しばらく佇んでいると、アッシュはルークに袖を引かれた。
「ローレライなら、大丈夫。この空間全部に溶け込んで眠ってるだけだ。意識がないから呼びかけても答えられないって言ってたけど」
「そう、か。……ところでここは音譜帯に違いないんだよな?」
「そうだぜ? なんで?」
「前と随分様子が違うだろう」
「あー。これな。ローレライに手伝わせて俺がつくった。光しかないんじゃちょっと落ち着かなくなってまってさ」
確かに常に周囲が光というのは落ち着かないだろう。
厳密に言えば、自分たちはもう人ではないのだが、「人」としての意識が消えるわけではないのだから。
ルークに導かれてアッシュはたった1軒の家へ足を踏み入れた。内装もどこかファブレ邸を彷彿とささせるものだ。
そのまま奥へ進もうとするルークの腕を掴み引き寄せ驚いて振り向くルークの唇を奪った。
「んっ? っん……」
久しぶりに味わうルークに頭の芯が熱く痺れていく。
この体は意識の塊だというのに、生身のときと何ら変化がない。不思議なことだが、人らしくあり続けられることは悪くない。
左腕を体に回し、右手で後頭部を固定して、ルークが濡れた音が響くことに意識が向かない程に攻め立てる。
「ぁ…っふ……」
零れる細やかな声も、息さえも奪って。余すところなく触れる。
衝動が収まって少し離れるとルークはぼうっとどこか夢を見ているような表情でアッシュを見た。
「ぁ、アッシュ……っ」
どうやら膝が砕けてしまったらしく、ガクガクする体をどうにか腕で支えようと、熱い体でアッシュにしがみ付いた。
「これくらいでか?」
「だ、だって……。キス久しぶりだったし、い、いきなりだし……。ん、あれ?」
ふと気付いたようにルークがアッシュの顔を覗き込む。
赤い顔と潤んだ目、特に唇が濡れていてどきりとする。
すっと頬に触れて親指が確かめるように撫でた。
「どうかしたか?」
「ん……いや、姿が戻ってるなぁと思って」
いまいち意味が掴めなくてもう一度問おうとしたら「見た方が早い」とルークはアッシュの腕を引き姿見の前へ立たせた。
「そういうことか。あぁ……確かに」
ルークが音譜帯へ昇った頃の、すなわち3年程昔の姿に思える。
「俺は変わらなかったけどなぁ?」
「この体は意識の塊だからな。意識通りの見た目になるんだろうよ。
……体はともかく、俺の時間はお前と別れた時から止まってたからな。これで正しいんだろう」
「アッシュ……」
ルークが顔を真っ赤にした。凄く嬉しいことを言われた気がするが、それがとんでもないアッシュからの告白のように感じられて顔が上げられない。
そんなルークに少し笑って長い髪を撫でた。ふわりと柔らかく、するりとした感触が懐かしい。毛先まで滑らかに指が通る。
指先から暖かなものが移って、腕を伝って体の芯を震わすようだ。
アッシュには久しぶりに感じるルークの全てが愛しかった。肩を撫で、背を撫でて、顔に触れ、額同士をくっ付ける。
ルークも同じように感じているのだろう、少し躊躇いがちにしながらも切なそうに眉を寄せてアッシュの体に触れ、微笑んだ。
全身が相手を求めている。
相手もそうなのだと確認せずともわかり、お互いの唇をはみながら笑った。
「どうにも抑えが効かなくなりそうだ……。今日俺たちがしなくちゃならねぇことはないな?」
「ん、ん。ない。……しばらく何もしなくていいようにしとくって、言って、た……。思いっきり甘えろ、って」
「ふぅん。……ローレライもなかなか気がきくな。あいつ、俺たちがこういう関係だって知ってたのか?」
アッシュの手がルークの背を滑り降りて意味ありげに彷徨う。
ルークはゾクリとしたものが背を駆け上っていくのに、息を詰めて耐えた。
「それ……俺も気になって、聞いたことあんだ。そしたら普通の顔で、勿論知っているとも、って。
自分の完全同位体たちがそんなんで、気持ちワリィとかねぇのって言ったらさ、あいつ何て言ったと思う?」
「気持ち悪いっていう感情がいまいちわからない、とかか?」
ルークはそれに首を振って微妙な表情で口を開いた。
「微笑ましい、んだって」
「……想像の範疇外だ」
「だろ?俺も絶句したっつーの。なんか元が1つだから引き合うのは当然で、それでいて別の人間と認めながら、
あ、愛する、というのは我にない人間の性で、それが微笑ましく愛おしいとかなんとか。っ……あいつ結構人間好きなんだな。
さっきも言ったけど、んっ、俺たちのためにしばらく何もしないでいいようにしてったし……んっ…ぁ」
悪戯に動く手と首筋に顔を埋めたアッシュの舌が徐々にルークの体を熱くさせていく。
「ただ単にまだ務めができねぇだろうって踏んだのかもしれねぇぜ?」
「んー違う……っぽい。ローレライが……あーなんでもない。なぁ……っここじゃイヤだ。あっち行こう」
誤魔化すことが壊滅的に下手なルークは不自然に話を切りアッシュを促して寝室へ入った。
ほとんど押し倒されるようにしてベットに転がったルークは驚きと期待を混ぜた顔でアッシュを見上げる。
顔じゅうにキスをしながらアッシュはルークの服を剥いでいき、あらわになっていく肌に手を滑らせる。
久しぶりに味わう感覚に慄いて、息を詰めたり、深く吐いたりと不規則な呼吸をするルークの息が段々と上がってきた。
「ん、っは…ぅ」
「で、ローレライはなんて言った?」
「ぅ……意地悪ぃ。流そうとした、の、わか……くせに」
じとっと見られたが、今のトロリと潤んだ目では迫力などありはしない。
それにルークも気付いたのか、熱い息をはぁっと吐いて諦めたようだ。
「こういうことだよ」
「……は?」
「だからっ、しばらくは……そ、その……」
言いにくそうに、しかも顔をこれ以上なく赤くして。
「ぞ、んぶんに……ぁ、あ……愛し合えって、そう言った!」
早口で言われたそれに、しばらくぽかんとしていたアッシュだったが、ルークの横に顔を伏せてくつくつと笑った。
「わ、笑うなー! くっそ、なんで俺がこんな恥ずかしいこと言わなきゃ、いけねーんだよ……!
アッシュが無理やり言わせたんだぞ!?」
抗議するように背中を叩くルークは本当に恥ずかしいのだろう、かなり強めの力だった。
「悪い。お前を笑ったんじゃねぇんだ。じゃあ――仰せの通りにしようか?」
ルークは息を飲んだ。アッシュの目が変わったからだ。
それを見ただけでルークの体は震え、返事をしようと開いた口は同じそれに塞がれた。
「アッシュ、アッシュ……俺な、そらで逢えたら、もう、離れないって決めてたんだ……」
「俺もだ。もう、二度とあの時みたいに、手放してなんてやらねぇからな……。覚悟しやがれ」
何者の手も及ばない高みで「共にありたい」というささやかな願いはようやく叶えられた。
わかたれていた2つの焔は、やっと、1つになったのだ。
もう離さない。離れない。
2013、8・5 UP