「ハーニ〜〜」

「ぐぇっ……くる、し…」



どうやら強く締めすぎたらしいと分かり、力を緩めて悪い悪いとへらりと笑った。

後ろから圧し掛かるようにしているからロイドの表情は見えないものの、なんとなくブスッとしているようだ。



するりと離れてロイドの両肩に手を置き、くるりと回転させる。

別に逆らうことなくこちらを向いたロイドはやはり少しご機嫌斜めだった。





「なに、どうしたんだよロイドくん。珍しく眉間に皺なんて寄せちゃってさ?」





その箇所をうにうにと押していたらぺしっと跳ね除けられた。

およ、相当虫の居所が悪いな。



「……別に。ジーニアスとケンカしただけだ」



ふい、とあらぬ方向へ視線を投げる。

察するにそちらにジーニアスがいるということだろう。

別行動する前は普通だった。

自分が蒔用の小枝を拾いに行っている間に何かあったらしいと目星をつける。

これは俺の出る幕じゃねぇや。







頭をぽんと叩いてそのまま離れて行ったゼロス。

少し、申し訳ないことをしたという自覚はあるが、一人にしてくれて助かったという思いも確かにあった。

ふつふつと収まらない怒りが体を巡る。

巡り、巡って。

最後に行き着くのは己の不甲斐なさと情けなさと、あと1つ。









仲間たちと別行動で水場を探していた時戦闘になった。

ジーニアスは後衛で、俺は前衛で。

当然のようにジーニアスを守るべき存在にカウントしていた。

体も小さくて体力も少ないジーニアス。

俺の攻撃をすり抜けたモンスターがジーニアスに迫る。しまった、と思うのとジーニアスが吹っ飛ばされたのは同時。

そのまま地面を蹴りモンスターの頭上から容赦なく剣戟を叩き込んで。





「ジーニアスっ!」





剣を鞘に仕舞う時間も惜しくて抜き身のまま駆け寄る。

ジーニアスは頭を軽く振りながら起き上がって平気、と言った。



「どこが平気なんだよ!足、けがしてんじゃねぇか」

「大丈夫だよ、ただの擦り傷」



そう言う割には結構な量の血が出ていて、とてもじゃないが安心なんてできない。

ごめんな、俺がちゃんとしてれば、と言った途端ジーニアスは怒って、大丈夫だから! と言い募った。



「どこがだよ!」

「だからっ大丈夫だっていってるでしょ!?」

「全然大丈夫に見えねぇから言ってんだ!」



正に売り言葉に買い言葉。

心配していたはずなのに、なぜか言い合いになっていた。



「ロイドは一体僕を何だと思ってるわけ!?」

「なんだよ! 心配してるだけじゃねぇか!」





ジーニアスは痛めた足を庇いながら立ってぐっと唇をかんだ。





「……そんなに僕は頼りなくって守らなきゃいけないみたいに見える?」

「…ジーニアス?」



様子がおかしいと気づいた時はもう手遅れだった。



「心配しすぎなんだよ! 僕はロイドに守られたいんじゃない! そうじゃなくて……っ、いい、なんでもない!」



そう言って足を引きずりながらテントを張った方向へ歩いていくジーニアスの後ろ姿を見つめた。

誤解させたのだと、ようやく理解した時ジーニアスはかなり遠くまで歩いていってしまっていた。



追いかけて、肩をつかみたかったのに。

俺の脚はしばらくまったく動かなかった。









あと1つは、悔しさだった。



違う、違うんだジーニアス。

ジーニアスが弱いから守りたいんじゃない。違うんだ。

そう咄嗟に言うべきだった。

ジーニアスの怒りに飲まれてどうかしていた。

あぁ、自分の語彙の少なさがこんな風に裏目にでるなんて。















「ジーニアス」

「……ロイド」

パチパチと焚き火の爆ぜる音に紛れるほど小さな声で呼びかける。

それを聞き逃さなかったジーニアスが振り返った。





「あの、さっきは……その、ごめん」





ジーニアスが少しびっくりした顔をしている。

なんでだろうと思いつつも言いたいことを先に言ってしまうことにした。



「ジーニアスを守りたいっていうのは、その、違うんだ。

うまく言えねぇけど、お前が弱いとかそんなんじゃなくて……、

あぁ、もう何言ってんだ俺……。とりあえず違うんだ!!」



ジーニアスの顔がくしゃりと歪む。

あぁ、駄目だろうか。まだ怒っているんだろうか。

一体どうしたら……この思いを伝えられる?

目をぎゅっと瞑って、どうしたらいいのか必死で探す。



「なんで……」



ジーニアスの細い声が聞こえて慌てて目を開く。

前髪が長い上に俯いているから表情が見えない。





「なんで、なんで先に謝っちゃうんだよ……」

「え……」



僕の方が酷いことを言ったのに、と言う言葉が聞こえて今度は俺がびっくりした。



「ロイドがそんなつもり言ったんじゃないって、分かってたんだ。

分かってたけど、どうしようもなくて、自分が情けなくて……八つ当たり、したのに……」



語尾が震えて、途切れる。



「僕こそ、ごめんね……。ロイド」

「ジーニアス、俺は」

「分かってる。分かってるから」



大丈夫、とジーニアスは顔を上げた。



うまく言い表せないことをちゃんと汲み取ってくれる。

それが嬉しくてどうしようもない。

なんだか目頭が熱くなったが笑うことで誤魔化す。

多分そのことにジーニアスも気付いていただろうけど、お互い様なので二人で笑った。



「なに、やってるんだろね、僕たち」

「だな。あーなんかほっとしたら腹減ったぜ〜」





今日の晩御飯は何だろかという他愛のない会話がこの上もなく楽しく感じて胸にほわりと暖かいものが広がった。

















ケンカしても大丈夫。





2009、7・30 UP