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だから何度だってかまわないだろ?


●収録タイトル●
・さあ、いこうか……novel掲載のものに加筆(2周目)
 ┗最初から違う道を探していこう。
・嘘に混ぜる真実……novel掲載のものに加筆(ローレライ解放後)
 ┗全てを終えた後2人の選択は?
・それがお前の道……novel「実際みるとよくわかる」改題+加筆(本編中こども化)
 ┗突然の体の変化で知るものとは。
・見ているとわかるのに……書下ろし(本編中)
 ┗気付かない気持ちが何なのか?
・だから何度だってかわまないだろ?……書下ろし(逆行)
 ┗巻き戻された先で、もう一度。

※実際は縦書きです。webで読みやすいよう内容は変えずに加工しています。

【さあ、いこうか】

(ちゃんと戻ったか)
(ああ、だいじょうぶ。アッシュは?)
(問題ない)

 痛まない頭に感動を覚えながら、ルークは中庭に面する大きな窓に映る自分を見つめた。外は夜の帳がおりている。
 そのため外の景色よりも室内にいるルーク自身が鮮明に映し出された。

(なぁ、俺、髪長くなってる。本当に戻ったんだな)

 ぱちりと目を開けて普通に動き出したが、これが戻ったのか続きなのか実感が湧かなかった。しかし、切り落としたはずの髪が一瞬で伸びるなど通常有り得ない。自らの手で持ち上げてみると、さらにじわじわと現実なのだという思いが湧き上がってきた。

(そうか。なら間違いねぇな。俺はカレンダーくらいしか今を区別するものがねぇ。さすがに教団の中を動けばわかるだろうがな)

 アッシュもまた疑念を持っていたらしいとわかり、やっぱり完全同位体だなぁと密かにルークは感動した。
 髪が長い、そして開いた日記の日付からしてもう疑う余地はなかった。
 明日、かつてすべてが変化したその日を迎える。

(なぁアッシュ。明日……ヴァン師匠がくる。人形じゃなくて師匠に斬りかかっちまいそう)

 ぶっとアッシュが噴き出す気配が伝わってくる。

(しっ仕方ねぇだろ! エルドラントで決着付けたばっかで、目の前に現れるって考えてみろよ!)
(悪い。今ヴァンが目の前にいたらか。俺なら超振動で分解しちまうな)
(それは怖ぇ)

 あながち冗談でもなさそうなアッシュの声色にルークは引きつった笑いを零した。
 ルークはありとあらゆる特技奥義を修め実践も豊富にこなしてきた。体の感じから判断するしかないが、恐らく以前通りの体力と筋力を記憶とともに持ち込めたようだ。
 いかにヴァンが強いと言っても、箱入りの軟弱なレプリカと頭から侮り切っている相手になど引けは取らない。

(だが、明日は我慢しろ。ぶちのめすにしろ、ぶっ飛ばすにしろ、とりあえず合流してからだ)
(それ地面に転がすか、吹き飛ばすかの違いしかねぇけど)
(気にするな)

 別にヴァンを庇うつもりもないルークはそれ以上何も言わなかった。考え直してくれるに越したことはないが、それは難しいだろうと理解している。
 ルークが窓に映る自分自身に手を伸ばすと、ガラスに映る己も手を伸ばしてくる。
 これがアッシュだったらどんなにいいだろう。
 今すぐ会えれば、どんなに。

(明日、ヴァンの妹とそこからでればすぐ会える)
(あー、筒抜け?)
(まぁな)

 ちょっと顔が赤くなってしまうが、それも今更だ。ルークの記憶はアッシュに見られてしまっているのだし、その地面にのめりこみたくなる程の恥ずかしさを思えば今考えていることが筒抜けであることなど些細なことだ。

(俺にもアッシュの記憶があれば、これからもっと上手く動けるかもしれないのに)
(……いや、それはご免被る。見せて楽しい記憶なんざ、ねぇ)
(俺のだって、楽しくなんかないよ……)

 それに対してアッシュは否定しなかったが、なんだか柔らかい感情が流れてきたからルークは首を傾げた。

(まぁ、正直キツいものもあるが。それ以上にお前のことがわかって楽しいな。俺が関係する記憶は特にな?)
(ぐぁ)

 つぶれたような声を出したルークにアッシュは笑った。
 翌日、首尾よくと言うべきか、なんと言うべきかわからないが、上手くファブレ邸から出ることができルークはタタル渓谷から夜空を見上げながら息を大きく吐いた。
 正直な所ルークは不安だったのだ。
 前回、いきなりティアが侵入した時は何も知らなかった。無我夢中でティアの武器を受け止め、そして訳がわからないまま疑似超振動が起きて飛ばされたのだ。
 今思えばティアが咄嗟にルークの力をも制御してくれていたことがわかる。
 今回は逆のことをした。ルークが力の制御をしたのだ。そのためタタル渓谷に立っているのはルークただ一人。

(ティア、ごめん。今頃驚いているだろうな)

 ファブレ邸に残していく訳にはいかなかったから、一緒に飛んで途中でそっと違う方向へ押しやった。ケセドニアのほど近くに集束したのを見たから問題はないはずだ。
 馬車を使う程の距離もないから今度は大事なペンダントを肌身離さず持っていて欲しい。
 突っ立って夜空を見上げ続けるルークはどこか呆然としている自分に気付いた。いまさら時が巻き戻った実感が湧いてきて戸惑いが湧き上がってくる。

(いや何動揺してるんだっつーの、俺。アッシュと一緒に相談して決めたことだってのに。意味わかんね)

 ゆるりと頭を振ると長い髪が背中を打った。その感触はまるでアッシュに背を撫でられ、さぁ行けと優しく押されたようにさえ感じてしまって自分がいかにアッシュに会いたいと切望しているのかルークは思い知る。
 いつまでもここに居ても何の意味もない。
 昨日アッシュと待ち合わせ場所は決めてある。
 その場所はここから見える所。しかし今は何もない所。
 そこへ向かうためルークは身を翻した。

(アッシュ、聞こえる? アッシュ?)

 草を踏み分けタタル渓谷から抜け出て、注意深く人に見つからないよう街道を歩きながら強くアッシュのことを思い浮かべた。ルークには回線の繋ぎ方がわからない。
 そのため強く意思をアッシュへ向けるイメージを持ち話しかけてみた。

(あれ、だめかな。うーん、どうしよう)
(レプリカ?)
(あっ! アッシュ! よかった、俺から繋げた?)

 やはり繋げられないと諦めかけた頃アッシュから応答があった。嬉しさで飛び上がりそうになるのをどうにか抑える。

(いや、お前の意思で繋がったわけじゃねぇ。なんとなくレプリカが呼んでいる気がした。それで音素を探ってみたんだ)
(ん、そっか。呼ぶところまではできているけど、ちゃんと繋げられる所まではいかないってことか〜。難しいんだな。便利連絡網って)
(呼べたんだからいいじゃねぇか?)
(まぁな。そうだ、アッシュ。俺ちゃんとタタル渓谷まで飛んで今待ち合わせのとこ向かっているから。朝には着けると思う!)
(そうか。俺も今移動中だ。多分俺が先に着くはずだな。わかっているとは思うがヘマするなよ)

 ハッとルークは気を引き締めた。会話していることで注意力が散漫になっていることに気付いたからである。
 この周辺に潜む魔物は今となってはルークの敵ではない。
 そうであっても油断とは恐ろしいもので例え小物であっても侮ることはできない。恐ろしいのは魔物だけではない。盗賊だっているのだ。

(うん。ちゃんと警戒しながら行くよ。待ってて。アッシュ)
(近づいたら呼べ)

 了承の意を返すと繋がりは切れた。
 ルークは残念で寂しい気持ちになったが、無事に進む方が大事だと自らに言い聞かせて準備していた小さな袋からチョコレートを取り出し口に含む。
 ほろりと苦く、そして甘い味はすぐに溶け喉を滑り落ちていく。携帯ができて日持ちし、エネルギーになる携帯食糧の中で一番好きなものだった。
 陽が上って地平線にさっと光の線がかかり、左右に伸びていく。
 ルークは眩しさで目を細める。右腕で目を庇いながらその綺麗さに息を飲み立ち竦んでしまった。

(なんて、きれいなんだろう。本当に世界ってきれいだ)

 預言なんてなくても陽は昇るし夜が来る。風が吹けば雨も降るし何なら雪だって。
 まだまだ世界には知らないことが溢れているはずだ。もっともっと知りたいとルークは思う。


【嘘に混ぜる真実】

 頭を整理しよう。
 そうルークはグランドダッシャーとスプラッシュを同時に受けたような衝撃から無理矢理立ち直ろうと頭を抱えた。
 今、俺はどこにいますか?
 答え、はい、小さいアッシュの目の前にいます。
 ありえぬぇー。
 俺はローレライを解放するために、地面に鍵を突き刺して地中に潜ったはずだ。それで力なく降ってきたアッシュを抱きとめて……?
 あれ、そこからの記憶がねぇ。

「おまえはなんだ。どこからきた」

 俺が聞きたいです。

「第七音素? おまえ、にんげんじゃない?」

 ん、と自分を見下ろすと確かに体から第七音素が立ち上っている。
 というか、これ乖離し続けてるな……?
 人間じゃないのか、なんていう直球な質問をした目の前の小さなこどもは間違いなくアッシュだ。
 声も違うし表情もまだまだ可愛い幼子だけど俺が間違えるはずないんだ。
 何歳くらいだろう。背丈は俺の足の付け根くらいまでしかない。
 質問にどう答えたらいいのかわからず、途方に暮れているとアッシュはなんと自分から近づいてきた。
 え、ちょっと、いくらここが自分の部屋でも、いきなり現れた怪しい人物に近づくのはどうなんだ、アッシュ!

「……ろーれらい?」
「ローレライ」

 思わずおうむ返ししてしまったのが不味かった。何やら納得してしまったらしくこどものアッシュは深く頷いている。
 えっちょっと待って。
 俺がローレライってことになってる!

「おれをつれていくのか?」
 
 えー、本当に待って。意味がまるでわからない。
 しかもローレライだと思ってからのアッシュの目はなぜか輝いている。
 はぁ……ローレライらしく、振る舞ってやるか。こどもの夢を壊すのはダメだし。

「なぜ、そう思う? 私が連れて行くと」
 
 うっわ、ローレライ口調難しい。
 声を低めに出してみたら、自分でも驚くほどアッシュみたいな声になって目の奥が熱くなった。
 この声を持つアッシュは、もう、いない。

(待ってて、アッシュ。俺、最後にどうしてもお前に会いたくてこんな夢見てるんだと思う。すぐに行くから。ちょっとだけ……な)
「おれは、ローレライのぶんしんだときいている。ぶんしんは、ほんものとはちがうんだから、ほんもののローレライがむかえにきたんじゃないのか?」

 はぁ……? ちょっ、は?
 自分は分身で本体が迎えにきたらそっちに行くのが当然だって、そういうこと?
 分身だと思っているのはこどもに完全同位体をわかりやすく説明してるからか?
 んんん、困ったな。いくらアッシュが賢い子だと言ってもこれだけ小さいとどう言えばいのか。って、何を夢に本気になってるんだろうなぁ、俺。
 でも、夢だとしてもアッシュに適当なこと言いたくないよ。

「私とア、ルークは、確かに存在を同じくするもの」
「しってる」
「だが、私はルークではないし、ルークも私ではない」
「?」

 こてんと首を傾げるアッシュ。
 自分の知っているアッシュとの相違にくらくらしてきた。
 いやわかってるよ。アッシュがこどもの時から眉間に皺よせているはずがないこと位。

「今はわからなくても良い。しかし、覚えておくといい。ローレライとルーク、さらにルークから……生まれる、もの、は、違うのだと」
「そんざいが、おなじなのに、ちがう……?」

 あっやっべ、難しいな、これ。

「わかった」

 わかったの?

「よくわからないけれどおぼえておく。いつか、わかるときまで」

 賢いなー。夢の中だけど、実際もこんな感じのこどもだったんだろうな。この小さなアッシュはどういう成長をするのだろう。
 今、頑張って一足飛びに成長しようとしているんだろうな。将来、誰からも認められる国王に相応しい人物を目指して。
 でも、この夢の先を俺は知ってしまっている。
 アッシュの目指すところは途中で変化せざるを得なくなることを。
 誘拐されて、俺を創られて……最後には、エルドラントで悲しい結末が待っているんだ。記憶が勝手に再生されて、視界が歪んだ。涙が溢れてどうしようもない。
 こどものアッシュ。
 こんなに小さくて、頑張っているアッシュ。
 見上げるアッシュの首がなんだか辛そうに思えて、しゃがみこんでそっと引き寄せた。
 軽い体は難なく俺の腕の中に納まってしまう。

「ないているのか、ローレライ」
「泣いてなんかないよ」

 もう口調が保てない。それにもうそろそろ俺の第七音素は限界だ。この夢から覚める時がきた。
 ただそれだけ。なのにこの気持ちは何なのだろう。
 夢だというのにこどもは暖かかった。

「おれがいかないから、ないているのか?」
「ううん。一緒に来ちゃダメ。お前はここで生きるんだ」
「でも、おれは、いっしょにいきたい」

 そっとアッシュの腕が俺の服を掴む。
 あぁ……アッシュ。お前こんな小さなときから、本当は逃げ出したかったのか? 実験はまだ始まってない時期だろうけど、自分が他と違うんだって言われ続けてわかっているんだな。
 辛いよな。そうだよな。
 でも夢の中とはいえ生きているアッシュを、もう先のない俺が連れ出せはしないんだ。

「もっと大きくなったら。また会えるよ」
「おおきくなったら……」
「忘れないで。ルークはひとりじゃないって。次、俺に会うとき、地上でひとりきりは終わりなんだ。約束する」

 それは俺であって俺じゃない。でもこのアッシュにとっては存在が等しいものだ。
 憎んでも、恨んでも、それは変わらない。
 そっとアッシュを離して、とん、と軽く胸を押す。

「じゃ、そろそろ俺、行くよ」

 ほろほろと俺の体の輪郭が崩れて第七音素の粒子となっていく。驚いたような顔をするアッシュに精一杯微笑みかけて空に引っ張られるそのままに意識を手放した。
 ふわふわと浮いているような、心地よい水の中を漂うような感覚がある。でも体がある気はしない。
 まだ俺は、俺としてあるらしい。
 これがどういう状態なのかまるでわからないが、夢見心地とは今みたいなことを言うんだろう。

(小さいアッシュに会えて嬉しかったな。夢とはいえ会話できるなんて、最後にいい夢見た……)

 俺は今、音素なんだろう。意識が無くなっていないのは嬉しいけれどいつ消えてなくなってしまうのかわからないのは心の準備ができない。

(意識がなくなるときってどういう感じなんだろ。あぁでもそれすらわからないのかな)

 周囲の様子も、自分の状態すら何も把握できない。
 ただ、ゆらゆらと彷徨っていることだけがわかる。

(……ずっと、このままだったりして)

 だとしたら、それは、アッシュに還れないということだろうなと思う。
 でも、それじゃあ大爆発はどうなるんだ?
 消えたくないけれど、記憶を渡したくもないけれど、俺がアッシュの一部にならなければアッシュは戻れない。
 でも俺の乖離は進みすぎた。中途半端な大爆発はどういう結果になるんだ……?
 だから今俺はこんな音素の状態なのか? 俺の体はもうない。ということはアッシュの体がないっていうことだからどうにもならない?
 アッシュ、アッシュ……。
 なぁ、アッシュ……どこ……?
 俺、ここにいるよ。なぁ、まだ間に合うなら、俺の音素使ってくれよ。記憶がおまけに付いていくけど、話したりすることはないから、お前はお前でいられるんだ……。

「それに意味があるのか」

 意味とかそんなんじゃ……。え?

(アッシュ? どこ)

 今、アッシュの声が。体もないのに幻聴だろうか。

「なんて有様で、ここまで来た……」

 また聞こえた。
 気のせいじゃない!

(なぁ、どこだよ。アッシュ)
「目の前にいるだろうが」
(そ、んなこと言われたって。目どころか体ないし)

 確かに聞こえるのに、会話だってしているのに知覚できない。嬉しいのに悲しい、不思議な気持ちだ。





2018.1.14 発行