「んん?今俺ら何した?」

「キス、したわねぇ」



お互い不思議な顔になった。













雲がなく、月明かりが煌々とした夜、ユーリはお気に入りの木で寛いでいた。



「ユーリ、お邪魔するわよー」

「またかよ、おっさん。最近よく来るな?」



近頃レイヴンはこの場所が気に入ったようで、たまにユーリより先に居ることさえあった。



「ユーリだけの場所だったのにごめんねー。嫌ならもう来ないけど?」



それにユーリは呆れたように笑う。



「ここは誰のものでもねぇよ。ガキでもあるまいし、んなことで気ぃ悪くしねぇしな。それよりほんと気に入ったみたいだな?」

「そうなのよ。ここ風が気持ちよくてね〜。……楽なんだわ」





言いながら、レイヴンは親指で自身の胸を示す。





心臓魔導器。





レイヴンは多くを語らないから、ユーリは――もちろん仲間たちも――それについて詳しく知らない。

また、そうそう簡単に聞いていいことではないという思いもあるから尚更だ。



常に胸に違和感を覚えているのか、そうではないのか。

秘奥義のあと、苦しんでいるから感覚がまったくない訳では有り得ない。



なんとなくレイヴンに右手を伸ばす。

緩い服の合わせに人差し指をかけ右に引っ張ると、心臓魔導器の一部、金属部分が見える。

今は見えない本体は赤いのだと、知っている。

その赤は心臓魔導器の色なのか、それとも――。



ふっと右手がレイヴンの左手に包まれた。



「おっさんの心臓魔導器気になる?」

「まぁな」



そして気付いたら、何故か2人は唇を合わせていたのだ。













「不思議なこともあるもんね。青年とキスするなんて思ってもみなかったわよ」

「そりゃこっちの台詞だよ。どういうことだ?」



2人して首を捻ってしまった。



しかし、はたとレイヴンは何か気付いた顔をして今度は意図を持ってユーリの顔を引き寄せ、口付けた。





「わっなん、だよっ」

「そうか、そうだったのか……」





さすがに驚いた反応を見せるユーリをそのままに、レイヴンはぽつりと呟いた。





「俺、ユーリが好き……みたい」

「みたいって」

「自覚がなかったんだからそう言うしかない……」



声の調子が異なっていることに気付いたユーリが、俯いたレイヴンの顔を覗きこむと、ひどく真剣な顔をし、視線を落としていた。

まるでもう1人の彼である時を彷彿とさせる表情だと感じる。



「レイヴン……どうしたんだよ」

「どうもしない」

「んなわけあるか、殴るぞ」



そう言うとレイヴンは苦々しく笑った。



「一度死んでから、自分から誰かに口付けすることはしなくなった、というより……できなくなったというべきかな。

それなのに、お前には……」



そのままユーリの肩に額を当てた。





「いまさら、俺が……?」





何やら茫然自失状態のレイヴンの頭をひとつかき混ぜて、ユーリは少しどうしようかと考えた。



自分はレイヴンを好きなのだろうか、と。







そんな対象として見たことはなかったし、そんな訳あるかと思う気持ちもあるが、キスをして嫌だとは思わなかった。

なら、それが答えなのだろう。

そう結論付け、レイヴンの髪を軽く引っ張る。



「……なによ」

「俺は諦めた。あんたも諦めろ」

「何を諦めたって?」



怪訝な顔をしたレイヴンにユーリは静かに口付け、離れ際に呟く。



「……あんたを好きなわけないって抗うのを諦めた」









「ほんと青年の考え方って……オトコマエよね」

「レイヴンがぐちゃぐちゃ考えすぎなんじゃねーの?」



それに、まぁね、と答えたレイヴンは、ほぼレイヴンに戻っていた。

自分の中で何か折り合いをつけたのかもしれないが、それを知る由もない。



「ユーリは俺が好きなの?」

「多分な」

「多分って……まったく似た者同士なことね……」



お互い曖昧な感情をもてあましているようだけれども、根本にある思いは同じなようだ。



多分、恐らく、信じられないけれど、目の前の相手を好いている。



「なんでおっさんなんだろうな」

「こっちが聞きたいわよそれ。おっさんも謎よ、なんでユーリなのか……、あ、そうでもないわ」

「はぁ?」



そういえば少し前からユーリを見ては綺麗な顔だのなんだの思っていたような気がする。

そんなことを白状するのは気恥ずかしいので、へらりと笑うのに留めた。



「ま、これからもよろしくな、レイヴン」

「よろしく。じゃお互い気持ちに気付いた記念に……」

「んっ」





ユーリを背後の木に押し付けて深く口付ける。





驚き強張ったユーリの体の力が抜けるまで飽くことなく。





「……っに、すんだ。いきなり、すぎんだろ……」



少し離れ目をあけたレイヴンの視界に飛び込んできたユーリの様子に息を飲んだ。

普段からは想像できない姿がそこにあった。



「ユーリ、その色気はマズいわ……予想外すぎ、ぐはっ」



容赦なく腹に拳を叩き込まれレイヴンは悶絶した。



「いったいわね! 仕返しが強力すぎよ!?」

「その割に元気じゃねぇか。バカなこと言うあんたが悪い」

「バ……、何よ、思ったこと言っちゃダメなの?」



ユーリはそれには答えず濡れた唇を手の甲で拭った。



「じゃあ次は俺がおっさんに同じこと言ってやるよ」

「……おっさんが言うことがあっても逆はないわよー」

「言ってろ」



ユーリはそう言いおいて、木から飛び降りた。

かなりの高さがあるがユーリにとっては何のことはなく、危なげなく着地し歩いていく。



残されたレイヴンは「あー……やばい。はまるかも」と呟いた。

夜の闇だけがそれを受け止めていた。






















固い芽からようやく目覚めたようです。




2012、8・21 UP