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鳥籠にさようなら 49


避難は進んでいる。しかし未だ留まり続ける意思を持っている者へとシンクは重点的に声を掛けてまわっていた。鉱山の近くで座り込んでいた者を立たせて街中へ戻ろうとした時、下の方から導師を呼ぶ声がした。声はわんわんと反響しその声が男であることだけしかわからない。

(なんだ? まだ鉱山の中に留まっているやつがいるのか?)

鉱山内はすでに捜索を終えている。見落としがあるとは思えないが声がするのだ。訝しく思いながら下を覗き込むとそこにいたのはここにきてから一度も顔を見ていなかった人物だった。

「導師イオン、こちらにご足労願えるか」
「……ヴァン。今までどこに……」
「紫のもやを調べていたのです。この先に原因があるかもしれません」

それでどうして呼ばれるのか、と思うものの原因の欠片でもわかればそれに越したことはない。一人でヴァンに相対するのはどうかとちらと頭を過るが、ルークと出会ってしまうよりよほど良いだろうと切り替え、下へ続く道を踏み出した。
この先へと促した先はやはり鉱山の奥だ。警戒しながら、しかし必要以上に固くならないよう注意を払いつつ進む。最初こそ話を向けてきたヴァンだったが次第に口を開かなくなっていった。

「……どこまで行くのですか?」
「もう少しです」

フローリアンでないとは思われていない。その点では安堵した。
カツンコツンと足音を響かせ、淡く光る紋様を目にした時ようやく目的地に着いたのだと理解し、そしてシンクは顔を歪めた。この場所は今の今まで知らなかった。しかし 目の前にある扉が何かは分かってしまった。刷り込みが、シンクにそれを教えるのだ。

「ここは……。セフィロトですね。ヴァン、いったい何を?」
「ダアト式封咒を解いてもらいましょう」

シンクはここにきて動揺した。それを隠して会話を続ける。

「この先にはパッセージリングしかありません。紫のもやは関係ないと思います」
「いいや、解いてもらう。そのために連れてきたのだ」

シンクを見る目はもはや導師イオンを見てはいなかった。それはレプリカとしての存在を捕らえる目だ。指示に従わない場合は覚悟しろという強い意志が感じられる。

「ご存じでしょうが……僕では完全な解呪はできません。特に今の状態では……」
「途中まででも良い。やってみせろ」

ふっとここに来たのが自分で良かったとシンクは思った。完全に解呪することができるイオンがもしこの場にいたら易々と開けてしまうし、フローリアンも七割は解呪できるだろう。だが己は違う。今そのことに初めて感謝しても良いと思った。

「わかりました。離れていてください」

(ボクの導師の力は弱い。なんであいつはそんなボクにまで刷り込みにダアト式譜術を入れたのかと思っていたけどここでその知識が役に立つとは、ね)

初めて解放した導師としての力の行使は思った以上に体へ負荷がかかった。

(道理で、あのイオンには使うなと言っただけはある。……きつい)

はぁ、と息を吐いて扉を見ると中途半端に解呪しかけていた。しかしどこも開いた部分はなく振り向かないままにやりと口角を上げる。

(そうさ、ボクには開けられない。三割解除ってとこかな。これでいい)

ヴァンにさっと向き直って申し訳ないといった表情を作る。

「すみません。もう少し解呪できれば良かったのですけれど……。アクゼリュスに来てからあまり調子が良くないのです。連日動き回っているせいかもしれません」
「……力が出せない状態だと? なぜだ。やはり被験者に比べ音素の影響を受けてしまうということか……。今倒れられると困る。今後は考えて動くように」
「そうですね。気を付けます。残念ながらもうこれ以上進めませんね。僕は戻りますがヴァンはどうしますか?」

この周辺を調べると言うヴァンを背にシンクは来た道を戻り始めた。
こつこつと軽い音を立てて歩き姿も気配すらも遠くなったと感じたとき、どっと汗が噴き出た。心臓が激しく跳ね息苦しい。
はっと短い息をついで岩肌をぎりりと掴む。

(くそ、ヴァン……。なんなんだよ。さっきのは。ただの気迫じゃない……。なんだ? あの感覚。内側から何か……刷り込み? ボクに? まさか)

シンクは紛れもなく自分自身の意思でダアト式譜術を使った。しかしヴァンから与えられた圧を受けて自身の内側から声がするようだった。力を使え、と。

(ボクは、ボクらは……ディストに創られた。でもヴァンやモースも噛んでいる。特殊な刷り込みの可能性は否定できない……)

やけにぼんやりとする頭を振ってギリ、と拳を握る。
ここに立ち竦んでいる場合ではないのだ。ヴァンが何かをしようとしている。それを皆に伝える必要がある。

(面倒だけど、ルークにはしつこい位、この可能性について言ってやらなきゃね)

そうしてシンクは駆け出した。鉱山内はシンク本来の動きで疾風のごとく走り抜け人の目に触れそうな所では導師として怪しまれない程度に急ぐ。

「あっ! イオン様! も〜ずっと探していたんですよぅ! 一人でどっか行かないでください!」

わざと撒いたアニスが焦ったように、そして安心したように駆け寄ってくる。それににこやかに謝罪し、人を連れてくるよう頼んだ。自分で探し回ってもいいが、すれ違っている時間はないのだ。

「今すぐに、戻るように伝えてください。大事な話があるのです」

シンクは部屋の中でじっと待った。いやに胸騒ぎがして落ち着かない。

(ふん、ボクらしくもない。考えろ。ヴァンはセフィロトで何をしようとしているのか。ダアト式譜術は解呪していない。もし解呪できたとしてもあの中にはパッセージリングしかない。障気の原因はあそこにはないはずだ。あれは口実……なんのための? やはりパッセージリングに用があるんだろう。だが中には……そうだまだ別の封咒が)

そこまで考えた所でフリングス少将が姿を見せそしてフローリアンが飛び込んできた。
しばしの後、ジェイドとティア、そしてアッシュとルークが姿を見せる。

「ガイラルディア様はタルタロスから移動中です。すぐには来られません」
「わかりました。では先に情報を伝えます。ヴァンがセフィロトで何かをしようとしているようです。まだ中には入られていないようですが、目的がわかりません。あの中にはパッセージリングしかないはず……そうですね、ティア。ユリアシティで育った者としての意見を聞かせてください」

はっとしたように驚きを示したティアが動揺もあらわに目を泳がした。なぜ知っているのかと思ったものの相手は導師である。世界のことを知らない方がおかしいかも、と思い直した。さらにヴァンの妹であることから知れたのだろうと納得する。

「は、はい。その通りです。導師イオン。中に入ったとしても大地を支えるセフィロトツリーを制御する装置の他なにもないはずです」
「僕はどうにもヴァンの行動が何をしたいのかよくわかりません。……まさか、とは思うのですが……」

ティアの顔色がさっと白くなった。まさか、と口を押さえる様子を見て心配になったルークが側による。考えた所でわからないという結論に達し、数人で鉱山の奥へ行くことになった。メンバーはアッシュとルーク、シンクとティアだ。全員で行くべきだが人手はまるで足りておらず避難は完了していない。各々可能な限り早く合流することで話がついた。

「ナタリア様には私から伝えておきましょう」
「よろしくお願いします。フリングス少将。それではセフィロトへ向かう者は三十分後第十四坑道入口で集合してください。くれぐれも準備は怠りなく」

そうして面々は散り、残ったのは赤の二人と緑の二人だった。

「はぁ。疲れた。フローリアン、服返して」
「うん」
「どうした。シンク。何かあったんだろう」

常よりも緩慢な動きをするシンクに怪訝そうな顔をしてアッシュが問うた。

「あったさ。だからこんなに疲れているんだ。……ダアト式譜術を使った」

絶句した三人に手短にあったことを説明する。特にルークに念押しをすることは忘れなかった。

「いい? ルル。しっかり覚えてよね。ボクでこのザマなんだ。あんたは操られてもおかしくないレベルの刷り込みがあっても不思議じゃない。存在が割れていない今はいい。今後、もしもの時はその可能性をしっかり頭にいれなよ」
「……そう、だよな。だって、おれ……」

ヴァンの謀略によって生み出された命だ。その目的がわからない以上楽観視はできないのだと常々思ってはいたが、ここにきて唐突に思い知らされる。

「フローリアンと代わっていてよかった。たぶん君、人がなんとか通れるくらいは解呪できるだろ。ボクはまだ壁状態だった。解けかかってはいるけど、ね」
「うん。そうだと思う。でもごめんね、シンク。しんどい思いさせちゃったね……」

それにはシンクは返事をしなかったが、別にそんなことはどうでもいいと言いたげだった。






2019.2.8