あー…アッシュに会いたいな。
なんて思ってたら、ばっちりなタイミングで回線特有の痛みが頭を駆け抜けた。
い、いてぇ!
でも嬉しいことに違いはない。
早くアッシュの声が聞きたい一心で浮き足立つ気持ちを落ち着かせ、繋ぎやすくなるようフォンスロットを解放する。
「……――カ……レプリカ……聞こえるか」
「聞こえる、アッシュ」
そう返事をするとアッシュは少し息を飲んだようだった。
「なんだよ、繋げたのはお前だろ?」
「いや……やけに早く繋がったから少し驚いただけだ」
「マジ!? 早かった?」
「ああ」
それを聞いて自分で繋がりやすいようにしたことは無駄ではないと分かって嬉しくなる。
少しはフォンスロット――フォニムの扱いが上達したと、そういうことではないだろうか。
「少しでも早く繋がるようにちっと頑張ったんだぜ」
そう言うと回線の向こうでほんの少しだけ、笑ったような気配が伝わってきた。
「なんだ、そんなに待ち遠しかったのか?」
う、そう言われるとなんか凄ぇ恥ずかしいヤツみたいじゃん、俺。
そう思うと一気に顔が熱くなった。
「い、いいだろっ別にっ! ちょうどアッシュに会いたいなーなんて思ってた時だったからさっ」
あ、やべ。
……今のこそ恥ずかしかったんじゃねぇの。
何暴露してんだ! 俺!
より一層笑った気配が強くなっていたたまれない気持ちになる。
「…わ、悪いか!」
「屑、誰も悪ぃなんて言ってねぇ」
喋れば喋るほど墓穴を掘っていくみたいでなんかもう、どうしようもない。
あーもう、なんで俺はこうなんだろう……。
「拗ねるな」
「別に、拗ねてなんかねぇし……」
我ながら拗ねまくった声だと思うが口から出るのは正反対の言葉。
アッシュはそれに一つ溜め息をこぼしてから用件を話し出した。
何のことない、いつもの情報交換だ。
もっとも俺が持ってる情報なんてのはたかがしれていて、大概はアッシュも掴んでいることばかり。
それでもたまにだがアッシュが知らない情報もあるのでどんな些細なことも伝えることにしている。
先に情報を話し出すのはいつも俺だ。アッシュはそれを聞いた上で俺に情報を伝える。
いつのまにかそういう流れが出来ていた。
今回の情報はお互い似たようなものだったがそれぞれ補完できた部分があり、まあまあ有意義な情報交換だっただろう。
「まぁ、こんなもんだな」
「あぁ……」
終わってしまう。
アッシュと話す時間が。
そう思って少ししょんぼりしているとアッシュからなんともいえない雰囲気が伝わってきた。
なんだろうと首を傾げていたら「筒抜けだ」と言われた。
え、筒抜けってまさか……。
……うわぁ、マジで!
「んなに会いたいか?」
ここまでバレてんならもう、どこまでバレても一緒だ。
開き直ってやる!
「あい、たい」
それでもやっぱり気恥ずかしくてスッと言葉は出なかった。
「そうか」
……そんだけかよ!
と、突っ込みかけたがすぐにアッシュが話し出したのでぐっと飲み込む。
「意識、半分だけこっち寄越せ」
……意識を半分?
よく意味が分からなくて疑問符を飛ばしていたら痺れを切らしたアッシュが行動に移したらしく、意識が引っ張られる。
「え……っ」
この感じは。
気がついたら暗闇の中。
しかしこの感覚には覚えがある。
アッシュと意識を同調していたあの時の感覚に似ている……が少し違う。
ふと何か感じて前を見つめる。
見えないけれどそこに、確かにアッシュがいるのだと分かった。
認識したからだろうか、じわじわとアッシュの形が見えてきた。
完全にアッシュが現れて視線が合う。
なぜだか存在感が薄い感じがするがそんなこと気にならないくらい嬉しくなって駆け寄ろうとしたら珍しくアッシュが焦ったような顔をした。
ぐんぐん近づく。
近づいて――。
「あ、あれっ」
「バカが」
今度は完璧に以前経験した感覚、つまりアッシュと同調していた。
見えるのは膝に置かれたアッシュの手だ。
完全にアッシュの目線。
「半分っつっただろうが。全部寄越してどうする」
「なんで全部じゃダメなんだよ?」
「……てめぇが会いたいって言ったからだろう」
ん? よく分からない。
「さっきの状態が会ってるに近いだろうが。今よりも」
あぁ! そういうことか!
とりあえず一旦戻れと言われたので四苦八苦しながら自分の体に意識を戻す。
いや、ほとんど押し戻してもらったに近い。
ぱちりと目を開けると案の定ベッドに沈んでいた。
……椅子に座ってなくて良かった。マジで。
しばらくしてまた意識が引っ張られる。
今度は意識したので恐らく体は突っ伏してはいない……はず、だ。
久しぶりに見たアッシュは少しばかりやせたような印象を受ける。
「アッシュ……進んだ?」
大爆発が。
「どうだろうな。今の所、んなに気にならないが……若干体が思うようには動かねぇ位だ」
「やっぱ進行してんじゃん……」
どうしても避けられない事態なのだと知っている。
「この状態でお前に触ったら、またさっきみたいに同調しちまうか?」
そう聞くとアッシュは少し考えてから「いや」と言った。
「体から意識を離そうとしなければ大丈夫だろう。……やってみりゃ分かる」
そうだよな、という言葉はアッシュの口に吸い込まれて音にならなかった。
(あ――)
意識での対面のはずなのに、感覚がある。
鮮明に感じとることができることが不思議だ。
優しいふれあいにうっとりと瞼を閉じてアッシュの背中に腕を回した。
「大丈夫だっただろう?」
軽く唇をついばんでアッシュが離れる。
でも、俺はそれに返事できなかった。
なんだか頭がぼうっとして熱に浮かされたみたいになっていたのだ。
「……違う意味で大丈夫じゃねぇな」
「ん……なんだコレ……」
体から力が抜けてしまった俺を床に座らせてアッシュもまた隣に座った。
引き寄せられたので大人しく体重を預ける。
「精神での接触だからな、直接頭に叩き込まれてるようなもんだ」
「……」
「おい」
「あ……悪ぃ。……なんかぼうっとしちまってて」
「……襲うぞテメェ」
「は?……ここでんなことできねぇだろ……」
「やってみるか?」
「遠慮しとく……」
キスでこんな状態なのだからこれ以上したらどんなことになってしまうのか、想像もつかない。
気にならない、訳じゃないけれど。
そう思った直後アッシュがにやりと笑った。
「そうか。ならいずれ試してやる」
――しまった。
またもや筒抜けだったようだ。
襲われるぞ〜
2010、12・5 UP