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鳥籠にさようなら 9


「ふわあぁぁ、海だー」

アッシュは甲板を駆け出しそうになったルークの腕を掴んで引き戻した。
前に行こうとしていたのを止められてルークの髪が慣性に従って揺れる。

「アル?」
「大人しくしていろ」
「え、でも、海……見たい」
「この間見ただろ?」
「暗すぎて見えなかったよ」

その様子を船の内部から出てきたジェイドは興味深そうに見てから声をかけた。

「かまいませんよ。私の目が届く範囲でしたらご自由にどうぞ」
「ほら、良いって!」

うずうずと体を揺らすルークの様子に、なんだか引き留めているのも何な気がしたので手放した。

「落ちるなよ」
「うん!」

跳ねるといった表現がふさわしいと言えるほど、ルークは楽しげに走り海を見ては甲板を駆けた。
アッシュは特に海を珍しいとは思わないので動かない。

それよりも後ろにいたジェイドだったがふと思いついてアッシュに近づいた。

「ルルは海を見たことがなかったんですね」

それにちら、とアッシュは視線をやって、すぐに前を見直した。
今、本名を使わないのには理由がある。
この船はマルクト船籍の船だ。
だが、どうやら2人のことは内密にすると決定されたようで、他の兵は2人が誰なのかを知らない。
今は絶えたマルクト貴族の血をひく可能性がある2人として護送されているのだ。

「海どころか、ルルにとっては何もかも見たことがないものばかりだ。あいつは……生まれてから、ついこの間まで屋敷の中から出ることはできなかった」

ジェイドは不思議な気持ちで、今は茶色へと変わっている頭を見下ろした。
13という歳にふさわしく未だ幼さが残る風貌の中、目だけが酷く大人びている。
それが、王族としての生まれからきているのか、今までの経験からきているのか、今はまだわからなかった。

「ルルはいくつですか?」
「生まれて3年と少し」

ジェイドは内心盛大に舌打ちをした。
少なくとも3年以上前、諸々の準備期間を含むと4、5年前には情報が漏れていたことになる。

苦々しい気持ちを綺麗に隠して、遊びたい盛りですねと呟いた。


「アルーっ! 向こうに何か見えた! アルも一緒に見よー!」
「あれでも、だいぶ抑えてるんだ。……外見相応のことをルルは求められてきたから」

それだけ言ってアッシュはルークの方へと歩いて行ったので距離を置いてジェイドもついて行く。

「ほら、あれ。建物みたいに見える」
「陸地だな」
「あぁ……もう見えたんですね。目的地はあそこですよ」

「なんていうとこ?」
「グランコクマといいます」

ルークはアッシュと顔を見合わせてからジェイドを見た。

「首都の……?」
「はい。ここまで近付いているとなるとそろそろ下船の準備をしなくてはなりませんね。アル、ルル、船室に戻りましょう」

戻る道すがら、ジェイドは改めてルークを見ていた。
隣を歩くアッシュと何も変わらない姿。
やや幼い仕草をするので受ける印象は自然と異なってくるがやはり『同じ』だ。
常軌を逸しているわけでも気が触れている様子もない。


――あの時とは違う。



船室へ戻り、城へ入る時の最終確認をしながら2人が服を着替えるのを待った。
手早く着替えたアッシュは、カラーのボタンと悪戦苦闘しているルークを手伝い始める。

これもまた、ジェイドにとっては意外なことだった。

「到着したようです。アル、ルル。準備はよろしいですか」
「あと少し……いいぞ、ルル。あとは髪を結べ」

ルークは慌てて髪を一纏めに結び、アッシュは三つ編みを編んで垂らした。
マルクトの首都、グランコクマであってもキムラスカの細作が目を光らせていると考えなければならない。
髪と目の色を変えているとはいえ、容姿は変わらないのだ。
長い髪は隠すと不自然になるので、あえて隠さない。
それでも多少なりとも印象を変えるつもりだった。

「では、行きましょう」





船室を出て甲板に出ると目の前には美しい街が広がっていた。

「きれいな、街……」

ルークが呟くように言った通り、アッシュもまた同じことを思っていた。

「こちらへ」

自然に足を止めてしまっていた2人はハッとして歩みを進めた。

「カーティス大佐、お疲れさまです」
「出迎えお疲れ様です。さっそくですみませんが、このお二人の下船許可願います」
「報告は受けています。エンゲーブにいらっしゃったお2人ですね? 少々お待ちを。 報告書通り……茶色の髪で、双子、ですね。下船許可します。このまま城へ行かれるのでしたら兵をお貸ししますが」
「いえ、お気持ちだけ頂きますよ。事を大きくしたくないとの仰せです。まだ最終的な身分確認も済んでいませんし、私の配下のみでお連れします」

やんわりと申し出を拒否したジェイドは言葉の通り少人数のみを周囲に配置した。
ルークは恐ろしいような、それでいてどこか期待が混じったような感覚を覚え、
アッシュは同じ首都といえどもこうのバチカルとは違う雰囲気なのかと驚いていた。
港から街を通り、貴族の屋敷が並ぶ道を通ると嫌が応でも人目を集めずにはいられず、少し居心地が悪い。

「みんな、見てる……」

ルークがそっと手に触れてきた。
アッシュは大して気にならないが、多くの人前に出たことがなかったルークにとってはそうでもないらしい。

「見てるだけだ。何もしてこない」
「うん……」

頷いて、そこからは沈黙が続いた。