愛しい君 ―3―
「……行くか」
もう夜も更けた。寝たふりなどしなくても大丈夫だろう。
体に抱き込むように隠していた荷物を引っ張り出す。
昼間この部屋で見つけた色褪せた地図、少しばかりの食料、寒さを凌ぐ布――。
そう、ここから出るのだ。
「……レプリカ」
「………?」
冷たい床で寝ていた己のレプリカを起こす。
――彼には体を包む布も服すらも与えられてはいない。
こんな環境に置いて行くことなど。できるはずがない。
しばらく不思議そうに瞬きを繰り返していたが自分を起こした者が誰か分かったのか、ぱっと笑った。
「ここを出る。お前は俺だ。お前も連れていく。…静かにしてろよ」
「ぅ〜」
伝わったがどうかは定かではないが取りあえず、大人しいのでいいだろう。
レプリカに自分の着替えを着せる。
少し嫌がるそぶりは見せたものの最終的には着せることができ、ふぅ、と息をついた。
慣れていないのだ。こんなことは。
(こいつは歩け…ないよな)
試しに上体を抱き上げて立たせてみたが、支えている手を緩めるとぺたんと座り込んでしまう。
しかし昼間座れなかったことを考えるとそれすらも凄いことで。
少しどうするか考え、背負うことにした。
自分と同じ体格なのだから当然のごとく背負いにくい訳だが、レプリカは嫌がって暴れることもなく安心したように体を預けてくるので、さしたる苦労はない。
音を立てないよう慎重に足を運び地上へと。
扉を開けたそこは薄暗く、しかし微かに明るい。
夜が、明けようとしていた。
「ルーク様とレプリカが逃げた!子供の足だ、まだそんなに遠くへは行けまい!追え!」
指揮官らしき男の叫び声が聞こえる。存外早く失踪に気付いたようだった。
「ちっ……しょうがねぇ…」
タイミングを見計らってごくごく小さな声で。
「……全てを灰塵と化せ。エクスプロード」
兵の目と鼻の先で中規模の爆発が起き、風が巻き上がる。
ここで、捕まる訳には、いかない。
「……行ったか」
コーラル城から程近い茂み。
――そう、彼らは逃げていない。隠れていたのだ。
あたかも逃げているように見せるため、譜術をだんだん遠くへと放っただけ。
「ぅ、あぅ」
くん、と服を引かれてハッとする。
自分が酷く緊張していたことを知った。手先は冷たく額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「は……っ、情けねぇ…」
今まで実践として譜術を使ったことなど無かった。
体が冷える。
子供の自分が放った譜術。死んだものはなくとも怪我人は出ただろう。
背中にもたれるよう座っているレプリカの暖かさが酷く心地よく感じる。
こんな情けない有様ではバチカルへなど帰れない。
……もっと強く、もっと強く!
レプリカと共に帰ってみせる。ヴァンの好きにさせて堪るか!
床にレプリカを叩きつける師の姿が目に焼き付いて離れない。
――よくも、よくも俺のレプリカを!
「あ〜」
ぐいぐい服を引っ張るので思考を中断して振り返るとレプリカはなぜか泣きそうな顔をしていた。
ぎゅうぎゅう抱き付いて静かに泣いて。
なぜか慰められた気がして、自分が泣きそうになる。
「レプ……」
呼び掛けようとして、止まる。
『レプリカ』は存在であって名前ではない。
愕然とした。こいつには名前すらないのだ。
いや、こいつは俺の代わりとして生み出されたのだから名前は同じ物が与えられたであろうが、それは違う。
こいつは自分の名前が、ない。
「ルーク……」
それは自分の名前。聖なる焔の光。
……酷く違和感を感じた。初めて感じる、違和感。
自分が聖なる焔の光?俺が?レプリカを生んでしまった俺が?(作られてしまった、とはいえ)
俺はもう「聖なる焔の光」ではないのではないか。
むしろ…。
己のレプリカを見る。
不思議そうに見てくる目。それはどこまでも澄んでいて。
「お前の方が、ふさわしい……」
「んぅ?」
そっと頬に触れて。
「お前は、ルークだ」
――そして俺は、この時より聖なる焔の灰となる。
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2007 11・4 UP