「どうしても行くのか」
風が吹いて髪がさぁっと流れる。戻ってきた時間分伸びたルークの髪は肩をようやく越すほどになる。
それを長い時間だとはどうしても思えなかった。振り返れば、短く感じる。
「あぁ。……約束、だから。行くよ。もう少し一緒にいたかったけど……。ごめんな、アッシュ」
泣きそうな顔を見ていられず、アッシュはルークの頭を引き寄せた。
大人しくそのまま腕の中に収まったルークはぎゅ、と目を瞑り零れ落ちそうになるものをせき止めている。
できることなら、ルークもここに留まりたかった。だが音譜帯に上がることはローレライとの約束なのだ。
いや、契約と表現するべきだろう。地上へ戻れるほどの音素が残っていなかったルークにローレライは言った。
「限られた期間であれば、我と新たに契約することで戻れるだろう」と。
その時が来た。ただそれだけだ。それにこれはローレライの好意なのだ。
やっと契約から解放され、ようやく音譜帯へ昇れるはずのローレライはルークのためにその一部を地上に残した。
その一部は帰還したこの場所、タタル渓谷にある。ローレライの一部とともに、ルークは音譜帯に上がらなければならない。
始めからわかっていたことでも、いざその時になると悲しくて堪らない。
柔らかいキスをしても、抱き締めあっていても、悲しみは募って行く。
「上で、待ってるから。いつまでだって……待ってるから」
「あぁ」
「長生きしろよ」
返事をする前に腕の中にあった体はほどけるように光となってアッシュを包み込んだ。
まだ人型ーー『ルーク』を保っているが、もうこの地上に留まることはできない。
(じゃあな、アッシュ……)
「またな」
空に昇るルークと地上に残るアッシュとを繋いでいたお互いの手がゆっくりと離れていく。
(お前のいない世界で待ってる)
(お前のいない世界で…生きる)
永遠の別れではない。
いずれ、巡り合うその日までーー。
狂おしい想いを押し込めて精一杯の愛しさを込めて。
……さようなら。