「どうにもならないと分かってる、と言ったな」
ルークは否定するように小さく首を振ったが言葉には出さなかった。
触れてくれるなということか。
……ならばこれが、この言葉が核心への近道だ。
「……何がどうにもならないのか言ってみろ」
体が強張りそして強く首を振る。
この頑なさは誰に似たんだか。
……俺、なんだろうか。
「言えないなら、言ってやろうか。まず、受け入れられる訳がない、そう考えてるんだろうテメェは」
「わかってる、わかってるから……っ」
「いいや、何もわかってねぇ」
何ひとつ、お前はわかってなどいない。
「俺は、口で説明するのは得意じゃねぇ。だから端的に言う。……受け入れてやる」
途端、ルークは俺から離れようとかなりの力で暴れだしたから仕方なく腕を解いてやる。
少しずつ後ずさり、下から睨むようにして口を開いた。
「そんな、そんなの! 同情なんて、いらない!」
「……同情、だと?」
顔をくしゃりと歪めてそのままじりじりと離れようとする。
「だって、そんなの、そんなこと、あるはずねぇ……。アッシュは優しいから…っ……それに」
躊躇い躊躇い、小さい声で。
「お前には、ナタリアがいるだろ……」
カチリとずれた秒針が重なるような感覚がした。これか、てめぇの隠したがっていた理由の根底は。
なんて、お前らしい。
「ナタリアがいるからどうした」
「どうした、って……」
一歩距離を詰めた俺を怯えるようにルークは見た。
「確かにナタリアは大事だが、それはお前にとっても同じことだろう」
「それは、そう、だけど。でもナタリアは」
「俺を好きだから、か?お前気付いてねぇのか。ナタリアは俺を想うと同じくらい、お前を想っている」
まぁ、ナタリア自身よくわかってないんだろうが。
恋のように思えるが、そうではない。
もっとも俺だって最近そのことに気づいた訳だけれども。
いずれナタリアも気づくだろう。
あの環境の中、幼い頃からお互い従兄弟として、許嫁として育ってそれに疑問など抱かなかったし、
将来一緒になることになることは決定事項だった。
ナタリアとは年が1つしか変わらず、さらに2人とも兄弟もなく周りに年の近い者――同じ位の身分の――もいなかった。
だから自然と共にいる時間が多くなったのだと思う。
お互いを大切に思っていたから将来決められていたことに抗うつもりもなかった。それが親愛であったとしても、だ。
それは俺の代わりに戻されたルークも同じはずだ。
そう言い含められていたはずだし、ナタリアとよく会っていただろうから。
ヴァンから預言によって17で俺は終わると聞かされ、信託の騎士団に連れていかれて『アッシュ』になってから色々考えた。
奪われた、憎い、レプリカのくせに――。
その想いに支配されていた年月は短くない。
思えば、ヴァンになにかにつけてはそう仕向けられていたような気がしないでもないが、確かに自分はそう感じていたのだ。
ナタリアのことも考えた。大切な人を奪われたとそう憤っていたのだが、よく考えれば17でいなくなる者を王女の婚約者にするなどあり得ないことではないか。
王と父は『ルーク』を預言通りにすると決めていたのだから知らないことはないはずで、それでもなお婚約者としたのは政治的なことだと考えざるを得ない。
アクゼリュスで第三王位継承者でありナタリア王女の婚約者でもある『ルーク・フォン・ファブレ』が行方不明になれば、マルクトへの宣戦布告として十分だ。
さらに言うならナタリア王女と結婚すれば次代の王になったはずの『ルーク』がマルクトに奪われたと国民に知らせれば、国民感情の操作も容易い。
それに思い至った時、我ながら気付きたくなかったと乾いた笑いがでた。
俺ではなくて誰かいるはずだ。
本来のナタリアの相手が。
ルークがここまで考えているとは思えない。だからこそ俺とナタリアに拘っているんだろう。
ルークは黙って俺が言ったことを考えているようだった。
「俺は言葉で説明するのはうまくないと言った」
「? ……あぁ」
「今ので理解できなかったんだろ」
「うん……」
意味がわからず困惑している様のルークとの距離を一気に詰め腕に閉じ込めるのと同時に回線を繋いだ。
口でいくら説明しても伝えることは難しい。
だったら直接伝えるしかない。
「え……ぁ、アッシュ……!」
俺がこいつの想いをどう受けとめたか、今どう感じているのか。
ナタリアと俺たちについて伝える時に少しビクリとしたが暴れはしなかった。
最後に信託の騎士団の時の感情と今の感情を伝えて繋がりを切った。
口での伝達とは違いほんの短い時間で膨大な情報を与えたからかルークはしばらく動かなかったが、酷く躊躇いがちに背中に手が回され、小さく嗚咽が聞こえだした。
「ぅ……ぁっ、アッシュ、アッシュアッシュっ! 俺、俺っ、アッシュのこと、好きでっ……いいのっ、か?」
「だから、そう言ってるだろうが。最初から」
堰を切ったように泣き出したルークの体は暖かいを通りこして熱かった。
わんわん泣いてしがみついてくるルークをしっかり抱き締める。
どれだけ抑え込んでいたのかを、続く慟哭に思い知る気がした。
……離してなんか、やらない。
「うっ、ひっく、アッシュ〜……、ごめん、ごめんな。やっぱり、一緒にいたい……」
「当たり前だ、屑が。戻るとしたら2人でだ。その手段が見つかるまで俺はここにいる」
「んな手段あんのかよ?」
「さぁな」
ローレライから聞き出すまでだ。
まぁ一筋縄ではいかない相手だが、どうやらあいつにとって俺たちは小さな分身であり、またなぜか共にありたい憎からぬ存在らしい。
そこを存分に利用する。
ルークの唇を奪いながら、そんなことを考えた。
ずれた針でもいずれ重なる。あぁ、まるで時計のようだ。
2011、6・28 UP