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鳥籠にさようなら 51


「よし、安定したね。アルは『無効』、ルルは『操作』の言葉を削り取って分解して」

シンクの言葉に頷き、慎重に超振動の力を文字へ集約させる。少しずつ文字を分解し、他の部分と同じものへ再構築する。それをただただ繰り返していく。

「はっ、はぁ……うっ」

ルークの息が上がってくる。体の内側から第七音素が震えるようだった。

(気持ち、わるい……。早く、早くしないと……。やばい、これ)

逸る気持ちを抑え込んで力を操るが、だんだんと体が力の行使を拒むようだった。それでもなんとか手をかざすが指先から冷えていく。残るはあとフォニック言語一文字だ。
諦めて堪るかとフォンスロットをより開放した時、なにかパキンと音がした。
なんだろうと思うが、頭はぼうっとしていて働かない。そうこうしているうちにいつの間にかシンクがルークの肩を掴んで終わりだと告げた。

「ルルが限界だ。アル、それ終わったらルルの方続き削って」
「わかった」
「ルル、もうやめるんだ。これ以上は……ボクらの体は耐えられない。よく知っているでしょ」

シンクの言葉を聞いてふっと力を抜いたルークが座り込む。まだアッシュは立っているのに、と悔しく思うがこれ以上はどうやっても続けられないのだ。そのすぐあと、アッシュは操作無効というヴァンが書き込んだ命令を分解、再構築を終了した。

「く……どうだ、ティア」
鈍い動きで振り向いたアッシュの視線の先で絶えず指を動かしているティアがいる。
なにこれ、どうなっているの、ここをこうして……違う、など混乱も顕わにぶつぶつと独り言を言っていたが、しばらくするとパッセージリングに新たな文言が現れた。古代イスパニア語で〈通常稼働維持〉と。

「やった、のか……? アル。体はだいじょうぶ?」
「俺は少し体が重いくらいだ。ルルこそ辛いだろう。立てるか」

アッシュの肩を借りてルークは立ち上がった。そして三人でティアも元へと急ぐ。

「どうなったんだ、ティア」
「兄さんが与えた命令は白紙になったわ。でも……止まりかけたものが元通り動くまでに少し時間がかかりそう……。少し沈んでしまうかも。早くアクゼリュスから離れたほうがいいわ。それにあそこの表示が気になる……」

ティアが不安そうに指示した所には耐用年数超過を示す注意文が浮き上がっている。

「冗談じゃないね。二千年で壊れるようなものの上に大地を作る? 普通」
「えっいや二千年って凄くね?」
「普通の音機関ならね! 世界の根幹にしてはお粗末すぎるよ。とりあえずここの構造覚えて戻るよ」

パッセージリングから離れたもののすぐにアクゼリュスの街中には戻れなかった。ヴァンによって壊された扉の代わりに大きな石を運び積み上げていく。どけてしまえば入れてしまう急拵えの障害物だが今はそれ以上の手段はないのだ。しばらくそこで時間を消費してしまったが最短で戻りフローリアンやアニスに起こったことを知らせる。

「なんてことを……! アニス! ヴァンが連れてきた神託の盾騎士団の招集を。導師命令で即刻アクゼリュスから人々を連れて撤退します」

すぐに集合したフリングス少将とナタリアにもことの次第は伝えられ戸惑った様子を見せつつもしっかりと頷かれた。

「正直なところあまり理解はできていませんが、この地を支えていたものが崩壊しそうだと、そういうことですのね。わたくしも避難を呼び掛けましょう。フリングス少将、全員をタルタロスに搭乗させることは不可能ですわ。どうされますの?」
「カーティス大佐とガルディオス伯爵はすでに近くの街へと何往復か民を輸送しています。しかしそれでも確かに乗せきれはしない……。頑強なものには徒歩での移動を促しましょう。護衛は我らが引き受けます」

最後まで避難に難色を示していた者たちであっても、さすがにこの地が地震に見舞われる可能性が高いと言われ重い腰をようやく上げた。街の全てが鉱山にかかわるアクゼリュスの人々にとって地震の恐ろしさは説明されるまでもなく身に染みて知っている。
火の付いたような勢いで住民を追い立て街を後にしようとする頃には無視できないほどの振動が足元から伝わった。
どこからか岩が砕けるような音がする。

「地割れが起こっている……。どれくらい沈んだ……?」
「わからない。わかるのは一刻も早く退避する必要があることだけだ。今はそれだけ考えろ」

載せられるだけタルタロスに押し込み、残りの人々を平地へ集めた。ここからは大人数を連れての避難だ。魔物がいる地を横切るにあたって他のことに気を散らしていては守れるものも守れない。
そう気を引きしめて護衛に徹し、最寄りの街へ人々を導いたが、やはり全員無事とはいかなかった。体の疲れだけでない重さがずしりと胸を押しつぶすようだった。

「ルル、少しいい?」
「……ティアか? 入っていいよ」

今いる場所は避難先の村人によって急ごしらえで提供された家だ。しばらく空き家だったらしく少し埃っぽいが寝床と屋根があることに感謝すべきだ。そもそも大多数の避難民は広場でテントを張っている。マルクト軍として使用するからこそ家があてがわれた。感謝こそすれ文句などありようもない。
静かに入室してきたティアの顔にはルークと同じように疲れが色濃く滲んでいる。癒しの術を使うティアは休む間などなかった。それでも青い目はしっかりとルークを見ている。まだ休む気はないという気迫を感じる。

「なんか、あったか?」

重く感じる体を持て余し横になっていたが肘を付いて視線を合わす。

「そのままでいいわ。いえ、むしろ寝ていて。ルル、あなた体が重いんでしょう」
「うん。めちゃくちゃダルい」

この様子を見られてまで誤魔化す必要はないので苦笑して答えた。

「情けないよな。みんな働いているのに」
「……違う、と、思うのよね」

なにが? という思いがルークの頭を満たす。その表情を見てティアが首を振った。

「ごめんなさい。ちゃんと言わなきゃわからないわよね。疲れももちろんあるでしょうけど、その疲労は超振動の影響だと思うの」

あぁ、とルークの口から吐息とも付かない声が出る。なんとなくそうだろうなとは思っていたのだが、やはりその可能性が高いのかと天井を見る。

「……うん、そうなんだろう、な」
「少し手に触るわね。……なにかしら……音素が乱れている……?」

ルークはそれはもう乱れまくっていても不思議じゃないな、と思った。

「私にはあなたに何が起こっているのかわからないわ。でも音素の乱れだとしたら整える手伝いくらいはできる」

ティアの誘導に従い第一音素から第七音素までを調律するように音素を動かした。あまり効果は認められないとティアは顔を曇らせたがルークは続けた。次が第七音素だ。

(まぁ、おれに効果が出るとしたらこの音素しかないんだけど)

他の音素の時とは桁違いに体内の音素が整っていくのを感じる。ティアが目を見張る様子を視界の隅に捉えたが今は集中した。

「……ん、楽になった、かも?」
「そう、よね。超振動は第七音素だものね……?」

ぱちぱちと目を瞬くティアは戸惑ったようにそう口にした。ティアが想定していた結果とはあまりに違ったからだ。

「楽になったのなら、寝た方がいいわ。私はもう行くわね」
「ありがとな、ティア」

にこりと笑んだティアが部屋を後にしてほどなくルークは意識を手放した。
眠りに落ちたもののルークの一部の意識はなぜか落ちず暗闇の中を揺蕩っているような心地がした。

(寝てる……よな? これ、夢か? 何にも考えずに今は寝たいのにな……)

ぼんやりとそう思っている内に、何かを感知する。

(アッシュ。あぁ、あれ、アッシュだ……。なんでおれの中にアッシュがいるんだろう。夢って本当に意味わかんねぇよな。なぁアッシュ、おれも、そっちに行きたい……こんな所で寝てないで、アッシュと一緒に、いたい……。アッシュ……) 

暗闇の中でもどかしい思いを抱え更なる闇に落ち今度こそ意識を失った。






2019.3.2