として礼をとる。心の内は様々な気持ちが渦巻き通常の表情ができているとは思えない。顔が隠れる装備を寄越したピオニーに心底感謝した。

「みなさん楽にしていただいて結構ですわ。導師イオン、わたくしもこの旅に同行したいと思います」
「アクゼリュスへですか? それでは親善大使であるルーク殿とご一緒された方が良いのではありませんか? あぁ、いえ、僕は見届け人です。フリングス少将とご相談ください」

突然矢面に立たされた形ではあったがフリングス少将は丁寧に挨拶し、ナタリアの事情を聴きだした。どうやらインゴベルト王は止めたが、それでも実情をその目で確認したいということだ。

「王はそう易々とバチカルから出ることは叶いません。王女であるわたくしも本来であれば城にいるべきなのでしょう。それでも……」

いても立ってもいられなかったようだ。マルクト帝国とダアトとしてはこの旅でキムラスカ王女に万が一のことがあっては困る。しかし、一国の王女の意思を止められるほどの力を持つ者はこの場にいないのだ。受け入れるしかない。

「ナタリア王女。インゴベルト王に正式な断りなく我々が王女を連れ出したと誤解を与えかねませんが、そちらは問題ありませんか」
「お父様はそのように物分かりが悪い方ではありませんわ。カーティス大佐」

やはり許可は得ていないのかと確信した面々は気が遠くなりそうだったが、こうなっては仕方がない。同行することになった。道中で王女という身分が露見しては困るということで名は呼び捨て、仰々しい対応はしないこと、という決まり事ができた。フリングス少将は立場上あまりに砕けた対応はできない。したがってその役目はフローリアンが引き受けた。

「じゃあ僕のことはイオンじゃなくてフローリアンって呼んで。あと口調もイオンだってわからない話し方にするからね!」

途端にがらっと雰囲気までもを変化させたフローリアンにナタリアは素直な驚きを示したが楽しそうに笑い一般兵である三人にもしっかりと視線を合わし、かしこまらないようにと釘を刺した。

「お名前は何と仰るの?」

ナイマッハの名は使わないと事前に決めている。そもそも兵のファミリーネームにまで興味がないのが普通だ。各々名乗った。

「アルにルル、シンクですわね。覚えましたわ。兜は取りませんの?」
「我々はいざとなれば皆さまの盾になる身。いかなる時も防御力を下げる訳には参りません。ご容赦ください」

その言葉は特に疑われることもなく、それならば声で覚えましょうとナタリアは返答したのだった。
道中、和平を妨害する者たちの襲撃が何度かあった。それはキムラスカ・ランバルディア王国の者たちであったり、マルクト帝国の者であったり、あからさまに教団服を着用した者であったりもした。それぞれの本当の出自はわからない。それでも和平への道のりが平坦ではないことを思い知るには十分だ。
弑してしまうと後々面倒だということで意識を奪いその場に放置することを繰り返す。近くの詰所に連行する余力はないのだ。これらの戦いにおいて予想外であったのはナタリアの支援譜術、回復術が有効であったことだ。アッシュとルークも初歩的な回復術は扱えるがこうも連戦が続くとは想定していなかった。

短くも長くもない旅の中で、ルークはナタリアと話す時間を少しずつ伸ばしていった。
ルークは懐かしかった。久しぶりに会ったナタリアは記憶にある少女の彼女と違い大人になりかけている。それでも、ナタリアの内面はその頃のままだ。ルークの行使するリカバーはナタリアから教わったもの。ファブレの屋敷で一緒に過ごした時間は短くないのだ。
アッシュもまた長じたナタリアをしみじみと眺めた。しかし、ルークのように積極的に話しかけることは遠慮した。怪しまれないかという懸念もあるが、どちらかというと会話をする二人を眺めることを楽しんでいるのだ。

「ナタリア、もうすぐアクゼリュスだよ! 今日はこの峠で休憩して明日の朝向かおうかってフリングス少将と話しているんだけど、どうかな?」

ぱたぱたと走り寄るフローリアンからはまるで導師イオンの威厳を感じない。しかしすでにそれに慣れたナタリアは二つ返事で同意した。簡易テントが準備され、中心のテントの回りを囲むように小さなテントが展開される。中心にはナタリアとフローリアン、そしてその中を守護する意味合いでアニスが。他の五人は警護を兼ねて外周の一人用テントだ。

「せま……」

ルークは思わず呟いた。設営後外から見てわかりきっていたことだが、入り口をくぐるともうまっすぐ立つことはできない。眠る時も丸まって寝るしかないだろう。しばらく座り込んでいたがどうにも落ち着かず外に出た。

「何? まだ交替には随分早いんだけど」

見張りとして表にいたシンクが怪訝そうに小さく声を掛けてくるがそれにはパタパタと手を振って否定を示す。

「ちょっとアルと話してくるだけだよ」
「……手短にしなよね。明日何があるかわからないんだから」

ふい、と興味を失ったように元の体勢に戻るシンクだが、そう装ってくれているだけだとルークはわかっている。シンクは聖なる焔の光に詠まれた預言を知らされておりその分アクゼリュスに近付く毎に警戒を強めているのだ。
アッシュのテントをぽすぽす叩いてみる。反応がないなら諦めて自分のテントに戻ろうと思っていたが、同じく眠っていなかったらしいアッシュはすぐに顔を出した。驚いた様子もなく入るよう促してくる。一人でも狭い中で二人は厳しいような気もするがルークはかまわず入り口をくぐった。
やはり狭く、距離をあけて座ることはできそうにない。アッシュはどう落ち着こうかともぞもぞ動くルークを引っ張り足の間に座らせた。

「やっぱり、狭いな。座ったのはいいけど立てるか心配だ」

向かい合って小さく笑いルークはアッシュの兜を持ち上げた。自分のものも頭から取り去ってアッシュの肩に顔を埋めた。

「どうした? 怖いのか」
「うん。怖い。だって明日にはアクゼリュスだぜ。俺とアッシュ、鉱山の街に着いちまう。力を災いとし……っていうの、何なんだろうな……やっぱり超振動しかないとは思うけど」
「力が何を指すかだな。海路で向かった親善大使一行の権力とも取れる」
 アクゼリュスに付いたら合流する手筈となっている。しかし本当にルークなる人物がいるかどうかは疑わしい。定期的にアリエッタから報告が来るが白光騎士団の姿はあってもルークらしきものは見当たらないという。
「俺とお前は、明日何があっても行動を共にする。忘れるな」
「うん。えっと、ガイとティアってもう着いているのか?」
「あぁ。マルクト側から入れたようだ。崩れた道を越えるのは相当きつかっただろうな。アリエッタの魔物がいなければ通れなかっただろう。ティアは障気のことを良く知っているから万が一のことはないと思うが……無事かどうかは直接確認するしかない」

ティアは障気が満ちる魔界の街で育った。地上にいる者が対処できないことでも多少のことなら何とかできる。しかし完全に無効化はできない。それが障気の怖い所だ。

「でも……あそこにはヴァン師匠がもう着いているはず……。ティア、大丈夫かな」

ヴァンはティアを手元に置こうとしたり遠くに離そうとしたり行動が定まらない。その度にティアは兄の考えていることがまるでわからないと落ち込んでしまうのだ。
今ティアは自分の意思でガルディオス邸に仕えている。強力な譜歌を操ることのできるティアはガイが外に出る時に供をすることが多くなっており、それに従ってアッシュとルークに関わることも多い。二人の実際のところを知らせてはいないが、親しい関係を築いていると言えた。

「あいつは強い。大丈夫だろう」
「うん。……そろそろ戻らないと、だな。戻る前に一回ぎゅーってして?」

甘えるように頬を寄せるルークの要望通りアッシュは腕に力を込めたのだった。






2018.12.27