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鳥籠にさようなら 8


「ん……」

アッシュはぼんやりと目覚め、体が重く、酷い疲労感があることに疑問を覚えた。

ここ、は――。


「っ!」


今までの経緯を思い出したアッシュは跳ねるように起き上がり、その拍子に少しくらりとした嫌な感じを覚えた。

(ルーク)

目眩の影響で、ちかちかする視界の中、アッシュは必死にルークを探し、隣のベッドに眠るルークを見つけほっと息をついたのだった。

「ルー……ルル……起きろ、ルル」

緩く肩を掴み、揺らす。
ルークと呼び掛けて止めたのはこの部屋が見張られている可能性があるからだ。
しばらくすると、ルークの瞼が薄く開き、しばらく茫としていたが、アッシュを認めて腕を伸ばした。

「ルル……」
「アッ……。アル……アルが消えちゃうかと思った」

涙を滲ませるルークにアッシュは苦笑して「わるい」とだけ言い、手を貸してなんとかベッドに座らせる。
ルークもまた疲労が色濃いようで、体が重い、と不安げな様子だ。

アッシュが口を開こうとした時、軽く扉がノックされ、一拍ののち長身の男が入ってきた。

「お加減はいかがですか」
「……いいように見えるか」

端から見ても2人の顔色は優れなかったのでジェイドはいいえ、と答えた。

「しばらく、ここで休んで頂きます。そして回復されましたら」

不自然に言葉を切り、また口を開く。

「お二人とも、ご同行をお願い致します」

「……嫌だと言ったら」
「手荒なことはしたくありません」

赤い目で見つめられたルークはひっと震えた声をあげてアッシュにしがみついた。

「そんなに怯えないで下さい。何もとって食う訳ではないんですから。身の安全は保証しますし、事と次第によっては貴方達の味方になり得るかもしれません」

それにアッシュは鋭い目を向けただけで何も言わなかった。

「アルとルル。その名は本名ではないとは思いますが、時がくるまではあえてそれについて追及は致しません。……まずはお休みになって下さい」
「何も、きかない?」

ルークが不思議そうに言った。

「今は、です。あなた方の事情については後日、別の者が伺います」

アッシュにとっても、意外といえば、意外だった。
すぐにでも身元を割りだし、キムラスカに返還されるものと考えていた。

今すぐにどうこうされる訳ではない、ただそれだけだ。
しかし今はそれで十分だと感じ、アッシュは不安げな様子を見せるルークの手を握った。





それからちょうど1週間後の夕方、ジェイドは1人の男を連れて部屋を訪れた。

「今から貴方たちの事情について聞かせて頂きます」
「えっ今から…?」

ルークが小さく、お腹すいた、と呟いたので、アッシュは焦ったが、連れてこられた男が軽く笑った。

「前の仕事が長引いてな、こんな時間になってしまった。悪いが少しだけ付き合ってもらうぞ。ちなみに俺は1時間後には出なくてはならない。本当は違う所へ移動してもらう予定だったが、ここで始める」

突然の成り行きに戸惑ったが、囚われの身だ。拒否することはできない。
アッシュは男を見て何かひっかかるものを覚え内心首を傾げた。
ジェイドの軍服とは意匠が違う。おそらく将校の。

(でも、なんだ?何かが違う)

「では、始める。できるだけ正直に答えてくれると話が早い。アルとルル、年齢は共に13。誕生日まで同じだが……。双子か?」

「……双子ではありません」
「双子ではないのに、そこまでそっくり同じなのか? まぁ色合いから見て血縁ではあるようだが……。ルルの方が柔らかい赤だな、覚えやすくて良い。な、ジェイド?」
「そうですね。……ところで貴方には時間がないのですよ、お分かりですか」
「あー、わかってる、わかってる」

ジェイドに向いていた顔が時計を見、そして改めて2人の方に向けられた時、アッシュとルークは驚いた。
まるで、雰囲気が変わっていたのだ。

「では、端的に聞くとしよう。アルとルル、どちらかがキムラスカ・ランバルディア王国第3王位継承者ルーク・フォン・ファブレ殿だな。キムラスカから捜索要請がきている。どちらだ?」

恐ろしいほどの直球で、しかも迷いなく問うてくる。
核心に触れられたことで改めて躊躇った。

できれば誤魔化したかった。
だが、譜術が解けた今となっては身に纏う色彩からして否定することなど白々しい。

ルークはずっと黙って、アッシュがどう判断するのかを待っていた。


「……『ルーク』か。どこまででもその名は追いかけてくる……」

「答えになっていないぞ」

「では、答えよう。俺たち2人とも『ルーク』だ。もっともキムラスカはルークは1人だと信じて疑っていない」

男は素早くジェイドに目配せし、ジェイドは少し眉を寄せ首を振った。

「2人とも内密にファブレ家で『ルーク』として育てられた、ということですか?」
「違う。2人とも屋敷にいたのは確かだが、同じ時を過ごしたことはない。両親すらルークが2人だとは知らない。俺は『ルーク』。そしてこいつは『今のルーク』だ」

男が息を吐いて疲れたように言った。

「……頼むからわかるように説明してくれ」

アッシュは詰まった。

わかるように説明するということは、それは――。



「……おれが言ってもいい?」


驚いたアッシュが口を開く前に、ルークが小さく震える声で言った。


「おれ、レプリカ……なんだよ」





「な、に……?」
「……まさか」

2人の視線が集中したことでルークは居心地悪く感じアッシュの腕をぎゅっと握った。

「……それが本当かどうか証明できるのですか」

ジェイドは押し殺したような声で問うた。
ルークはジェイドの赤い目がずっとずっと怖くて仕方なかったのだが、今の赤い目は何故だかちっとも怖くなくて、
じっと見つめていると向こうから視線が外されてしまった。

「検査をすれば。……固有振動数も同じ、遺伝子情報も何もかも同じものがでる」
「そこまで全て合致することは、無機物であっても難しいことだが?」
「俺たちは、完全同位体だ」


このアッシュの言葉が2人にもたらした衝撃は余りあった。
男は天を仰いで額に手をあて唸り、ジェイドは明らかに顔色が白くなっている。

「今はこれ以上聞くまい。時間もあと残り僅かだ。……アルが『ルーク』でルルが『レプリカルーク』か……」
「どう、致しますか」
「キムラスカに、か? 見つかりましたと報告すべきだろう。しかし何もそれは今でなくてもいい。まだ何も事情を聞けていないからな。アル、ルル」

成り行きを見守ることしかできなかった2人は唐突に話しかけられて、びくっとした。
それに小さく笑った男は言った。

「お前たちはお互いを何と呼んでいるんだ?」
「あ、えっと……アッシュ?」
「なんで疑問系なんだ」
「ごめん」
「俺は……こいつが生まれた時からルークと呼んでいる」

男は少し面白そうにアッシュとルークを見て破顔した。

「そうか、アッシュにルークか。まだ名乗っていなかったな。俺はピオニーという。今度はもっと時間を作っておくから、またその時に詳しい話を聞かせてくれ」

それだけ言うと慌ただしく席を立ち、ジェイドを伴って部屋を飛び出していった。





「……えぇと、終わり?」
「あぁ。キムラスカに今すぐ帰されることはなさそうだな。それよりルーク」
「なに、アッシュ?」
「マルクト帝国の殿下の名前、覚えてるか」

ルークは少し考えた。王位継承者上位から呟き、そして。

「んと、あと……ピオニー・ウパラ・マルク…ト………あ、あれ? ピオニー? ……うそ」


アッシュは疲れたように息を吐きながらも、手間が省けてよかったかもしれないなと頭の片隅で思った。