頭を整理しよう。
そうルークはグランドダッシャーとスプラッシュを同時に受けたような衝撃から無理矢理立ち直ろうと頭を抱えた。
今、俺はどこにいますか?
答え、はい、小さいアッシュの目の前にいます。
ありえぬぇー。
俺はローレライの解放のために、地面に鍵を突き刺して、地中に潜ったはずだ。
そんで、力なく降ってきたアッシュを抱きとめて……?
あれ、そこからの記憶がねぇ。
「おまえはなんだ。どこからきた」
俺が聞きたいです。
「第七音素? おまえ、にんげんじゃない?」
ん、と自分を見下ろすと確かに体から第七音素が立ち上っている。
というか、これ……乖離し続けてるな……?
人間じゃないのかなんていう直球な質問をした目の前の小さなこどもは間違いなくアッシュだ。声も違うし、表情もまだまだ可愛い幼子だけど俺が間違えるはずないんだ。
何歳くらいだろう。
背丈は俺の足の付け根くらいまでしかない。
質問にどう答えたらいいのかわからず、途方に暮れているとアッシュはなんと自分から近づいてきた。
え、ちょっと、いくらここが自分の部屋でも、いきなり現れた怪しい人物に近づくのはどうなんだ、アッシュ!?
「……ろーれらい?」
「ローレライ」
思わずおうむ返ししてしまったのが不味かった。何やら納得してしまったらしくこどものアッシュは深く頷いている。
えっちょっと待って、俺がローレライってことになってる!?
「おれをつれていくのか?」
えー、本当に待って。意味がまるでわからない。
しかもローレライだと思ってからのアッシュの目はなぜか輝いている。
……ローレライらしく、振る舞ってやるか。こどもの夢を壊すのはダメだし。
「なぜ、そう思う? 私が連れて行くと」
うっわ、ローレライ口調難しい。
声を低めに出してみたら驚くほどアッシュみたいな声になって、目の奥が熱くなった。
この声を持つアッシュは、もう、いない。
(待ってて、アッシュ。俺、最後にどうしてもお前に会いたくてこんな夢みてるんだと思う。すぐに行くから。ちょっとだけ……な)
「おれは、ローレライのぶんしんだときいている。ぶんしんは、ほんものとはちがうんだから、ほんもののローレライがむかえにきたんじゃないのか?」
ふぁ……? ちょっ、は?
自分は分身で、本体が迎えにきたらそっちに行くのが当然だって、そういうこと?
分身だと思っているのは、こどもに完全同位体を分かりやすいように説明してるからか?
んんん、困ったな。いくらアッシュが賢い子だと言っても、これだけ小さいとどう言えばいのか。
って、何を夢に本気になってるんだろうなぁ。俺。でも、夢だとしてもアッシュに適当なこと言いたくないよ。
「私とア、ルークは、確かに存在を同じくするもの」
「しってる」
「だが、私はルークではないし、ルークも私ではない」
「?」
こてんと首を傾げるアッシュ。
自分の知っているアッシュとの相違にくらくらしてきた。
いや、分かってるよ。アッシュがこどもの時から眉間に皺よせてるはずないことくらい。
「今はわからなくても良い。しかし、覚えておくといい。ローレライとルーク、さらにルークから……生まれる、もの、は、違うのだと」
「そんざいが、おなじなのに、ちがう……?」
あっやっべ、難しいな、これ。
「わかった」
わかったの!?
「よくわからないけど、おぼえておく。いつかわかるときまで」
賢いなー。夢の中だけど、実際もこんな感じのこどもだったんだろうな。このアッシュはどういう成長をするのだろう。
今、頑張って一足飛びに成長しようとしているんだろうな。将来、誰からも認められる国王に相応しい人物を目指して。
でも、この夢の先を俺は知ってしまっている。
アッシュの目指すところは途中で変化せざるを得なくなることを。
誘拐されて、俺を創られて……最後には、エルドラントで悲しい結末が待っているんだ。
記憶が勝手に再生されて、視界が歪んだ。涙が溢れてどうしようもない。
こどものアッシュ。こんなに小さくて、頑張っているアッシュ。
見上げるアッシュの首がなんだか辛そうに思えて、しゃがみこんでそっと引き寄せた。
軽い体は難なく俺の腕の中に納まってしまう。
「ないているのか、ローレライ」
「泣いてなんかないよ」
もう口調が保てない。それにもうそろそろ俺の第七音素は限界だ。
この夢から覚める時がきた。ただそれだけ。夢だというのにこどもは暖かかった。
「おれがいかないから、ないているのか?」
「ううん。一緒に来ちゃダメ。お前はここで生きるんだ」
「でも、おれは、いっしょにいきたい」
そっとアッシュの腕が俺の服を掴む。
あぁ……アッシュ。お前、こんな小さなときから、本当は逃げ出したかったのか?
実験はまだ始まってない時期だろうけど、自分が他と違うんだって言われ続けてわかってるんだな。
辛いよな。そうだよな。
でも夢の中とはいえ生きているアッシュを、もう先のない俺が連れ出せはしないんだ。
「もっと大きくなったら。また会えるよ」
「おおきくなったら……」
「忘れないで。ルークはひとりじゃないって。次、俺に会うとき、地上でひとりきりは終わりなんだ」
それは俺であって俺じゃない。でもこのアッシュにとっては、存在が等しいものだ。
憎んでも、恨んでも、それは変わらない。
そっとアッシュを離して、とん、と軽く胸を押す。
「じゃ、そろそろ俺、行くよ」
ほろほろと俺の体の輪郭が崩れて第七音素の粒子となっていく。驚いたような顔をするアッシュに精一杯微笑みかけて、空に引っ張られるそのままに意識を手放した。