「あすー?」
舌足らずな声が聞こえて顔を上げると、扉を開けて覗き込んでいるルークが目に入る。
さっきまで寝ていたのに、起きたのか。
少し歩くのがうまくなったルークはまだぎこちないながらも1人で歩けるようになり、それに比例するように色んなことに興味を持ちはじめていた。
「あしゅ、なぁに?」
短い簡単な言葉なら話せるようにもなった。
まだまだ文章にはならず何を言っているのか分からないことも多いが。
今はアッシュが家庭教師から与えられた宿題に興味があるようだ。
「これは宿題だ」
「すく……い?」
「しゅくだい、だ」
机に寄りかかって、しゅくだい、と繰り返すルーク。
ルークが生まれて5ヶ月たつ。
本物の赤ん坊なら歩くこともままならない時期だが、ルークはかなりの速度で成長しつつある。
そもそも歩けるようになったのが、かなり早かった。
しかしこれはアッシュ――オリジナルルーク――の身体情報がそのままルークに受け継がれているからだろう。
『歩く』ということは知らなかったが、もともと歩くために必要な筋肉は備わっていたため早くに歩けるようになったのだと思う。
だが食事や言葉となると……そうはいかない。
そのあたりはやはりまだまだ赤ん坊だ。
「あー」
「わっルーク!」
ルークがアッシュの宿題の紙を掴んでそのままペタリと地面にすわり、そこでハタと気がついたように左手を見つめて動きを止めた。
紙を見て、アッシュを見て、机を見て。
机の上にあるものを見つけて嬉しそうにそれを掴んでまた座った。
「わーまてまて! ルーク!」
「んぅ〜?」
アッシュは慌てて宿題を救出した。
なにしろルークは今にもその手に握った羽ペン(ちなみにインクはたっぷり付けてある)を、その紙に着地させようとしていたのだから。
「やー!」
紙を取られたことでルークが盛大にぐずりだす。
ばたばたと手足を暴れさせて、取られた紙を返してと言わんばかりにアッシュ向かって手を伸ばしてうーうー唸っている。
「やー! あす、やー!!」
「嫌と言われても……これは宿題だからだめだ」
きっぱり駄目だと言うとルークは目に見えてしゅんとした。
しゅんとしただけなら良かったのだが泣き出してしまったからアッシュは困ってしまう。
この紙は宿題で教師に提出しなければならないから、どうしてもルークの好きにさせてやれない。
ぼろぼろ涙を零してしゃくりあげているルークを見てどうしたものかと思う。
……そうか、何もこの紙に拘らなくてもいいじゃねぇか!
「っく、うぇぇ……ひっく……」
蹲って泣いているルークの頭にそっと手を置いて撫でる。
「ほら、そんなに泣くな。……これなら好きにしていいぞ」
そう言って真っ白い、何も書かれていない紙を渡す。インクの付き具合を試し書きするために用いる紙だ。
これなら何をしようが書こうが破こうが一向に構わない。
そうするとルークは少しきょとりとした後、ぱぁっと明るく笑って紙に上機嫌で何か書き始めた。
羽ペンは当然力加減されることなく、もちろんグーで使われているのでガシガシと紙を引っ掛け、ところどころ紙が破れてしまっている。
……あの羽ペンはもう使えないかもしれない。いやペンナイフで形を整え直せばあるいは……。
などとつらつら考えていたらルークが「できたー」とアッシュに見せにきた。
にこにこ嬉しそうに歩いてきてアッシュに渡す。
「楽しそうに何を書いていたんだ?」
そう言いながら紙に目を落とすと、なんとも……その、前衛的な……、丸と線とで書かれている多分……おそらく…人? が書かれていた。
……人? まさか……。
「あしゅ!!」
やっぱり俺か!!