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鳥籠にさようなら 5


「……ついた」
「あぁ、そうだな」
「ここが新しいおれの……ううん、おれとアッシュの家……」

静かに噛み締めるように呟くルークの表情は明るかった。


「あ! もしかして、あんたたちかい? 新しくこの家に住むのは」

後ろを振り向くと恰幅のいい女性が水桶と雑巾をもって歩いてくる所だった。

「はい」
「やっぱりそうかい! 私はエンゲーブのまとめ役みたいなことをしてるローズだよ。よろしくね、歓迎するよ。話には聞いていたけどあんた達本当にチーグルの森の麓に住むのかい?
村に近いとはいえ魔物だって出るんだよ。……悪いことは言わないから村にある家におしよ。空き家ならあるんだよ?」

心から案じてくれていることが伝わってくる。
あまり、経験したことないむずかゆさを感じた。

「えと、ローズ、さん。でもおれ、この家がいいな……」

ルークがおずおずとそれでもこの家がいいと主張したのを少し意外に感じつつ、アッシュもまた同意した。

「そうかい…2人ともここがいいんならもう止めないよ。ただし! 困ったことがあったらすぐ村に来るんだよ? いいね?」
「うん!」
「わがままを言ってすみません」

そう言うとローズは快活に笑って「双子なのに性格は全然違うのねぇ!」と楽しげに言ったので、2人は顔を見合わせて笑った。
そうだ、ここでは自分たちは双子なのだ。

「ところであんた達、名前はなんて言うんだい?」
「俺はアル。こいつは」
「ルルです!」

勢い込んで名乗るルークにまたローズは笑った。

「アルとルルだね。村の登記に載せないといけないから、片付けが落ち着いたら村に来ておくれよ」
「わかった!」
「ルルは元気だねぇ! さ、その元気で家の中を綺麗にするよ! 埃がすごいだろうから、私も手伝うよ」


右手に下げた桶はそのためだったのかとアッシュは得心し、その親切に感謝した。





「ローズさん」
「こんにちはー」

聞こえた声にローズは顔を上げ破顔した。

「いらっしゃい。昨日はよく眠れたかい?」

それに2人は頷いた。
実際アッシュにとってあれ程熟睡したのは久しぶりだった。
ローズはあれこれ2人に聞きながらお茶を淹れ、焼き菓子と一緒に2人の前に置く。
ルークが嬉しげに食べている横でアッシュはローズが用意していた書類にざっと記入し渡したあと紅茶を飲んだ。

「へぇ、あんたたち生まれはキムラスカかい。どうしてわざわざマルクトへ来たんだい?」

想像していた質問ではあったがいざ聞かれるとドキリとする。



「キムラスカにいれば、いずれ俺たちは殺されるから、きた」



ローズが目を見開いて固まった。
アッシュはある程度本当のことを伝えなければならないだろうとかねてから考えていた。
あやふやな理由を告げて、村人から向けられる疑惑の中で生活していれば、遠くない未来に支障が出る可能性が高い。

ならばいっそ、だ。
もちろん『2人がルーク』であることやレプリカであることを明かす訳にはいかないから、そこだけは言えないが。

「どうも俺とルルは揃って17歳で国のために死ぬと預言で示されているみたいだ。どう国の役にたってどういう理由でとかは知らない。キムラスカは預言ありきの国だから親も諦めた。でも俺たちは、生きたい………」
「そう、言ってみたかい? 親御さんに?」
「……いいや。言っても無駄だ。助ける気があるなら、俺を研究所に預けたりしない…」

研究所という単語に眉をしかめたローズに話をつけ加えた。
双子ゆえの不思議な力(意思疏通能力と伝えた)が国のために役立つと目された2人が受けたのは、辛い実験であったこと。
そのせいでルルは3年前に一切の記憶を失ったこと――。


真実ではないが、嘘ではない。

国が捜索することは分かりきっていることだし、ルークの記憶が3年前からしかないのも隠しようがない。


「ルルは……その実験のことは覚えてるのかい?」
「えっ、ううん覚えてない……と思う」
「こいつは何もかも、言葉も歩き方も、すべてを忘れて赤ん坊のような状態からやり直したので、覚えていないようです。それにあんなもの……覚えていない方が、いい……」

アッシュは幼い頃受けた検査を思い出した。
あれをルークもされてなくて本当に良かったと思う。
忘れたくても忘れられない、自分が人間でないようなあの――。


「アル」


ふとルークがアッシュの手を握った。
ハっと前を見ると心配そうに眉を下げ覗きこんでいるルークと、暖かい紅茶を淹れ直してくれているローズが目に入った。

「2人ともいろいろなんて言葉じゃ言い表せない経験をしてきたんだね。2人が望むならこの村は2人を歓迎するよ。ただ登記は隠せないから表向きアルとルルは孤児で、私の養子ということにしようと思うんだけど、気を悪くするかい?」

2人はあんぐりと口を開いた。

「え、だってローズさん、えと、アル?」
「もし、もしキムラスカが俺達に気付いたら、その時どうなるか……」

2人は本気で狼狽した。
この村の片隅に置いてもらうだけでも迷惑をかけると分かりきっているのに、さらに危険に晒してしまう。

「大丈夫。私は人を見る目は昔からあるんだ。私の選んだ旦那もいい人だったしね。……確かに、あんた達は私なんかには分からない何かを背負ってるんだと思う。
でも私は2人を気に入ったんだ。で、この村に突然子供が2人住み始めても不自然じゃない一番の理由は養子。理由はね……私が旦那も息子も戦争で亡くしてるからさ。寂しさから養子をとる。これはどこでもある話だからね。
これはわたしが勝手に提案してることだから、わたしがその結果どうなろうとアルとルルの責任なんかじゃないんだよ」

真剣に自分たちをこの村に置いてくれようとしているんだと感じ胸に熱いものが広がる。
しかもその身内を失った戦争とは、キムラスカ・ランバルディアとの戦いでしかありえないのに。

アッシュが隣を見ると、ルークは既に泣きそうになっていた。

「あとは2人の気持ち次第だけど、今すぐ決めなきゃいけない訳じゃないからね。しばらく考えてみるかい?」

アッシュは首を降って「ご迷惑じゃなければ、お願いします」と頭を下げた。
それにローズはにっこり笑って、いつか愛称じゃなくて生まれもった本当の名前を教えておくれよと言ったので、2人は心底飛び上がりそうになり、さらにローズの笑いを深くしたのだった。

晴れてローズの養子として村に迎え入れられた2人はチーグルの森、その麓で生活を始めた。