うわー、とガイがしゃがみ込んだ。
その横でアニスが腰を少しだけ折り、膝に手を添えながら相手の目を覗き込む。
「小さくなっちゃって、まぁ……」
「おねぇちゃん、だれ」
「おね……アニスのことよね。まさかとは思うけれど、ねぇルーク? この中で誰かわかる人がいる?」
こどもは戸惑ったように自分を取り囲む人の顔を一人ずつ見ていく。
おずおずとしゃがみ込んでいるガイの服を握った。
「ガイ?」
「あー俺はわかるのか……」
「わたくしはどうですの?」
「ナーリア……? でも、ナーリアもガイもちがう?」
そう戸惑いながらガイの腕にしがみ付くとは、どういうことだ、と突っ込める程余裕があるものはこの場にいなかった。
ナタリアが、まぁ、と顔を綻ばせる。
「懐かしい呼び名ですこと」
「久々に聞いたな」
他の面々は知らない人ということみたいなので、ルークは必死にガイの後ろに隠れようとしている。
「まったく、なぜこう忙しい時にこう面倒くさい事態を引き起こしてくれるんでしょうね」
「昨日の夜は元通りのルークだったのに、起こしにきたらこれって……。ねーガイ〜? 昨日の夜ルーク何か変なもの食べたんじゃないの?」
ルークを背中に貼り付かせたガイは、右手を後ろに回しルークの背をとんとんと叩きつつ、いや、と首を捻った。
「昨日は、ルークとこの部屋で話をしていて……それまでは皆と同じものしか口に入れてないし、ここでは水くらいしか。俺がこの部屋を出たのは、ルークが寝ちまったからなんだ。だからそれ以降何か食べたってことは……」
「まぁ、そうでしたの。なぜガイがルークの部屋の鍵を持っているのか、わたくし不思議に思っていましたの。寝てしまっては内側から施錠できませんものね。流石ガイですわ」
そう言いつつ、ナタリアはガイの横に膝をついて隠れるルークの髪をそっと撫でた。
少しガイがびくついたものの、改善された体質は飛び上がることはない。
もちろんルークは驚くことなどしない。ただほんのちょっと不思議そうにナタリアを見ている。
「怖くないですわ。おいでなさいな、ルーク」
「なーりあ」
広げられた腕に戸惑うこともなく、ルークはナタリアに飛び付いた。
ぎゅうっとナタリアの背中の服に皺がよるほど強く抱き着く。
「おやおや」
「ルーク役得〜ぅ」
ナタリアは照れた様子もなくルークの背を撫でおろして、ティアはいいなぁ、といった視線を二人に注いでいる。
「ジェイド、アニスも。茶化さないでくださいまし。この年の頃は、これが普通でしたのよ」
「見た目と、ナタリアの呼び方からして、十一歳くらい……か?」
「たぶん……」
幼馴染たちがそう頭上で相談している声が聞こえるだろうに、ルークはナタリアにしがみ付いたまま肩から顔を上げない。
ナタリアの服を掴む手は、白くなるほど握られている。それを見たアニスはジェイドとティアを促して部屋を出て行った。
それに感謝の目を向けたガイはルークの指を外しにかかった。そっと手の甲に触れる。
「ルーク? ほら、そんなに握ったら手がイタイイタイになるよ」
「いたいいたい、やー」
そっとルークの指をナタリアの服から引き離し、そのままガイは自分の右腰骨にルークを乗せるようにして抱き上げた。
パチパチと瞬く目は潤んでいて泣きそうになっていたのがありありと分かる。
しかし、ルークはそれよりも今の方に意識が向いたようだ。
「たかいー」
「ま、そりゃそうだよな。十五の俺と比べれば」
「まぁ、ルーク。わたくしより背が高いですわ」
「えへへー」
途端に上機嫌になったルークを乗せたまま窓際に移動して、外へ注意を向けさせている間に、ナタリアとガイはさぁどうしようと顔を見合わせた。
「いきなり小さくなる現象なんて聞いたことがないですわ。新しい毒、まさか譜術……」
「いや、違うと思うよ。ベルケンドに行こう」
「ベルケンド……ですの? それはなぜ?」
ルークの歓声を上げたものに目を向け、ちょこちょこと相手をしながらなので中々話が進まない。
「レプリカ研究所に。シュウ医師に診てもらうんだ」
「あ……」
ナタリアの顔からさっと血の気が引いた。そうだった、とナタリアは思い至る。
ルークはレプリカで、今現在一番長く生きているレプリカ。しかも先日レムの塔で力を行使したばかりだ。
善は急げと言わんばかりに二人は部屋を飛び出し仲間に声を掛けてベルケンドに行くことにしたのだが、間の悪いことにアルビオールは点検のためシェリダンの飛晃艇ドックに戻っている。徒歩で向かうことになった。
十一歳のルークは危なっかしいながら歩くことはできるものの、長距離はとても歩くことなどできないので、抱えて進むしかなかった。
ガイがずっと面倒見ることができれば良いのだが、ルークという前衛が欠けた今、戦闘時は最前列に位置せざるを得ない。
「ナタリア、ルークを頼む」
「わかりましたわ」
度々ナタリアがルークを抱えるのだが、いくら弓術を容易く扱うナタリアでも十一歳の少年をずっと抱きかかえることはかなりの負担だった。
「ルーク、一度降りてくださいな」
「うん、ナーリア」
すとんと地面に足を着いたルークは、ナタリアのスカートを握って少し心配そうにナタリアを見上げた。
ふぅ、と息をつくナタリアにティアが近づきそっと腕に触れる。
「ナタリア、腕は大丈夫?」
「えぇ……」
気丈に振る舞うナタリアだが、このままでは腕に支障が出てしまうとティアは危惧した。
「少し私が代わるわ」
「そうして頂けると助かりますけれど、でも……」
ティアは頷いてルークに視線を動かした。
「私はティアよ。ルーク、ナタリアは少し疲れているから、私が貴方を運ぶわ」
「てぃあ」
ルークはナタリアを見て、ナタリアは大丈夫ですわ、と笑いかけた。
それにこくりと頷いて、ルークはティアに近づいて、そっと見上げる。少し不安げな目は上目遣いとなりティアは自分の思いを抑えられなかった。
「か、かわいい……!」
「むぐ」
ぎゅう、と抱きしめられたルークの顔がティアの胸に埋まり、ちょうど戦闘を終えて戻ろうと仲間に目を移したガイが苦笑した。まだまだ距離があり声は聞こえないが、どんな状態なのかはわかる。
「うーん、羨ましいやら、ルークが窒息しないか心配なような」
「ふむ。どうやら本当に意識も後退しているようですね。あの状態で慌てもしないとは。元通りの幼い意識のルークでも流石にあの状態では平静ではいられませんよ」
「まぁな」
「ルーク、戻ったら恥ずかしくて倒れるんじゃない〜? それはそれで見てて楽しそうだけど」
ガイとジェイド、アニスが戻ると、ティアは満足気な顔をしてルークを抱き上げていた。
ナタリアより危なげなく歩く姿は、さすが軍人として訓練を受けたというべきなのか、可愛さで自分の持てる力以上を発揮しているのか判断に困る所だ。
距離があるため、メンバーそれぞれ代わる代わる戦闘に参加し、待機するメンバーがルークを抱えて進む方向に自然と決まり進むベルケンドへの道中、偶然にもアッシュと鉢合わせした。
「お前ら、どこへ向かっている? それにあいつはどうした」
ルークの姿が見えないことでアッシュは眉間に皺を寄せ、軽く周囲を見回す。それでも見当たらず怪訝そうな顔を向ける。
「アッシュ、あの、実は……わたくしたち、ルークをベルケンドに連れていく途中ですの」
ちょうど仲間たちに囲まれてアッシュから見えない位置にいたガイが進み出る。
「ちょっと、こんな状態でね」
「は……?」
ガイの腕の中のルークがきょとんとアッシュを見つめ、アッシュもまた絶句して見返してしまった。