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そらで逢えたら 3


「アッシュ……アッシュ」
「ルー……ク……?」

茫とした頭で、これは夢かと思いながらアッシュはゆっくりと寝転んでいた体を起こし周囲を見た。
見慣れない、初めて見る場所なのになぜか知っている気がする。
地面は柔らかい草がびっしり生え、空は昼から夕暮れになる時のように複雑で美しい色合いをしている。少し遠くに見える家は、ファブレ邸の様式と同じだろう。
アッシュのそんな考えをよそに側に座り込んでいたルークは目から大粒の涙を零しはじめたのでアッシュは驚いた。

「な、長生き、しろってっ、いっ言ったのに……。早いじゃんかぁ……っ!」

そこでようやくアッシュの記憶は繋がった。

(そうだ、俺は……)

地上での生を終えたのだ。
いろいろと記憶が蘇り、そうしてルークをじっと見た。泣くのを堪えようとしながらも上手くいかず、泣き続けているルークに手を伸ばす。

腕に、そっと。
感じる――さわれる。

何か触れたことを気付いてルークが不思議そうにして泣き顔を上げ、アッシュが触れていることを認めて、より涙をあふれさせた。
そのまま飛びつくようにしてアッシュに抱きつく。


「あ、アッシュ……、アッシュにっさわれるっ!」

うわぁぁん、と声をあげ本格的に泣き出したルークをアッシュは強く抱きしめた。

何度夢でこんな場面を見たことか。

夢ではルークに触れることはできなかった。ただ触れるというそれだけのことでも、これは現実なのだと、実感するには十分だった。

アッシュの耳に、会いたかったけどこんなに早くじゃなくてよかったのにバカという言葉が(泣き声なので多分だが)聞こえた。
ルークが音譜帯に昇る時には言わなかったことだが、アッシュは一般的に寿命といわれる年までは生きることはないだろうとなんとなく覚悟していた。
大爆発を不完全ながらも起こした体は相当負担がかかったはずだし、そうとう無茶な使い方ををした自覚もあったからジェイドに自分自身のリミットを告げられてもまったく動揺などせず、むしろ納得してしまった程だ。





『治療をすればしばらくは保ちます。どうしますか』
『治るわけじゃないんだろう』
『あくまで症状を遅らせる治療です。薬を飲んで頂くことになりますが……まぁルークが乖離を遅らせる時に服用していたような物だと思って下さい。ただ、治療を始めると身体能力は落ちます』

アッシュは一瞬で治療はしないと決断を下した。

『それで、本当に……いいんですか?』
『……なぜそんなことを聞く』
『そうですね。あの子は喜ばないと、ただそう思っただけですよ』

意外なものを見た心持ちがした。どうやらアッシュが(ルークもだが)ひた隠しにしているもう1つのことをジェイドは心得ているようだ。

『お前はどこまでわかってんだ?』
『おや、最後にルークと話した時と同じことを聞くんですね。流石と言っておきましょうか』

ジェイドはうっすら笑みを刷いて答えはしなかったが、それだけで十分だった。

『それでも俺は治療はしない』

自由にならない体など意味はないと考えたのだ。それからというもの動けるうちに動いておこうと、アッシュは精力的に動いた。
やらねばならないことは山ほどあったから時間などいくらあっても足りなかったが、優先順位を決めればいいことだった。

まずは「アッシュ」でなければできないこと、すなわちキムラスカ・ランバルディア王国の第三王位継承者しかできないことから片付けていった。
国の中枢を担っている父公爵とともにレプリカ政策の骨組みやマルクト、ローレライ教団との橋渡しなど必要最低限のものを整えた。
あとはこれをどういかすかだが、そこまでの時間はなかったので他の者に託すしかない。

この段階で既にルークが去って2年。

次に曖昧なまま宙に浮いていたナタリアとの婚約を正式に白紙へ戻した。
死にゆくものとではなく共に歩めるものと幸せになって欲しかった。
もうその頃には体から取れるこのない倦怠感があり、治療を始めても無駄な状態まで進行していたが、表面上アッシュに変化は見られなかったので周囲は気付かなかったのだ。
そこまでの状態になってからアッシュは周囲に打ち明けたのだが、それはわざとだ。
下手に治療の余地がある時に知らせれば、必ず望みもしないことをさせられるという確信があったので事前に知らせていたのは両親のみであった。両親は悲しみと悔しさに顔をくしゃくしゃにしながらも思うように行動することを認めてくれた。

遅くに知らされたナタリアは泣いた。婚約解消ではなくアッシュの未来がないことにだ。

『泣くな。ナタリア』
『なぜ……どうしてですの? どうしてあなたばかり……あなたとルークばかりに……そんな……っ』
『……俺たちの生は短かったが、これで終わりじゃない。俺たちがしたことはこの世界が続く限り無駄じゃない。それで十分だ』


誰にも伝えなどはしなかったが、自分たちは人として終えた後は、ローレライと同じように存在し続ける。
このことはルークを見送る直前まで同行していたガイにすら、言っていない。
ガイも、ルークは音素不足で乖離してしまったのだとそう考えているはずだ。
それは間違いではないが、事実とは多少意味合いが異なった。

ただ、ジェイドは恐らく察している。口外はしないだろう。
そういう男だということぐらいアッシュだって知っている。

自我が残ることについては地上に戻る際にローレライから伝えられていた。アッシュはローレライの完全同位体なのだから当然と言えば当然かもしれない。
アッシュの完全同位体たるルークも同様だ。

キムラスカ・ランバルディア王家の血族として、また大公爵家のものとして血筋を残さないことを責めるものもいたがアッシュは相手にせず冷ややかにその様を見つめていた。
血筋を残す義務については貴族として当然意識の根底にあったが、アッシュの場合、子を残せばいらぬ争いの元になってしまうことが目に見えていた。

下手をすれば神格化されてしまうからだ。

ファブレの次の家督は親族から選ばれることになる。傍系とはいえファブレに連なるものはほぼ全てといっていい程、多かれ少なかれ王家の血が流れているのだ。
しかし今後、王家の特徴であるここまで鮮やかな赤髪緑目は先祖返りでもしない限り発現しないだろう。

好都合だとアッシュは思った。
未だにこの色を持ったものしか認められないという頭の固いヤツらは、そんなことを言っていられなくなるはずだ。
国を滅ぼしたいなら別だが。

体力の代わりに気力を使い細々した問題を着々と片付けていくその様に、少しも気負った所は見られなかったが、その実、アッシュには唯一気にしていたことがある。

ちゃんと音譜帯に上がれるかどうか、だ。

無事、音譜帯に上がることができるだろうとローレライから聞いていたが、正直不安なところもあった。
ルークはローレライとの契約により地上に戻ってきていた上にレプリカだった。
アッシュはローレライと完全同位体とはいえ本当に意識が残るのか、という懸念がどうやっても消えなかったが、どうやら杞憂だったようで心底ホッとした。





「久しぶりだな、ルーク。……変わってねぇな」
「当たり前だろ……」
「ローレライみたいになってる可能性も考えてたぜ?」

ルークは睫毛に雫を絡めたままきょとんとして、ついで噴出し流れる髪を揺らした。姿は変わらないが、髪だけは伸びているようだ。毛先が金色に光る髪。
以前この長さだったときにはこんな関係では無かったので、触れたことはなかったが、実は触れてみたいと思っていたのだ。

「いやーどっちかっつーと、ローレライが俺に影響されたみたいで。なぁ?」

すい、とルークが後ろを振り向くとそこに人型が形成され、赤い髪の男性が現れる。

『影響されたというか……人型を取ると自然こうなるのだ。嫌なら変えることもできると言っただろう』

ローレライの姿はどう見ても年齢を少し重ねた自分たちだ。
完全同位体なのだから、これも当然かもしれない。

『よく昇ってきた。聖なる焔の光、アッシュ。これで、ルークが淋しがることもないな』
「ばっ、ばっか! 何いってんだよローレライ!!」
『これで、我も安心して眠れるというものだ』

しみじみと呟かれた眠る、という単語にアッシュが首を傾げると、ルークが「あ……っ」と息を飲んだ。

「ルーク?」
「あ、のな……ローレライは、本当は俺が昇ってきた時点で、しばらく眠りにつくはずだったんだって。地殻に閉じ込められたり、ヴァン師匠に囚われたりして……その、弱ってるらしくって……。でも俺が淋しがるだろうからって、今まで無理、して……」
『我は意識集合体。眠りにつくことが多少遅れることなど支障ない。……我にとっては一瞬のことだったが、楽しかったよ。ルーク』

ローレライは薄く笑い、アッシュは立ち上がってローレライに向き合った。

「眠りからは醒めるんだろうな?」
『無論。しかし第七音素はオールドラントから減って行く一方だからな。時間がかかるのだ。50年か100年か、それ以上か……断言はできぬ。その間ここを我の同位体、聖なる焔の光らに任せることとなろう。よろしく頼む。すべきことは、もう分かっているだろう?』

ローレライの姿が溶け、焔の光が揺らめいた。ゆらゆらした光を見つめていると「ローレライ」としての役割がするりと頭に滑り込んで浸透していく。
大したことではないが、世界を存続させるためには重要なことだ。

ローレライは2人を包むように光の腕を広げた。

「……おやすみ、ローレライ」
「おやすみ……。いい夢、見るんだぞ……!」
『眠りの挨拶とは、いいものだな。……おやすみ。我が愛し子たち。時間の果てにまた……』

ふぅっと光が霧散し、空気に地面に、空に溶け込んでいった。