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鳥籠にさようなら 55


しばらくグランコクマに滞在していたフローリアンだったが、その後バチカルへと赴いた。表向きは戦争の調停役として訪れたためすんなりの玉座へと通される。

「預言に従い、ナタリア姫となり育てられたメリルを引き受けに参りました」
「何を言うのだ? 導師イオン」

てっきり戦争のことに関することから口火が切られると思っていたためインゴベルトは目を見開いてしまう。

「預言によって決められた道を歩み、罪とされるのであればその者を守ることも教団の務め」

高い天井に響くフローリアンの声はキムラスカ王への敬意はあれども、畏れの響きはない。すっと視線を動かし、大胆にも王の左手に佇む者を視界にとらえた。

「大詠師モース。なにゆえこのような混乱をキムラスカにむざむざ撒いたのですか」
「混乱を招いたのはナタリア姫の名をかたりしメリルですぞ。導師は勘違いなさっておいでだ」

モースの声は高く、正義はこちらにあることを疑わない声色だ。

「そのことではありません。いいえ、メリルのことも確かにあります。それ以上に貴方はとんでもないことをしでかしてくれましたね」

カツン、と杖を打ち鳴らす。
厳かな空間に反響し大きな音を拡げた。

「教団はこの戦争を認めないことを通告します」
「何を仰る。我が国は正当な王位継承者を失った。ナタリアとして育てた者が我が子ではないと分かった今、ルークを奪われたとあっては戦争を止めることなどできない」
「アクゼリュスで弑されたと?」
「無論。これで王家の血は絶えたのだ。あちらの血が絶えるまで終わることはない」
「そうですか。それではキムラスカに正当性はひとつもない。もしも強硬的に開戦を推し進めるというのであれば、ローレライ教団の総力を持って抑え込むことになるがよろしいか」

大詠師モースが憤怒も顕わな表情で何を、と叫ぶがそれをフローリアンは片手で押しとどめた。

「ルーク・フォン・ファブレ殿は生きていらっしゃいます」
「でまかせを……それならばなぜここに連れてこないのだ」
「ここにお連れすれば今度こそ、彼は失われるからです。意味はおわかりですね。彼の身柄は引き続き教団にてお預かりいたします。同じくメリルも引き受けます。アリエッタ!」
「はい、です。イオン様……」

瞬間的に魔物の背に飛び乗ったアリエッタの姿が風のように消えた。魔物にはナタリアの匂いを覚えさせている。遠からずナタリアを助け出してくるはずだ。色めき立つキムラスカ兵をその場に留めるようにアニスの人形が巨大化し周囲を睥睨する。

「連れ去るおつもりか!」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。陛下。その方が陛下のためなんです」

途端怯んだような表情を浮かべるインゴベルトを見る。
まだ手遅れではないのかもしれない、とフローリアンは感じた。

「私にご不満や疑問がおありでしょう。改めて会談の場を正式に設けます。全ては、その時に。陛下もよくよくお考えください。預言とは何かと。それを考える時が来たのです。ここで明言しておきましょう。預言に唯々諾々と従ってきた我々は変革の時を迎えています。新たに自分の力で歩む時が来るのです」
フローリアンが謁見の間で宣言した同じ頃、バチカルで民たちがざわめいていた。
上層階でゆったりと手を拡げよく通る声で話すものがいる。緑の髪を揺らし、高く教団の杖を掲げている。

「そんな……預言で……ナタリア様が……?」
「ナタリア殿下は預言に従い、姫となられた。それを今、王は断罪しようとされている」
「なぜ! 預言に従うことは正しいことのはずです! 導師イオン、どうしてそのようなことに!」

名を呼んだものの方に、ゆっくりと彼は顔を向けた。

「確かに今まではそうでした。預言は全てのものの道標。預言を守ることは疑いようもないことでした。今までの理に(ことわり)従いナタリア姫となられたメリルは裁かれる道理がありません。教団は彼女を保護します」
「そうだ、ナタリア様は俺達を見捨てなかった! 病院を作ってくれたのもナタリア様だ!」
「王様を止めるんだ!」
「みなさん、力を貸してください。そうしてこれから考えてください。預言とは何なのかを考える時が来たのです。今日のことは預言に記されていない。だからといって恐れることは何もありません。ナタリア姫を救いたいと思う心それが全てです。預言に従ってきた我々は変革の時を迎えています。新たに自分の力で歩む時が来るのです」

同じく下層階でまったく同じことを民に伝える導師イオンがいる。

「何も考えずに生きていく時代は終わりを迎えます。しかしこれは、このことこそがユリアの望みしこと。詳しいことは近々、教団から正式に報せが出ます。どうかそれまで皆さん、たくさんこの世界のこと、自分達の生き方について考えてください」

(そろそろ時間だ。……これ以上こいつらを抑えるのは難しい。頃合いだね。暴動になるかどうか賭けるなんて、たいがいフローリアンも突き抜けてる)

控えさせていたアリエッタの友達の足の上に立ち、普段浮かべない柔らかい笑みを顔に乗せつつシンクは空高く舞い上がりバチカルを後にしたのだった。
この日バチカルに導師イオンが三人いたことは、知られていない。





会談の場をユリアシティとしたいというフローリアンの提案をテオドーロは最初とんでもないことだと固辞した。
隠された監視者の街が外殻大地の人々に知られることを恐れたのだ。
預言ありきの街で、よりにもよって預言の是非についての会議など到底許容できないと首を振った。
しかし、数日をかけじっくりと丁寧に今の地上の状態を伝えられるにつれ、だんだんと耳を傾けるまでになり、さらにきっかけもなく戦争が起ころうとしているという捻じれについて説明を求めると渋々と重い口を開いた。
多少の違いは、預言の修正力が働くのだと。
それに対してフローリアンはことさらゆっくりと話した。
キムラスカの武器となるはずであった聖なる焔の光は、国から派遣されておらずパッセージリングは壊されなかったこと。
その代わりは、ヴァンが行ったことをもって条件を満たしたとして修正されたのかもしれないが、現状不安定な状態になっている外殻大地のことは些細なこととは言えないのではないかと。
そもそも預言には外殻大地すべての消滅など詠まれていないのだ。
噛んで含むように聞いていたテオドーロであったが、ヴァンがパッセージリングを壊そうとしたことは初耳であったらしい。
驚きを見せたが預言を遵守しようとした故の行動だろうと納得しようとしていた。

「いいえ。そうではありません。彼は預言を憎んでいる。彼の目的は預言にない者たちの世界へ作り変えることです。これは協力者であった六神将のディストを捕らえた上で得た情報であり間違いありません」
「導師イオン、預言に詠まれないものなど存在しない。ご存じでしょう?」

それには答えず、そのことを含めて話し合うのが会議だ、とフローリアンは主張し紆余曲折を経て、テオドーロは会談の場を提供することを受諾したのだった。
そうして設けられた会談の場には、ごく限られた人数のみ入ることが許され、マルクト帝国、キムラスカ・ランバルディア王国、ローレライ教団、そしてユリアシティそれぞれの首座と必要最低限の随従のみが顔を合わせている。
キムラスカ王のそばに控えるのは元帥でもあるファブレ公爵であり、マルクト皇帝にはジェイドがついた。
本来であればジェイドでなく、もっと高位の階級者が立つべきであるが死霊使いかつ懐刀として名を知らしめているため抜擢されている。
ただ、これは表向きでしかない。この場にジェイドを入れない選択肢などなかったのだ。今後のためにも。
ユリアシティという未知の場所に足を踏み入れたことで、逆に冷静になったように見受けられるインゴベルトは、開戦について自ら口にすることはない。
導師イオンとして振る舞うフローリアンの話に耳を傾け、ユリアシティから世界の成り立ちについて聞かされ、小さく息を吐いた。

「なんともまぁ、なかなか信じがたいことだと言わざるを得ない。得ないがしかし……この街を知ってしまった今となっては一蹴できる話ではない」
「この世界は預言ありきで進んできた。だがマルクト帝国のみならず世界が滅ぶという預言に納得しろと言われてもそれはとても受け入れられないな」
「キムラスカとマルクトの戦争は、世界の滅びに繋がることだと納得いただけたのであれば、双方矛を収めてください。その上で問いたいのです。預言をこれまでと同じく妄信していきますか、と」

預言を何よりも遵守すべき立場にある導師イオンのこの発言はインゴベルトとクリムゾンを揺さぶったようだった。
それはそうだろう。
モースの口車に乗ったとは言え、預言によってこの二人は様々なことをなしてきたのだから。
この揺らぎをフローリアンは見逃さなかった。
ここが押し時だ、と内心気合を入れ直す。

「たしかキムラスカはルーク殿の命があるかどうかを気になさっておいででしたね。生きている訳がないと確信していらっしゃるのであればさぞ不思議でしょう。お会いになられますか」






2020.5.2