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だれかコイツをとめてくれ


※実際は縦書きです。webで読みやすいよう内容は変えずに加工しています。

 ファブレ邸から出られなかった頃のルークの楽しみは何だったのか、とアニスに問われたルークはまさに今、口に運ぼうとしていたお菓子を掴んだままきょとんとした。
 旅の中でたまに設けられる束の間の休息だ。

「剣術稽古だぞ?」
「それは前も聞いたけどさー。まさかそれだけじゃないでしょ?」

 うぅん、とルークは首を捻った。何よりの楽しみは間違いなくそれだったこともあるし、あまりに日常すぎたためパッと思いつかない。

「えー、何かな。いろいろ楽しそうなこと試したような気がするけど……」

 小さな声であれでもない、これでもないと思案を巡らせながら掴んだままだったものを一口食べた。途端に、ん、と目を輝かせながら味わい、飲み込んでぱぁっと笑った。

「おいしい!」

 旅の中で日々の食材に加えて日持ちしそうなものを買い求めている。それは休憩時の軽食として用いられることもあれば料理ができない環境下や食材が尽きた時の食事替わりにすることもあり、とても重宝していた。
 しかし日持ちするとはいえ期限はあるのだ。限界が来る前に美味しいうちにとこうやって食べてしまうことにしている。それがこの時間だ。
 しかし今ルークが口にしたものはそれらとは一線を画していた。これは保存用に買い求めたものではないとルークの感覚が訴えている。

「おいしいぞ! これ!」

 二つ目に手を伸ばして、まじまじと見てみる。
 ドーナツのように中心は生地がなく大きさは親指と人差し指で輪を作ったくらいだ。サクッとした歯触りだが中はしっとりしており、なにより温かい。

「あ、それアニスちゃん特製のだよ〜! 作ったのはそれ一種類だけなのに一つ目に食べるなんて、ルークってばわかってるぅ」
「やっぱりか! 道理でうまい……!」

 飲み物片手に二人の様子を眺めていたガイが堪らないと言った感じで噴出した。

「ははっ! ルークは何気にアニスの作るものが好きだよなぁ。料理もお菓子も。んー、そういえば屋敷にいる時もお菓子の時間は楽しみにしていなかったか?」
「あ〜そうだったかも……?」
「たしかに……ルークはわたくしとお話ししている時でもおかまいなくお菓子の時間になったら飛び出していきましたものね……」
「むっ昔の話だろ? 最近はそんなことしてなかった」
「そうだなぁ、三年前くらいが一番凄かったかな」

 思い当たる所があるため、ルークは頬が熱くなるのを感じた。

「別にいいじゃない? 私だってお菓子を食べるのは好きだわ。ユリアシティのお菓子とは比べ物にならないくらい種類がたくさんあって……それにとてもおいしいもの」

 小さくなったルークをなだめるように声を掛けてから、ティアもまたお菓子に手を伸ばして嬉しそうに笑った。

「ユリアシティの食文化ですか。それはなかなか興味深いですね」
「わっ! 音もなく入ってくるなよ!」
「ジェイドさんお帰りなさいですの! ボクのはありましたですの?」

 心底驚いた声と楽しそうな声が同時に投げかけられさらにミュウがルークの膝の上から飛びおりて期待いっぱいの目でジェイドに走り寄っていく。
 足元で飛び跳ねるミュウを纏わりつかせながらさっさと歩を進めサイドテーブルに荷物を降ろした。ジェイドは買い物に出ていたのだ。
 保存食やお菓子を食べる日はいつもその役割を担っている。ジェイドはあまりこういう時間に興味はないが、他の面々にとっては楽しみな時間だ。ならば興味がない者がその日のことを請け負えば良い。
 そう口に出してはいないがそれがわからない程表面的な付き合い方はしていないのだ。
 荷物の中から目当てのものを取り出して跳ねるミュウに持たせてやる。

「みゅ! ありがとうですのー!」

 ミュウは自分の体よりも大きな袋を持ってルークの所へ戻ろうと慎重に歩き出した。懸命に進んでいるが前が見えていない。少しずつ足元が覚束なくなっていく。
 ルークはみゅうみゅうと鳴きながらふらふらと近付いてくるミュウに手を伸ばして袋ごと膝の上に乗せた。

「おっりんごじゃん。よかったな、ミュウ」
「嬉しいですの〜」

 ひとつ取り出してミュウに渡すと一心不乱にかじり始めたため本当にりんごが好きなんだなぁとみんなで笑った。
 何個あるのか確かめようと袋から取り出してみると一枚の紙が一緒に出てきた。

「ん? なんだこれ。チラシ?」

 薄い紙だ。質はあまりよくなく大量に配ることに重点を置いていそうな作りだった。

「……暗闇の夢……初めての挑戦……? 暗闇の夢って漆黒の翼たち? あいつらいったい何してんだ?」

 ルークの頭は疑問でいっぱいになった。
 漆黒の翼はアッシュに雇われているはずだ。世界中を飛び回っていて大規模なイベントなどできないはずなのに、と首を捻る。

「漆黒の翼は何もノワールたちだけじゃないんだし、不思議ってほどじゃないけどね。ね、ルーク、それ見せて」

 見たい見たいとせがむアニスに渡すとその目は段々真ん丸になっていった。

「えー! なにこれ! すごっ! 今までと比べ物にならない大きな遊具を作ったんだって!」

 ガイが、へぇ、と感心したような声を出した。

「サーカスの時に一緒に作られるあの大がかりな遊具か?」

 まぁ、とナタリアも手を打った。

「バチカルで通りがかったことがありますわ。おおきな設備ですわよね」
「ん〜どうだろ。ベースはそれだろうけど規模が桁違いって書いてあるよ。え〜すっごい気になっちゃう」

 わいわい盛り上がる様子をあっけにとられながらもルークは思い出した。
 そういえばメイドや使用人がそわそわしている時はそういう催し物が城下で行われていたのだと。

「ルーク? あなたは興味ないの?」

 熱心にミュウを眺めていたティアだったがいち早く反応しそうなルークが静かだと気付いて声をかけたあと、あっと口を押さえた。

「そ、そうよね、あなた……見たことないわよね」
「あー、まぁ、な」

 ばつが悪そうに眉尻を下げるティアに、気にするなよと言いつつりんごを渡した。
 ひとつめを食べ終わってもいないミュウがそれに釣られてティアの方へ移動していく。ひとつでお腹いっぱいになるはずなのに、好物を目にするといくらでも食べたいらしい。それを見越してティアにりんごを渡したのだから目論み通りだ。

「んー意外と近いな。俺達の目的地の近くだ。行ってみるか?」
「うん! 行ってみよ! いいでしょ、大佐ぁ」
「止めても無駄でしょう」

 ばれたか、とアニスが笑いナタリアもわくわくした様子を前面に出してティアに声をかけている。早くもどんな遊具があるのか想像を膨らませているようだ。

「ふっふー。ルーク絶対びっくりしちゃうよ! 楽しみにしててよね!」
「お、おう……?」

 まったく想像がつかないルークは皆の盛り上がりに正直付いていけていないがとりあえず楽しい場所なのだろう、と認識した。




「わ〜! これが、くらゆめランド? だっけ? すげーな! こんな大きいのがバチカルにも来てたのか! えっでもこんな広い場所、バチカルにないだろ。街の外でやってたのか?」

 入口と思われるゲートの前でルークが声を上げて振り返ると面々もまたあんぐりと口を開けていた。

「ル、ルーク、こんな規模のものではありませんでしたわ。えぇと、そうですわね……闘技場の中の規模……くらいでしたかしら。ね、ねぇ、ガイ?」

 そう同意を得ようとガイを見たが一瞬でナタリアは後悔した。答えがないことを疑問に思い視線を投げた者の気持ちも同じだ。

「す……すごいな! なんだこれは? 音機関……いや譜業か? 自動で動いたり……えぇっ? あれなんて浮いてるぞ! ルーク見てみろよ!」
「見てるよ……」

 興奮したガイが感動に打ち震えている姿に一同はげっそりと肩を落とした。

「えぇと、音機関バカは置いておくとして……ねぇ、入ってみない? 入るのにお金かかるみたいだからちょっとアニスちゃん値段見てくるね!」

 パタパタと軽い足音を立てて窓口近くまで行った後ろ姿が驚いたような動きをして速攻で戻って来た。

「一人一万ガルド〜! うぅっやっぱり結構するね。でもしょうがないかぁ……」
「えぇっ! アニスが文句言わないし値切らないなんて! 今日は雨か……?」

 驚きすぎて一歩下がったルークにアニスは溜息を吐いた。

「あールーク。暗闇の夢ってそういうもんなの。サーカスだって見るのに結構するんだからね。世の中には値切れるものと値切れないものがあるの。覚えておいてよね」

 へぇーと素直に感心するルークの手を取ってアニスが受付に促した。

「行こ! ルークには説明必要でしょ? まかせてよね」

 まったくその通りで最初に何をすればいいのかもわからないルークは二つ返事で駆け出した。
 チケットを買い求めゲートをくぐるとリストバンドを渡された。なんだこれ、と首を捻りながら見様見真似で右手首に装着してみる。
 一緒に渡された紙は中の案内のようだ。

「バ……バチカル……エリア……?」
「グランコクマエリア……目玉は宮殿ですか。ふむ」

 じゃばら折りのパンフレットにさっと目を通したジェイドがすたすたと歩きだした。

「大佐? どこへ?」
「この宮殿とやらを見てきますよ。彼らがどこまで内部のことを知っているのか知る良い機会ですから」

 完璧な笑顔が怖い。微かに震えた、いってらっしゃいという声が一斉に皆の口から洩れた。

「ガイ、この紙は何するんだ?」

 パンフレットと一緒に渡された大きな紙をガイに見せつつルークが問う。どれどれ、とルークの肩越しに覗き込んだガイの指が伸びてくる。

「これはスタンプラリーだな。ほら、地図に大体の位置が書いてあるだろ。そこに置いてあるスタンプを押して埋めていくんだ」

 とんとん、と空白のところを示す。

「集めたら何かあるのか?」
「たいていはそうだな。ん、ほら、交換所があるじゃないか。多分ここで何か貰えるんだよ」

 よくわからないが楽しそうだと思ったし、スタンプは中をくまなく回れるように配置してある。丁度いいから集めてみることにした。
 大きくキムラスカとマルクトで特色が付けられた園内は賑やかで行きかう人々の顔も明るい。
 珍しいものに驚いてきょろきょろとしながら進んでいたルークだったがふと気づいた。
 一緒に来たはずの仲間たちが見あたらないことに。

(しまった……。アニスに怒られる……!)

 広いから迷子にはならないでしっかり付いてきてと言われたのはつい先ほどだ。どうしよう、と少し戻ってみたがやはり姿を見つけることはできなかった。
 んーと少しだけ悩んだが考えることはやめた。

(歩いていたら、いつか会えるよな!)

 なにより地図上では近くにバチカル城があるのだ。興味が一番ある。うきうきとそちらに足を向けた。
 城から戻ってきたと思わしき人々が凄かったね、さすが王様が住む所は違うね、と興奮気味に通り過ぎていくため期待が高まっていく。
 近くまで行くとそれは大きかった。実際のバチカル城に比べると随分小さいが、それでも十分大きい建造物だ。
 いったいどうやって作ったのだろうかと思いながら視線を下げると、ある一点で視線が固定された。

「アッシュ? アッシュじゃん」

 珍しくも慌てたようにばっと振り返った様子にルークの方が驚いてしまう。

「レプリカ……。こんなところで何をしている?」
「いや、それは俺も同じ気持ちなんだけど……。アッシュが居るってことはやっぱりこれノワール達がしてるのか?」

 アッシュはいつもの教団服を着用していない。さらに剣も帯びていない。それはルークもまた同じで、武器の類はすべて受付後、鍵付きの箱に収めてきている。
 それがここ、くらゆめランド唯一の決まりだそうだ。

「いや……ノワールとヨーク、ウルシーはこれには関わってねぇ。部下に見に来てくれと懇願されたから顔を出しに行きたいと頼まれた」

 へぇ、と相槌を打ちながらルークはアッシュの横に立ちぐっと城を見上げた。

「よくできてるなぁ。門の感じとかそっくりじゃん。うちのっぽいのもあるし……」

 左手にはご丁寧にファブレ邸と思われる門があった。さすがに屋敷はない。

「なぁ、アッシュ。中入ってみねぇ?」

 一蹴されるだろうと思いつつ何気なくそう言ってみると予想に反してアッシュは返事を迷っているようだった。

(アッシュも実は気になってるってことか?)
「……お前、あいつらはどうした」
「一緒に来たぜ? 今は……いない……けど……」

 迷子か……という目で見られ乾いた笑いを漏らしながらすっと視線を外した。

「どっかで会えるって! ほら見てみようぜ!」





2020.5.5 発行