「いい加減もういいだろ?」

「ダメだよ。ユーリ。まだ完治してないじゃないか」



頑なに頷かないフレンにユーリは溜め息を溢した。



「これくらいもう大丈夫だって」



困ったように見てくるフレンにユーリは、あぁこりゃダメだ。梃子でも動かない顔だ、と思った。



「君は前もそう言って、動き始めまわって倒れたじゃないか……」

「たお……。大げさだな。熱が振り返しただけだっただろ? しかもあれはガキの頃の話だ。今はんなことにならねーよ」



そう言ってもフレンの固い表情は弛まないことをユーリは知っている。

それでも主張することは忘れたくなかった。

内心で明日も同じこと言いやがったらなんとしても動いてやる、と決意して飽き飽きしたベッドに足を向ける。



「あー寝るの飽きちまったぜ」

「それはいいことだね」

「あ?」

「体調を崩して寝込んでる時は飽きる所じゃないし」



ユーリの枕元に椅子をガタガタと移動させてにっこりと笑う。



「戻らなくていいのかよ?」

「君を見張らないといけないからね」

「……道理で、鎧着てないわけだ」



もう何も言う気にならなかった。小さく息を吐いて重ねたクッションにもたれる。

いつもより体が重いのは気のせいではない。動こうと思えば動けるし、戦闘も本来の力はでないとしても負けはしない。

だが、なにより気持ちが納得していなかった。



「……結局俺も武醒魔導器に頼ってたってことか」

「ユーリの怪我はリタを庇って負ったものだ。武醒魔導器とは関係ないんじゃないかい?」



それにユーリは首を振る。



「武醒魔導器を着けてた時は、ここまでの怪我にならなかった。そう覚えちまってたから咄嗟に体で受けたんだよ。……甘かったな」



意識は簡単には切り替わらない。それを己の意思でもって変えていかなくてはならない。

……自らの意思で魔導器を捨てた自分がこうなのだから、いきなり上手く世界が回り出さないのも道理だと考えざるを得ないな、とユーリは思った。

この世界は――特に貴族たちの――魔導器が溢れていて人々にとってそれは普通だったのだ。

民にとってみては身近なものではなかった。

しかし生活に関わるもの、水道魔導器や結界魔導器はなくてはならないものだったのだからやはり混乱は避けられない。



「…ーリ、ユーリ? ちょっと、大丈夫なの?」



ユーリが視線を挙げるといつの間に眼前に、てのひらが揺れていた。



「……リタ?」



「話しかけても目の前で手振っても反応しないとか……やめてよ。びっくりするじゃない」

「あ、あぁ、悪い。なんか用か?」



リタの手が引っ込んで代わりに逆の手が――訂正、両手で抱えるサイズのバスケットが持ち上げられた。



「これっ、えっと、お見舞いよっ」



重さに少しふらついたリタは、それをユーリの膝の上に置こうとしたが、途中で方向を変えサイドボードにどさっと置いた。

その拍子に溢れんばかりに詰めこまれたバスケットからころりと小さなものがベッドに落ちてくる。



「ん、なんか落ちたぜ。……あめ、か?」

「多分あめよ。でも同じような包みのチョコレートも入れたはずだから、チョコレートかもね」



と、いうからには、このバスケットは甘いものが詰めこまれているのだろう。

リタに見ていいかと尋ねると、これはあんたにあげたんだから好きに見なさいよという早口の返事があった。



「ありがとな。んじゃ、お言葉に甘えて」



左手で引き寄せ膝に乗せた。膝に載せるくらいはなんともない。

上にはやわらかい菓子や早く食べたほうがいいものがあり、下に行くにつれ日持ちするものが隙間もないくらい入っていた。



「すげーな、こんなにたくさん大変だったろ。悪いな、リタ」

「べ、別に……。元はといえば、私が悪いんだし……。じゃ、帰るわ。お大事にっ」



両手に茶器を持ったフレンとぶつかりそうになったリタは「ご、ごめんっ」とだけ言ってバタバタと部屋を出ていった。



「……あれ、せっかくお茶淹れたのに…」



フレンがあまりに残念そうな様子だったので、ユーリは小さく吹き出してしまった。



「俺たちで飲んじまおうぜ。さて、何にしようかな……。フレン、何食う?」

「日持ちしないもので、君がいらないものでいいよ」



ユーリはしばらくバスケットを探っていたがこれというのを2つ取り出した。



「んじゃお前はこれな」



ユーリはフレンの好きな菓子を渡してニッと笑った。




















「あれ、よく覚えてたね?」
「どんだけ長い付き合いだとおもってんだよ」

何も言わなくてもわかっているし、伝わっている。




2013、9・9 UP